春、出会いの季節 2
時間だけが過ぎ、桜が散り始め、花びらが空を舞う。
GWまでの日数を数えられるほどになった。
「高校に入ったって感じ全然しないね」
「まだ始まったばかりですからね」
校外からは運動部の活気溢れる声が響いてくる。
GWが終われば、私たちもあの中に加わることになるだろう。
三人並んで昇降口から外に出た。
私の両隣にいる彼女たちは別の中学校の出身だが、テニス部に所属していたのもあり話が弾み仲良くなった。
私の左隣には入学初日に見た髪を一つにまとめた女の子がいる。
彼女の名前は今川美樹。
裏表のないさっぱりとした性格が特徴だよと本人と右隣にいる人から教えられた。
本人から、そう言うのはどうかなと思う。それを聞いた時は、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
そして、右隣にいるのは、少し茶髪の混じった明るい髪はセミロング位まで伸ばしている子で、川上杏奈という。丸く大きな目をした美樹に対して、少し垂れ目気味の目だが、ぷっくりとした涙袋があり、女性らしい優しげな印象を増すことになっている。
話し方や声音も、美樹が元気いっぱい、押しが強くどんどん引っ張っていくような雰囲気だが、杏奈は穏やかでのんびりとした雰囲気だ。
そんな彼女たちと仲良くなれたのは私にとっては幸運だったと思う。
☆
入学式に何があったのかと聞かれたら、何もなかったと答えるしかない。
学校で変わった人が壇上に上がったり、変わった宣言が行われることはなかった。
校長先生や色々な人が祝辞とこれから高校生活を頑張れという話しを聞いていたってぐらいで普通に終わった。
あれだけ緊張して臨んだのにあまりにもあっさりと、普通に終わったので拍子抜けてしまったほどだ。
その後にはクラスに戻り、色々と話しを聞いていたが、これも今となっては何を聞いたのかさっぱり覚えてない。
彼女たちと出会ったのは入学式を終えて数日もしたある日のことだった。
みんな探り探りではあるけど、仲の良い人たちを見つけてはグループ少しずつ作り始めていた。
男子だけ、女子だけ、または男女混合のグループとそれぞれの机に固まっている。
私も話しかけて友達を作らないとと思うのだが、気の弱さと自分でも情けなくなるほどの怖がりが足を引っ張って、話しかけることが出来ないでいた。
「ねぇ、もしかして、テニスやってなかった?」
笑顔を向けて話しかけてくれたのは美樹だった。
「え……あ、うんっ!」
緊張と喜びで自分でも驚くくらい大きな声になってしまった。
私の返事を聞いた彼女もびっくりしている。
失敗した。
「……いつもムスッとしている顔だったから、怒っているのかと思ってたよ」
「……あー、うん。怒ってないよ」
そう言われたのは、初めてではない。
昔からよく人に言われている。
私の顔はそういう顔なのだ。
少し吊り目気味で、さらに三白眼であるから、普段から睨んでいると言われる目付きの悪さだ。それが緊張して、表情がますます硬くなってしまい、怒っているように見えてしまうわけだ。
こういう顔のせいで気が強そうだとか印象を持たれたりするのだが、そんなこと全然ない。
「それで、あの、どうして、私がテニスやってるって分かったの?」
「えーっと、大会とかで見たことあるからさ、ね、杏奈」
「はい。何度も見かけていました」
そう言いながら、美樹の後ろから杏奈がいつもの微笑みを浮かべて現れた。
これが初めての会話となり、二人とは友達になった。
☆
私は多分、大分人と仲良くなるまで時間がかかった。
私を例にしても、第一印象というのは大事なんだと改めて思う。
まず、私のように第一印象が悪い場合は話しかけに来てくれないからだ。
ここで話しかける勇気があれば話は変わるけど、私にはそれがなかったため、さらに時間がかかった。
第一印象が良ければ、話しかけるのも容易になるだろうし、友達になるにも時間はかからない。
そういうわけで私は随分遠回りをしたわけだ。
「そう言えば、比紗子の隣のー……あの影の薄い人、話しかけたの?」
運動場では、陸上部や他の部の人達が走り込みをしていたので、それを避けるように私たちは隅の方を歩いている。
「ううん、まだ一回も話してない」
これは別に私が話しかける勇気がなかったというわけではなく、彼女の方の問題だ。
始めはやはり、隣同士で声を掛け合ったりして、そこから共通の話題で話が盛り上がり、それが呼び水となり、他の子と繋がって友達が自然と出来て行くのだろうかとか考えていた。私はそうしようとしたのだが私は初日に隣に座る人物に話しかけることが出来なかった。
隣に座る彼女は黒いロングヘアで艶やかなのだが、寝癖を直してきていないのかところどころ跳ね返っていたりしていてせっかくの物が勿体無い。手入れ自体は、しっかりされているのだから、寝癖とか付けずにしてくれば、印象がガラッと変化すると思う。またしっかりと開けていないのか眠たそうな瞼のせいで、余計にだらけたオーラというか、眠たそうなオーラに拍車をかけている。
彼女はボーっと前を向いているだけで、隣りにいる私や騒がしい周りに全く興味を示さない。
正直話しかけにくい。
全く興味を示さない人に話しかけれるほど、私のコミュニケーション能力は高くない。
そう、ちょっとだけでも興味があり、目が合わさることなどあれば、話しかけることも出来るのだが、そんなこと一回もない。
彼女自身が仲良くなる気がないから、取り付く島もないということだ。
「新田香織さん、でしたっけ?」
私が杏奈に頷きで返答する。
「あ、そう、そんな名前だった。人の名前って覚えるの苦手なんだよね」
美樹が頭を掻きながら、愉快そうに笑う。
「その分、杏奈が覚えててくれるから、聞けば教えてくれるんだよ」
私の頭を通過させて、美樹が杏奈に笑顔を向ける。
「美樹さんが顔だけ覚えて聞いてくるから、自然と覚えてるだけですよ」
二人が楽しそうにやり取りをしているのを聞きながら、少しだけ、頭の片隅で彼女のことを考えた。
彼女は自分から空気になっている。
印象を薄くして、いるのかいないのか分からない程に存在感を消している。
そんな風にしていて、これから先、クラスの中に溶け込めるのか。
気がついてもらえてないのであれば、溶け込めているのかもわからない、か。
それでは、もっと将来、また卒業した後では会わなくなったら、忘れられてしまうのか。
いや、それだけ印象が薄いなら、忘れるとかではなく、いたことすら覚えていてもらえなかも知れない。
将来のことは、流石に想像でしかないと鼻で笑った。
「何か面白いことでもあった?」
心の中でやっていたことだと思っていたが、実際にやってしまっていた。
「あ、ううん、何でもない。何でも」
あははと乾いた笑いが出てくる。
二人は不思議そうに顔を見合わせていた。
「ま、いいけど」
美樹が無邪気そうな笑みを浮かべて、私の顔を覗き込んできた。
「ね、ね、今日もテニス部見学行かない?」
「えー……」
こうして美樹に見学に誘われるのは、一回や二回ではない。
ほぼ毎日誘われている。
「今日は私用事ありますから、真っ直ぐ帰らないといけないんですよ」
杏奈が申し訳なさそうに言っているが、私はホッと胸を撫で下ろす。
「杏奈が行けないんだし、帰ろうよ」
「そうだねー、杏奈が行けないんなら、しょうがないかー」
美樹のいいところはしつこくないところでもある。ダメならキッパリと諦めてくれる。
「ま、すぐに入部するし、いっか」
あっけからんに言い、私たちは学校を後にした。
☆
杏奈と美樹と話してから二日程経過した日。
彼女に話しかける人がいないか視界の隅に入れて見ていた。けど、誰も話しかけないし、香織も話しかけない。
クラスの人達に無視されているというわけでもなかった。
これはどちらかと言うと、彼女の方がクラスの人達を無視しているように見える。
ただ寝ているだけなのに私はいない無視してくれと言わんばかりの雰囲気を纏う彼女に対して、周囲の人達もそれを甘んじて受け入れてるような印象が少しだけ感じれた。
これはクラスの人たちを責めているのではない。
彼女自身が空気でありたい、話しかけてくるなというなら雰囲気を身に纏っていて、そういう態度をどこか感じさせているせいだ。
新田香織は話さないことを気にせず、全くどこのグループにも属することも属しようとも考えていない。
友人一人も作ろうとしないで。ただ一人で席に座っていた。
彼女の机の前に立ち、気まぐれ……だったが彼女に話しかけていた。
「あなたは友達作らないの?」
彼女と初めて顔を合わせた。
投げかけた言葉に他意は無い。
しかし、この時のことほど鮮明には覚えていないことはない。
初めての会話ははっきり言って最悪だった。
死んだ魚のような目は少しだけ驚きに満ちていて、寝ていたのだろうか口の端に少しだけヨダレの後がついていた。
――運命の出会いというのがこの出会いであったのなら、今まで夢見ていた私は何だったのだろうか。
出来れば、これはそんな出会いとは別であってほしい。
そうじゃなければ、もっと甘い夢を見ていた私が可哀想ではないか、と。
「え?」
表情にはさほど変化はない。
「いつも一人だし、誰かと話してるの見たことないから」
話したことない人と話すのは緊張する。
緊張で怖い顔になっていないか少々心配。
こちらとしては笑顔を作っているつもりだが、引きつっているかもしれない。
この時、香織から「怒ってるの?」とか、「怖い顔してるけど、何かあった?」とか聞いてくれたら、そこから話を広げたり出来たんだと思う。
香織と視点を合わせようとして、机の端に手を置き、屈み込んだ。
あぁ、この言葉も覚えている。
顔の印象とかそういうのよりも鮮明に覚えている。
今だに忘れない。
全てを否定するような、斬りつけられたような一言を。
「めんどくさい」
それだけ言うと、香織はまた腕を枕にして、眠りの中に落ちていき、私は香織の前で引きつらせた笑顔を凍らせていた。
☆
それから、彼女と関わる機会があったかと言えば、ほぼじゃない、全くない。切って捨てるような言い方をした向こうから話しかけもされなかった。
それから、私達新入生はそれぞれ部活動に入部する時期になった。
だが、彼女はどこにも所属しなかったのか、放課後みんながそれぞれの部活に行く中、一人クラスに残っている姿を見かけた。
彼女は誰にも話しかけないし、今となっては彼女には誰も話しかけない。
出会い方というか、ファーストコンタクトが最悪で、彼女の対応も最悪だったため、私から話しかけてやるものかと思っていた。しかし、そう思ったが最後、あの手の人間は話しかけてこないのだと私は人生勉強することになった。
その人生勉強を望むべくしてしまっていた合間のことだ。
授業の合間、ふと隣にいる彼女を覗き見た時には、真面目に授業を受けている様子もなく、ただただ中空を眺めていた。また、ノートを取るのかと何かを書き始めたが、後から見てみたら、ページいっぱいに何かのキャラクターなのか可愛らしい落書きが描かれていたりした。しかも、無駄に絵のクオリティーが高い。
そして、時折授業を一限サボってどこかに行っている。
彼女がボーッとしていても、あまり先生から注意が飛んでこないのは、真面目には授業を受けていないが、寝ていないから注意することでもないということなのか、はたまた彼女の異様なまでの影の薄さで先生たちには気がつかれていないのか。
一応起きて授業は受けているのだから前者だと思うが、隣の席でこんな不真面目な姿を毎日毎時間見せられては溜まったものではない。
だが、こんな風にしているのはきっとあまり勉強は出来ないまたはついていけてないから真面目に授業を受けていなくて他所事ばかりしているのだろうと私は思っていた。
だから、高校生活初めての期末テストであまりにもひどい点数であれば一言言って溜飲を下げよう。
そんな思いを胸に秘め、梅雨まっただ中6月の終わり、高校生活初めての期末テストを迎えた。