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夏、壁越しの思い 1

 夏休みが終わり、二学期が始まる。

 確認テストが終わった教室はいつも通りの騒がしさに戻っていた。

 窓のサッシに手をついて、雨が降る景色を見ながら人の声を聞いていると普段とは違う話題が持ち上がってきていた。

 そう、これからは二学期最大の行事、文化祭と体育祭だ。

 校内は体育祭文化祭に向けての色めきだしているんだなと肌で感じられてきた。

 私達一年生にとっては初めてであり、やはりというか何をやるかについての話し合いでは様々な意見が出ている。

 まだまだ日にちはあるが、それでも楽しみでならない。

 高校に入ってから早五ヶ月、もう少しで半年になる。

 色々あったというよりも、一人の人間に振り回される生活になるとは入学当初の私は思ってもなかっただろう。

 今年の夏は部活三昧だった。

 けど、私はとても充実していたと思う。

 ただ一点を除けば。

 そう、それは夏休みに入ってすぐに行われたペア発表にて、幸か不幸か私は香織とペアを組むことになってしまったことだ。

 これが先輩並びに先生からの提示されたものなので、受け入れざる得なかった。

 特別な理由があるなら、直談判してでも良かったのだが、先輩や先生たちを納得させられるだけの強い否定する材料を持ち合わせてもいなかった。

 そうやって私の方は渋々ながら、香織とペアを組んでいたのだが、彼女はとても嬉しそうに毎日を過ごすようになっていった。

 それもそうだろう、自分の要望が通ったのだから。

 それに先輩が言った、「ペアなんだから、もっと仲良くしなよ」という言葉を聞いて、目を輝かせてしまった。

 香織はそれから何かとペアだから、ペアとして、と理由をつけては近寄ってくる。

 そのたびに注意しているこっちの身にもなってほしい。

 それで練習は気が抜けているのかと言えば、そうでもないのが気に食わない。

 練習していくうちに加速度的に成長していっているように感じる。

 経験の差も、ものともしないところまで来てしまっていると思う。

 何が一番腹が立つのかというと、才能の違いだ。

 私は後衛として、前衛の香織や相手の前衛後衛の位置や動きを見て打つのだが、当然私がどこに打つのか、香織には分からない。

 分からないはずであるのに、私が打つタイミングで次のアクションを始めていく。

 見えていないのにどうして動けるのかというのに対して、香織は「比紗子のことなら、何でも分かっちゃうよ」とか寝ぼけたようなことを言っていたがたまたま勘が冴えていただけだろうと思う。

 それのおかげもあってなのか分からないが、夏休み中に行われた部内一年リーグ戦では、一位を取ることができた。

 この一位が香織とじゃなければ、嬉しさも増しただろうと台風による雨空を眺めながら思う。

 ボーッとしすぎていたのか、後ろから抱きつかれるまで気が付かなかった。

「部活がなければすぐに帰るあんたが残ってるなんて珍しい」

「比紗子が外見ながら、寂しそうにしてたからね」

「別に寂しくなんてしてない。今日明日と部活はなさそうだなって考えてただけだし」

 香織から私はどんなふうに見えているのか。

 少しづつだが、雨脚は強くなり、風は激しさを増してきているような気がする。

「それにもう帰る」

 そう言って、抱きしめてきていた香織の腕を払い、自分の席にカバンを持ちに行く。

「私も帰ろっと」

 香織も自分の席に向かった。

「朝から台風来てくれたら、ダルい授業受けなくてよかったのになー」

 香織と教室を出ながら、そんなことをボヤかれたが終日寝ていた人の言い分ではないだろう。

「まぁ、比紗子がいるからそれでいいんだけどね」

 ふやけたような顔をしてこちらに微笑みかけてくる。

 私は香織の笑顔というのはどうにも苦手だ。

 他の人の前では終始眠たそうでやる気が皆無そうな顔をして、対応しているのに私に話しかける時だけは顔に表情をつけてくる。

 それも大体が嬉しさを表現するような笑みだ。

 どちらも彼女の顔なのだが、私の時だけ顔が違うため、なんだか嘘くさく感じてしまう。

「私はあんたがいても嬉しくはないけどね」

 素っぽを向きながら言って、横目で香織を見る。

 彼女はニコニコととても上機嫌な笑みを浮かべている。

 何が嬉しいんだか、さっぱり理解できない。

 私達一年生のクラスは三階にあり、クラスの真ん中に位置しているため昇降口からは一番遠い。

 二階に差し掛かるとこれから帰る三年の先輩たちと合流した。

 しかし、知っている顔はないため、軽く挨拶だけして一階に降りていく。

 下駄箱に上靴を入れて、ローファーを取り出して、履き替える。

 傘立てまで向かい、朝傘を入れた辺りを探してみる。

 何本か似たようなものを抜き差しして、自分の傘を探すが見当たらない。

 記憶違いかもしれないと思い、隣やその隣を探しても見つからない。

 これは、もしや。

 盗まれた。

 どうしよう。

 時間をかけて探して出てくるならいい。

 だけど、朝入れたところにないのはまず出てこないと思う。

 親に電話して迎えに来てもらうのも一つの手段ではある。

 しかし、共働きであるため迎えに来てもらうにも時間がかかる。

 台風が来ているので下校時間を繰り上げている。

 普通なら締め出されてしまうが、先生に事情を話せば学校にいることもできるかもしれないが、何だかそれはちょっと気後れする。

 駅まで走ることも考えた。

 この強い雨の中走って帰れば、駅についた時には全身水浸しで電車に乗ることになる。

 それに財布にあまりお金が入っていないから途中で傘も買えない。

 また買うにしても地元まで行かないと帰り道にコンビニはない。

 私は家までほぼその状態でいなければいけないわけだ。

 そんな姿を近所の人たちに見られるのも嫌だ。

 地元に言ってしまうと中学の友達にも会う可能性もあるし、尚更嫌だ。

 どうしようか悩んでいたら隣に香織が立っていた。

「もしかして、傘持ってかれた?」

 頷いて、返事した。

 香織は少し考える素振りをした後に、いい事思いついたというように笑みを浮かべた。

 ニヤついた笑みだから、きっとそれで合っているだろう。

「私の家、寄ってく?」

「え、あ、近いの?」

 突然の誘いで動揺してしまった。

「駅に行くよりも近いよ。すぐそこだから」

「いや、いいの?こんな日だし、迷惑じゃ」「比紗子ならいつでも大歓迎」

 私の言葉に被せてくるのはいいが、私が言いたかったのは、香織の家の人に迷惑じゃないかということだ。

 ただでさえ、濡れていくわけだから、人の家を汚す行為は気後れもする。

「ホントに迷惑じゃないからいいよ」

 そこまで言われてしまうと断るに断われなくなる。

「じゃあ、香織がいいなら……」

 私がそう言うと、香織は笑みを深め、何故か視線をどこか遠くに向けた。

「それに、今日は親いないから、さ……」

 頬を赤らめて言ってきたが、なぜ赤らめる必要があるのか。

 それは異性を家に誘うとき等に対しては正しくて良い反応だと思う。

 しかし、同性にするのは明らかな間違いではないか。

「……」

 この時の私はきっとすごい顔をして睨みつけていただろう。

 そして、何故か睨みつけている私を見て、香織は満開に近いぐらい笑みを浮かべる。

 ここまで変人だと意味が分からない。

「さ、行こ。もうそろそろ下校時間だし」

 香織が手を差し伸べてきたので、手を差し出した。

 二人手を繋いで、昇降口を出れば外は暴風雨。

 先に出ていった人たちの何人かは、今まさに傘を壊されていたり、壊された傘で雨から身を守りながら、帰途に着こうとしている。

 香織が手に持つビニール傘を横目で確認して、一抹の不安を覚える。

「大丈夫、私の傘は無敵だから」

 私の心を読んできたのは感心するが、何が無敵なのか。

 ビニール傘は、ただのビニール傘だ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 香織が傘を広げたと同時に、強い風が吹いた。

 その瞬間、本来とは反対側に傘が広がりかけた。

「大丈夫、大丈夫。これぐらい楽勝。ほら、比紗子も入ってよ」

「はいはい……」

 少し間を空けて、香織の隣についた。

「もっと近くに、ほら、もっとぎゅっと」

「ちょっ、ちょっと近いから!」

 繋いでいた手をさらに絡ませてきて、体はほぼ密着状態だ。

「これでOK。いこいこっと?」

 香織が動き出そうとしたが、私が立ち止まっていたので、途中で動きを止めた。

 突然手を絡められたのには驚いたが、それ以上にこんな密着していることが恥ずかしくて体が動かなかった。

 何で私が香織とこんなことしただけで恥ずかしがらなきゃいけないんだ。

 そう、こんなこと友達同士なら良くすることじゃないか。

 香織を友達と呼ぶのは少々抵抗があるけど、今だけは友達にしておこう。

「行かないの?」

「い、いや、行くよ。ちょっとボーッとしてただけだから」

 香織の隣に並び歩き出す。

「相合傘だねー、いいねー」

 浮かれた香織の声が鬱陶しい。

 こっちの気も知らないで。

「このまま一緒に行けちゃ──」

「きゃっ」「あっ」

 強風が吹き、一瞬にして傘が逆向きに広がった。

「何でこのタイミングで!」

 香織が嘆くような声を上げて、傘を直そうとしたが、どうやら傘の骨が折れてしまっているようで直りそうにないみたいだ。

「走るよ、比紗子」

 あまり期待はしていなかったけど、学校の敷地出るまで持たないのは予想外だ。

「……あの傘だからそうなると思ってた」

 カバンを抱きしめるように持つ。

 香織が先に走り出し、私はその背中を追いかける。

 その背中を見ながら、香織の感触に名残惜しさを感じていた自分がいて困惑している。

 なぜ、名残惜しさを感じていたのかすぐに答えは出せそうになかった。

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