表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/22

夏、壁越しの思い 3

 ぼんやりとした視界から徐々にクリアになっていき、焦点があってくると何だか見慣れない生地が目に入ってきた。

 ここはどこだっけ。

 霞がかかったようで頭が完全には働いていない。

 いつものベッドの感じじゃない。

 自分の家ではない……?

 そして、頭と足の方では触れているものが違うから、枕でも敷かれているのだろうか。

 ゆっくりと寝返りを打つと、

「おはよ、比紗子」

 目の前に香織の顔が現れた。

 手に持っているスマホがこちらに向けられている。

「おはよ……」

 カシャッというカメラの音がした後に、香織は何事もなかったようにスマホを操作して机の上に置いた。

 何を撮っていたのだろうか。

 こちらを向いていたカメラのレンズ。

 寝ている私が頭を載せているもの。

 私は香織に膝枕されている。

 そして、寝顔やさっきの寝起きを撮られていた。

 そう考えが行き着くと、体中のエンジンがかかるかのように一気に熱くなり、脳みそもフル回転し始めた。

「ねぇ、香織、私に何かした?」

 ニコニコといい表情が目の前にある。

 こうして近い位置で見ると、ホントに香織は嬉しそうにしてるように見える。

「膝枕してるよ」

 確かに現在進行形で、されていることだ。

「他にも何かしたでしょ」

「んー……」

 香織が考える素振りをしているが、考えなくても直前までやっていたことだから分かるだろ。

「比紗子の寝顔の写真と、寝ている姿から寝起きまで動画に撮ったぐらいだけど」

 私の世界が一瞬フリーズするが、すぐに笑顔を張り付けた。

「今すぐ消してくれない?」

「えー勿体無いよ」

 軽く睨みつけるが、香織はやはりなんとも思ってないらしく、笑みを浮かべている。

「今すぐに消せ」

「ヤダ」

 睨みつける私と微笑む香織という構図で少しだけ場の空気が止まる。

 そして、動き出したのは同時だった。

「あんたが消さないなら、私が消してやる!」

「ダメダメ、させないよー」

 スマホに手を伸ばそうする私と、その手を掴んで阻止する香織。

「ちょっと離してって!」

 ジタバタと動いているうちに香織の下に組み伏せられる態勢になっていた。

「香織、ちょっとホントにどいて」

 両手は香織によって、押さえつけられているため動かせない。

「比紗子、あんまり気がついてないみたいだけど……」

 香織の視線が私から外れて少し下を見だした。

「その服さ、胸元が緩いのか、服が大きいのか分からないけど、動くたびに胸がチラチラ覗けるのと」

 意味有りげに言葉を切ったあとに耳元に口を近づけて、囁く。

「可愛いち」

「どこまで見てるのよ! 変態!」

 起き上がろうとしてるのに、なんで起き上がれないんだろうか。

 こんな時に無駄に力を込めて、やる事がホントにバカだ。

「見えちゃうんだから、しょうがないよ。不可抗力だよー?」

「見なきゃいいでしょ!」

「見えちゃうものは見えちゃうんだから。それに見なきゃ損だし、ツンと可愛らしく起っている」

「だから、いちいちいうなー!!!」

 恥じらいはないのか。

 いや、合ったらこんなことはしない。

「離してよ、変態!」

「離したら、何もしない?」

「……何もしない」

「データ消さない?」

 目を伏せる。

「消さないから、離して」

「ホントにー?」

「……ホントよ」

 ゆっくりと首元に近づく香織の顔。

 吐息が掛かり、むず痒さで足に変な力が入って動く。

 何を考えているのかと思った時、

「──ひっ!」

 香織が突然首筋を舐めて来た。

「な、な、な」

「比紗子から嘘の味がするね」

「そんなの、するわけないじゃない」

 意味が分からない。

「──っ!」

 また香織が私の首筋を舐めて来た。

「いやいや、絶対に比紗子はデータを消そうとするね」

「舐めるなって……」

「比紗子を味わってるんだよ」

「バカな、ことをっ」

 香織が途中でなめてきたから変な声が漏れてしまった。

「だか、らぁ!やめ、やめてって!」

 香織の舌の感触も気持ち悪い。

 それに吐息が唾液で湿っている部分に掛かると普通に吐息が掛かるよりも気持ち悪さが増す。

「気持ち悪い、からやめて……」

「そんな顔で言われても、ね」

「はぁ?! ちょ、ちょっと、意味、分かんないっ!」

 気持ち悪くて香織を睨んでる顔がそんなにいいのか。

 だとしたら、相当な変態だ。

「顔真っ赤にして、とろんとした目を潤まして」

 顔が耳元に近づく。

「すごい素敵」

 そして、耳を甜められた。

「──っっ!」

 全身に電気が走ったような感覚と、ゾクゾクと背中を這い上がってくるような気持ち悪い感覚でおかしくなりそうだ。

 だけど、負けちゃいけない。負けちゃいけないんだと自分を鼓舞する。

 香織がすごい顔だと言っていたが、私は決してそんな顔してない。

 そうだ、香織相手にそんな顔するわけないし、してたまるものか。

 だから、口にする。

「……して、ないっ」

 人が話すのも構わずになめ続けるこの変態め。

「私、はっ、そんな顔、してな、いっ!」

「比紗子って、結構意地っ張りだよね」

「そんなことっ、ない」

「あるよ。今だって素直になればいいのに」

 香織ほど素直過ぎるわけじゃないけど、私だって素直な方だ。

 現にこうして、香織に甜められて気持ち悪いから睨んでいるのだから。

「比紗子が素直になるまで、今日はやめないでいこうかな」

 香織の顔が目の前にきた。

「ねぇ、比紗子」

 ゆっくりと近づいてくる香織。

 怖くなりぎゅっと目を閉じて、終わるの待とうとしたときだ。

 私のスマホが鳴った。

 最近気に入っている女性シンガーの歌声が部屋の中に流れる。

 目を薄っすら明けると香織はスマホが鳴っている方を向いている。

 なんて絶妙なタイミングなんだろう。

 私としても早くスマホに出たい。

「お、お母さんからだ。ちょっと、香織、ホントに離して」

 香織は何か考えてるようだが、早く退いて欲しい。

「データ消さない?」

 何のだろうかとふと思った。

 早く出なくちゃいけないのに。

 だが、こうなったきっかけである私の寝顔とか撮したデータのことかと思い至った。

 消したい、物凄く消したい。

 だけど、今はそれよりも優先することがある。

「分かったから、お願い。約束するから」

 もうこればかりはしょうがないと諦める。

 私の体から力が抜けたと同時に着信音も切れた。

 今ではない、いつか必ず消してみせると心に決意を込めた。

 しかし、どうしてお母さんから電話がかかってきたのだろうか。

「ねぇ、今って何時?」

「六時半ぐらいかな」

 いつの間に、というか寝ていたから時間の感覚がおかしいんだ。それに香織がよく分からないことをしてきたから余計に時間を食ってしまったんだ。

「外って……」

 香織が立ち上がり、私の拘束が解かれた。

 カーテンを開けて外を見せてくれたので、体を起こして窓の外を見る。

 真っ暗であったが、近くに生えてる木がそれはもうしなっているし、雨も先程よりも勢いを増している。

 帰れない。

 この中を歩いて帰れる自信がない。

 傘は二の舞になるだろうし、雨も強いためせっかく乾かしてもらった服をまたすぐに濡らしてしまう。

 それにこんな時間にこの場所までお母さんに車で迎えに来てもらうのは気が引けるというか無理だと思う。

 どうしよう。

 その時、香織が口の端を上げただけの笑みを浮かべた。

「ねぇ、比紗子、どうせ明日休みなんだから泊まっていきなよ」

「え」

 突然の申し出に、反応出来ない。

 香織の言葉が分かるとそれはとてもいい提案だから、それに乗っても良いとは思うけど、いいのだろうか。

「あ、ほら、勝手に泊まったりって、香織の親とかにも」

「それなら大丈夫。どうせ今日は帰ってこれないし、何よりももう許可はもらってるし」

 いつの間にと言うか、そうする気だったのか。

 香織を睨みつけると、

「段取りが良いでしょ?比紗子が寝てる間に電話して聞いちゃった」

 聞いちゃったじゃない。それなら先に私を起こせ。

 まぁ、香織の方が良いって言うならいいんだけど、あとは私の方の許可を取るだけか。

 外泊に厳しいというわけではない。

 中学時代には友達の家に泊まりにも行っていた。

 しかし、こういう時に帰ってこないのと連絡を入れないのでちょっと怒られそうだなとか腰が引けているわけだけど、こればかりはしょうがない。

 私は覚悟を決めて、リダイアルした。

 二回、三回目のコールで出た。

『比紗子、あんたこんな日にこんな時間までどこほっつき歩いてるのよ!』

 烈火の如き、怒りの声が耳に響く。

 言われると思ってましたよ。

「ご、ごめんなさい、お母さん。そのちょっと友達の家にいて……」

『台風で大変な日ぐらいまっすぐ帰って来なさいよ!』

 ごもっともです。しかし、

「しょうがない事情があったんだもん。それで寄らしてもらったんだから、しょうがないじゃん」

 はぁと溜息が電話の向こうで聞こえた。

『それで帰ってこれるの?』

「あー……うん、それが……学校近くの子でさ、駅まで行けないから泊まって行っていい?」

『ちゃんと相手の親御さんには良いって?』

「うん、うん、それは、うん、いいって」

 香織が口元だけニコニコとした笑みを浮かべて電話を変わってくれというジェスチャーをしつこくしてくる。

 無理やり奪い取るなんて非常識極まりないことはしてこないが、ゆっくりにじり寄ってくる辺り、そろそろ近づいて電話口で話しかけてきそうだなとか思っていた。

 さすがそんなことはしてこなかったが。

 しかし、香織に言わせた方が信頼性は上がるだろうか。

 数瞬の思考で、その方がいいだろうと結論に至った。

「あ、ちょっと電話変わるね」

 スマホを耳元から離して、香織の方に差し出すと待ってましたと言わんばかりに受け取り、私に背を向けた。

「こんばんわ、初めまして、比紗子さんのお母さんですか?」

 いつもよりも声が高く、しっかりとした生気のある話し声だ。

「私、新田香織といいます。比紗子さんにはいつも仲良くしてもらっています」

 学校や普段みたいに眠たそうかつ声にやる気が無いという感じがない完全なよそ行きモードだ。

「今日はこんな天気で親も仕事で帰ってこれないと言われて、一人で家にいるのも心細かったので、はい、比紗子さんにお願いしたら快く引き受けてくれて……」

 詐欺に近い。

 これだけ聞いてるといいとこのお嬢さんみたいに見えるが、実際はやる気ゼロで眠たさしか無いダメな女だぞ。

「あ、ありがとうございます。え、あぁ、そうです。その新田です」

 どの新田だ。

 特別な新田さんなのか。

 ちょっと頭がいいだけの新田さんじゃないか、香織なんて。

「分かりました。はい、はい。……はい、伝えておきます。はい、おやすみなさい」

 香織はそれだけ言うとスマホを私に渡してきた。

 通話は切れている。

「お母さん、何か言ってた?」

「比紗子が迷惑かけるかもしれないけど、よろしくねって」

 香織によろしくされたくはないな。

「比紗子のこと、お母さんから任されちゃった」

「そういう意味ではないと思うんだけど」

 泊まるのは良いけど、ずっとこの香織のノリに付き合わないといけないのか。

 これは気が休まらないんじゃないかな。

「はぁ……なんか話し方とか詐欺っぽくてムカつく」

「比紗子のお母さんに初めてのご挨拶だからね、気合い入りまくりだったよ」

 初めての挨拶とかいうのはやめてほしい。

 周りに人がいない今の状況はいいのだが、誰かいた場合変な意味に取られかねない。

 女同士だからそう取られないと思うが、香織がそこで万が一にもさらに踏み込んで余計なことをいいそうでもある。

 教室での前科もあるわけだから、この女ならやりそうだ。

「普段からそうしてたら良いのに」

「特別な時だけだし、学校でそんなことする必要性も場面もないじゃん」

 だから、普段からそういう感じにして人当たりを良くしたらいいという意味ではあるが、香織には分かってもらえてないのだろうか。

 無視や無反応とか、反応が遅いとかそういう対応ばかりだから変えたら良いと思ったんだけど、本人にその意志がないから、私も匙を投げる。

「ねぇ、比紗子、何しよっか」

「ゆっくり休みたい」

「そうだね、楽しくなってきちゃった。何しよっか」

 香織は私の言葉を聞いちゃいない。

 いつもの香織らしい。

 またため息を吐いた。

 香織といると、ため息が増える。

「ため息ばっかついてると幸せが逃げるよ」

「うるさい」

 今日は泊めてもらうのだ。

 香織の家の行為で。

 あまり疲れることや、さっきみたいなのはゴメンだけど、それ以外なら少しばかり付き合ってあげよう。

「遊ぶのは良いけど、ご飯とかどうするの?」

 当然ながら私はお金も持ってないし、食べるものも持っていない。

「任せて!」

 そう言って、香織はキッチンに消えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ