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春、出会いの季節 3

 結果として言うならば、彼女は予想外の結果を叩き出した。

 私が五科目のテスト436点と上位に食い込める点数だったのだが、香織はその上を行っていた。

 クラス順位では一位、学年順位も一位で確定だろう497点だった。

 何で、という疑問が一教科目のテスト返却から出てきて、全ての教科のテストが返ってきた時には、声に出したいほど、何であんたがそんなに出来るの!と心の中で叫んでいた。

 可笑しい、可笑しすぎる。

 隣にいた香織は、授業中ずっとボーッと寝ているようにしているか、落書きとかして遊んでいるかでまともに授業を受けてなかったではないか。

 なぜ、あんなに出来るのか。

 カンニングでもしたのか。

 いや、彼女しか解けていなかった問題もある。

 だったらする意味がない。

 正直、悔しかった。

 悔しすぎて有る事無い事考えてしまう。

 これが自室であれば、声を大にして言っていたと思う。

 だけど、ここは教室なのだ。

 歯を食いしばり、テスト用紙を強く掴んで怒りをなんとか抑える。

 これが最後に返却されてきたテストであり、他の人たちはそのテストの結果について話しながら、席を立ち、部活動に向かおうとしていたりする。

 隣の彼女を見れば、放課後になろうとしているのにテスト用紙を敷いて、腕を枕にして、充足したような笑みがついた寝顔をこちらに向けてきていた。

 それは嫌味か!?

 私への当て付けなのか?

「……ねぇ」

 聞こえているのか分からないし、私としても別に話しかけたくて話しかけたんじゃない。

 その態度を見ていたら、思わず言葉を発していた。

「んー?」

 彼女に聞こえていた驚きもあるが、それ以上に起きていたことに驚いた。

 驚きで少し怯みそうになった自分を鼓舞して、言葉を続ける。

「……いつもそうやって授業中とか寝たふりしてたの?」

 香織の顔を横目で見ると、口元だけ笑みが浮かんでいた。

「そう、睡眠学習してるの。よく効くけど、やってみる?」

 半分だけ開けた瞳には喜色が浮かんでおり、私をからかっているのだろうか。

 いや、多分、これはからかっているんだ。

 香織は私の返事を期待していなかったのか、言葉を続ける。

「少し前から、よく私のこと見てたよね」

 なるほどなるほど、と横になっているから、彼女が目を左右にゆったりと動かして私の顔を見ながら、一人で納得しているようだったけど、こっちは何一つ納得行かない。

「えーっと、む、む、村上……なんだっけ?」

 もう学校始まって三ヶ月は過ぎようとしているのに隣の席の人の名前も覚えていないのか。

 内心で呆れているのを、表情に出さないようにして、答えた。

「比紗子、村上比紗子」

「そうそう、そんな名前だったね。私はね」

「知ってるから……香織でしょ」

 驚いたように目が丸くなるが、口元の笑みは深くなった。

 一緒にするなという気持ちを込めて言ったのだが、どうやら香織には届いてないらしい。

「そうそう、よく知ってるね。私の名前ってあんまり覚えてもらえないんだけど」

 目立たない、話さない、動かないと負の要素が集まってたら、そうなっても仕方がない。

 しかし、それを自覚していなくてやっているのかという驚きを覚える。

「そ、それよりも何がなるほどなの?」

 香織が不思議そうな顔をするが、何でそんな顔をされるのかさっぱり見当がつかない。

「え、あれじゃないの?」

「あれって?」

 ますますわけが分からない。

 それよりもこのもったいぶった話し方もどうにかして欲しい。

「あれはあれでしょう」

 だから、何なんだという急く気持ちを何とか収めよう。

「あれじゃあ、分からないんだけど…」

 体を起こして、鼻からふふんと言いたげな風に得意げな顔をする。

「つまり……」

 タメを作ることではないだろ。

 早く言え、と心の中だけで急かす。

「私の事が好きなんでしょ?」

「──は?」

 思わず、素で返してしまった。

 いや、素になってしまうだろ。

 あまりにも突拍子が無さ過ぎて、どこからどう聞いていいのかわからない。

「だって、私の事ずっと見てるじゃん」

 いや、違うと言いたい。

「い──」

「最初は私の落書き、熱心に見てるから絵に興味あるのかなーって思ってたんだけど、何か違う視線送って来るしね」

「だから──」

「寝たふりとか、休憩時間とかの時も、私の方チラチラ見てくるでしょ?だからね、私、えーっと……そう、比紗子だったね、気がついちゃったの」

 私の方に体を向けて、腕を組むと、ちょっと芝居がかったように一息つく。

「あぁ、比紗子は私の事が好きなんだな、ってね……」

「はぁ!?」

 思わず大きな声を出してしまい、クラスに残っている人たちの注目を集めてしまったが、仕方ない。

 あんな突拍子もない事言われたら、誰でもそうなってしまう。

 けど、ここで香織の言葉を切り、私が続けよう。

 この女にこれ以上変なことを言わせないために。

「何……っう!」

 話そうと思った先に、口を閉ざされた。

 香織の手によって。

「言わなくても分かるよ。私もね、比紗子の気持ちに気が付いてから、私はどうなんだろうかと悩んだんだから」

 そんなこと悩まなくていいし、クラスに残っていた人たちがさっきの声で注目してる時にそんな事言わないで。

 ホントに言わないでください、と神に祈るようにしていた。

 顔がみるみる赤くなっているのが分かると言うよりも、口を抑えている香織の手が冷たく感じるほどに顔が熱を持っているように感じる。

 視線が集まっているのが分かる。

 恥ずかしさで泣きそうだ。

 そして、私の祈りを聞いてくれる神様がいなかった事を知る。

「色々見てると、気が強そうだけど、優しそうで柔らかい笑顔や、ちょっと気弱な感じとか、すっごいギャップが可愛らしく感じてきちゃってね、私もね、その……」

 教室で、勘違いから始まった告白。

 これを聞いたクラスの人たちの反応はどうだろうか。

 いや、それよりも途中からでも、今の香織の言葉を聞いていたら、どんな反応を示すのだろうか。

 考えれば考えるほど、目の前が真っ黒になり、体の芯から凍えるような寒さが駆け上がっているよう気がした。

「す――」

「ちょ、ちょっと待ってっ!!」

 口を塞ぐ香織の手を退けて、何とかそれ以上の言葉を防ぐ。

 お願い、クラスのみんなには聞こえていないでと願いながら。

「どうしたの?」

「付いてきて!」

 そう言いながら、香織の手を思いっきり引っ張り無理矢理立たせた。

 そのまま手を引いて、廊下に出ようとしていたが、その間ずっと、「ちょっと」とか「ねぇ、痛いって」とか聞こえていたが今は無視だ。

 いや、それよりも今はそんなことに構ってられる心の余裕がない。

 そのまま、女子トイレに連れて行く。

 香織とトイレに連れ入ると、私はトイレの出入り口から顔だけ出して左右を確認した。

 誰も来ていない、と。

 安心して一息つき、トイレの扉を閉めて、扉に背中を預ける。

 一般的というのか分からないが、長方形のスペースで入口に近いところには鏡が二個と洗面器が二個設置されていて、奥には個室が三つ縦並びになっている私が知っている中ではスタンダードな学校のトイレの形だ。

 香織はくねくねという擬音が付きそうな感じで体を動かしている。

 こうして向かい合って立ってみると、身長や体付き等自分に足りない部分を彼女は多く持っているからとても羨ましく感じる。

 まずはやはり身長だろう。

 私と並んで立つと頭一個分ぐらい差がありそうな気がする。

 それに、スカートから伸びる足が細く、長くて綺麗だ。

 普段は机の下に隠れてしまっていて、気が付かない部分であるから、こうして全身で見るのはなかなか新鮮な気がする。

 次に身長がただ高いだけではなくて、プロポーションもいい。

 普段のだらしないところが歩き方や、立ち方に表れてるのかもしれないが、眠い感じが全くなくなり、ちゃんとやる気を出して、背筋を伸ばせば、凛々しく、綺麗な立ち姿になると思う。

 そして、最後に顔だが、目以外は整っているから、しっかりとした笑顔を浮かべたら、それだけでドキッとする男の人もいるんじゃないかと思う。

 しかし、目は細く小さいのだが、眠たそうに普段は半分程度しか開いていない目のせいで、余計に小さく感じるし、やる気がないのか目に力がないせいで脱力した雰囲気にも感じてしまう。

 さっきまでは違った方向でやる気というか、眠気を感じさせない目つきになっていて、目には爛々と情欲と言うのだろうか、なにか危険な色を目につけていたせいで輝いていたが。

「……どうしたの?」

 一応、聞いておこう。

 先程の教室までの勢いがなく、しおらしくしている理由が分からないからだ。

 私が何かした?

 答えは、ノーだ。

 むしろ、一方的に被害を被った方である。

 じゃあ、なぜ彼女が体を先程から微妙にくねらせているのか……不明。

「学校のトイレでなんて……さすがの私でも恥ずかしいけど……」

「は?」

 何がなんだかホントに理解が追いつかない。

 というか、この勘違い女にも一応は羞恥心があることに少しだけ驚いている。

 何に恥ずかしがっているかが理解出来ないが。

「比紗子も意外と大胆だね」

 チラッとこちらを見てくる。

 絶対に何かをまた勘違いしている。

 香織の方が絶対に大胆だ。

 クラスの人たちの前であんなことを言えるんだから。

 まぁ、あれは大胆と言えるか、疑問だ。香織がクラスの人たちを眼中に入れていないのと、それ故の羞恥心の無さが成し得ることかもしれない。

「……はぁ?」

「初めてだけど……比紗子がここがいいなら、私も……」

「何言ってんの!?」

 思わず大きな声を上げてしまったが、あんなことを眼前で言われてしまったらしょうがないと思う。

 勘違い女の言葉を理解してみよう。

 初めて、ということは何かの行為を表すということだろう。

 そして、私と香織で何かするらしいことは読み取れるのだが、何をするのだろうかと考える。

 …………

 ……

 ……それに対して、良からぬ考えに思い至ってしまった。

 いや、私の性知識の上では、それは男性とする行為だった気がする。それも好きになった男性とする行為なはずだ。女性同士ですることもあるかもしれないけど、好きでもない女性とそういうことをするのはおかしいと思う。

 自分の貞操観念に肯定していると、香織が距離を詰めてきた。ほぼ密着状態になると香織が私の顎を持ち上げる。

「え、いや」

「大丈夫だよ、私も初めてだから」

 そういう事じゃないと心の中で叫んでいるが、私の口が動いてくれない。

 顔が近付くにつれて、香織の顔が良く見える。

 ――綺麗な目の形をしているのにもったいない。

 違う、違う! と今度は心の中で頭を振り、何を考えているんだと強く否定する。

 香織の瞳に私が映し出された。

 うっとりとされるのを待っているかのように、顔を赤くしている。

 その自分の姿を見た時だ。

 こんな事のためにここに来たんじゃない。

 そうだ、私は香織を否定しに来たんだ。

 無理やり香織の体を引き剥がす。

「私はこんな事をするために来たんじゃない」

「えー比紗子が連れてきたんだよ?」

 そうだけど、違う。

 事実はそうだけど、理由が全く違うじゃない。

「連れてきたけど、香織さんが思ってるようなこととは決して違うから! そういう意味で連れてきたんじゃないからね!」

 香織が少し不思議そうな顔をして、私を見てくる。

 勘違いしている香織からしたら、私が言っていることが少し分からないかもしれない。

 それでも、これが事実なのだ。

 こんなことを説明というほどでもなく、教室で言いそびれたことを言わないといけない。

 そちらが私にとっての本音なのだから。

「私があなたに話しかけたのは、ただ単に認めたくなかったから」

「好きなのを?」

「違う!」

 何で、こんな変な勘違いをする人を好きにならないといけないのか。

 好きになるわけない。

 しかも、今回でまだ会話したのが二回目だ。

「ずっと授業中とか寝てたり、遊んでたりするあなたが学年一位だよ?そんな点数取れるわけがない。だから、私はあなたを認めたくない。それが言いたかったの」

 彼女が何かを閃いたように、ちょっとだけ目を見開いたような気がした。

 元々が小さいから些細な変化すぎて見分けがつかないが。

「ツンデレってこと?」

「それも違う!何を聞いたらそうなるんだ!」

 あぁ、もうこの女は何も聞いてないのか。

 いや、頭がおかしいのかもしれない。

 バカと天才は紙一重とも言うから。

 違う。彼女はただのバカだ。

 バカだから、こんなおかしな考えに至るんだ。

「私はあなたが勉強できるのも認めないし、好きでもないから!分かった?!」

「ツンツンなところも、これはこれで可愛らしいねぇ」

 ホントにこの香織という勘違い女の頭を誰か引っ叩いてくれ。

 それで治るといいのだが、治りそうにないかもしれない。

 クラスの仲のいい人たちに少しお願いしてみようか、なんて冗談を思いつく。

 それと、同時にこの女が先ほど教室でやらかしてくれたことを思い出し、鬱になる。

 先程までの高ぶった気持ちは鳴りを潜めて、暗い気持ちが私を覆い尽くそうとし、体から力が抜けてしまい、床に尻餅をついた。

 はぁと自然に大きなため息が漏れて体を丸め、両膝を腕で抱えた。

「……あなたのせいで、私の学校生活むちゃくちゃよ」

 彼女が首を傾げる。

 何かおかしなことをした、と言いたいような表情で。

「みんなの前であんな事言って、私明日と言わずに今日これから教室帰ってどうやってみんなに顔合わせていいか……」

 みんなはきっと帰ってきたら色々と聞いてくるだろう。

 誤解を解かなきゃいけないが、しばらくは尾を引きそうな話題になってしまったと思う。

 しばらくならまだマシだ。ずっとこれが、そう卒業まで尾を引くようなら、笑えない。

「あぁ、あれわざとだよ」

「え?」

「みんなの前で言っておけば、裏でコソコソ付き合ったりしないで、堂々とみんなの前で付き合えるじゃない」

 乾いた笑いが口から漏れる。

「……最悪」

 私の普通の高校生活はたったの三ヶ月で、この新田香織という人物によって手放されることになってしまった。

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