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サイドストーリー美樹・杏奈編 過去と未来の私に恥ずかしくないように 2

※本編のネタバレが多量に含まれるため先に本編を読むことを推奨します

 テニス部に入部した杏奈とはそれから三年間ずっとペアを組み続けた。

 私は行き当たりばったりだし、考えなしに突っ走ってしまうタイプなので、杏奈がカバーしてくれるおかげで上手く事が進んでいたと思う。

 私にとって杏奈は親友以上の存在だ。

 心から信頼していて、背中を完全に預けられる相手だと思っている。

 私達の三年間はずっと一緒に過ごした思い出しかない。

 テスト勉強は杏奈の家でやったり、クリスマスやイベントごとに祝ったり、酸いも甘いも分かち合いした。

 中学生の日々だけで、私達の距離間は一気に縮み、同級生達の間では「幼なじみだった?」みたいに言われることが多々あった。

 そんな杏奈がいてくれたから、私の中学の思い出は輝くものばかり。

 思い返せば、笑ってしまうように楽しいことばかりだ。

 まぁ、学生らしく勉強とかで嫌なところはあったけど、それでもそれはそれでいつかは私の中で消化されていい思い出になる。そう信じている。


 そして、私達は高校に上がり、杏奈とは変わらずだが、新たな出会いを得ることになった。

 一人は比紗子だ。

 中学生か小学生の高学年に混じっていてもおかしくない小さく可愛らしい体に、鋭く睨み付けているような目というアンバランスさ。話してみて分かったことだが、彼女は別に睨み付けたくてそうしているわけではなく、そう見えるような目だということだ。

 話しかければ、それを心待ちにしていたかのように嬉しそうな顔をしていた。

 けど、結局緊張していたみたいで噛んだり、言葉に詰まったりとどれだけ心待ちにしていたのかと杏奈とは話した。

 もう一人は香織だ。

 彼女は比紗子に告白された、らしい。

 私と杏奈は先に部活に行っていたので教室でのやりとりは聞いてはいないから、後から人伝で比紗子からの告白だったとか様々な噂が耳に入ってきた。

 その日はもう比紗子にみんなで質問攻めだった。

 そして、そんな騒動の中心人物のはずの香織と言えば、なんて噂されようがどこ吹く風。

 私たちの話は聞いているようで聞いてないこと何て、しばしばある。けど、聞いていない振りをして、聞いていたりと全くつかみ所のない人物である。

 それに比紗子を追ってテニス部に来たのにテニス未経験という行動力の高さは随一だと思う。

 ただ、テニスの腕に関して劣っていたのは最初だけだった。

 球技大会に至る前に打ち合えるようにはなっていたから、才能があるのか本人が言うように本当に天才なのかもしれないと少しだけ思うようになった。

 この二人を加えて、私達は四人で過ごすことが多くなった。

 学校の昼食も四人で固まって食べるようにもなったり、部活の帰りも途中まで一緒に帰る。

 それにしても、香織と比紗子、この二人妙に仲がいい。

 端から聞いていると比紗子が嫌がる声を上げているだけなんだが、見てみるとそんな嫌そうな表情をしていない。

 恥ずかしがるように顔を赤らめている。

 二人の関係について、私は、私と杏奈みたいに仲の良さだと思っていた。

 だけど、そうではないと思い知らされたのは秋の大会後、香織の家にみんなで泊まりに行ったときのことだ。

 香織と比紗子は同室で、私は杏奈とそうなった。しかい、あてがわれた部屋が、親の部屋だと言われた時には思わず腰が引きそうになる。

 香織の部屋ならこうはならなかったと思う。

 何回杏奈とこの部屋でいいのかなと確認し合ったし、香織にも聞いたが、この部屋しか布団がないため使ってくれと言われた。

 そして、夜も更けてきた時だ。

 まだ二人は寝ていないと思い、香織の部屋に向かっている途中で、大きな物音がして、立ち止まった。よく見てみると薄っすらと光の筋が部屋から漏れていた。香織の部屋のドアが少しだけ空いているみたいだ。

 私が入ろうかどうか悩んでいると、すでに杏奈がドアに近寄り中を覗き込んでいた。

 私も杏奈に習って中を覗き込むと、そこには床に仰向けに倒れている香織と跨いで仁王立ちする比紗子の姿があった。

 何をしているのかと考えていると比紗子が香織に覆いかぶさる。

 耳元で囁き合っているようで、何を言っているかこちら側まで聞こえない。

 そして、一度比紗子が香りに顔を重ねた。

 あまりにも衝撃的な光景で思わず声が出そうになったところを杏奈に口を抑えてもらうことで、何とか閉じ込めることが出来た。

 そして、そこから私達はずっと二人の行為を盗み見ていた。

 自分でもびっくりするぐらい、食い入るようにだ。

 何度目かのキスを終えて、比紗子が立ち上がってこちらを向いた。

 マズイ、バレた?

 焦る気持ちで、部屋を後にしようとしたせいで、派手な足音を立てていくことになった。

「なんで言ってくれなかったの!!!」

 そう叫ぶ声が、背中を追いかけてきたが、何故か私達を非難するものではなく、香織に対して責め立てるものだった。

 興奮冷めあらぬ中、二人して布団にも潜り込む。

 杏奈の顔も心なしか上気しているように見える。

「すごかった、ですね……」

「本当にね……」

 逆光になっていたし、電気が点いていなかったため、しっかりとは見えなかった。しかし、動きの激しさや、熱く艶やかな雰囲気のある吐息が耳と目に濃く焼き付いてしまっている。

「あぁいう関係だったんだなぁ……」

「そうみたいですね」

 そういう世界があるのは知っていたが、まさか二人がそうだと思っていなかった。

「女同士でキスってちょっと変な感じだな」

 私がそう言って笑いかけると、杏奈も困った顔をしながらも笑みを浮かべた。

「そう……ですね」

 奥歯に物が挟まるような口ぶりだけど、杏奈も困惑しているのだと思う。私もそうなのだから。

 はぁと大きく息を吐くと、何だか体に一気に疲労が伸し掛かってきた気がする。

「なんかものすごいもの見て、疲れたな」

「大会もあったんですからね」

 そういえば、そうだった。

 さっきのことですっかり頭から抜けていた。

「それじゃあ、私たちは寝ようか」

「……ええ、おやすみなさい、美樹ちゃん」

「あぁ、おやすみ、杏奈」

 目を閉じれば、自然と夢の世界に落ちていった。


 ☆


 香織ちゃんの家に泊まってから幾日も立たず、それは急に始まった。

 比紗子ちゃんに対してのイジメである。

「あんたらさぁ、あいつと同じ目に合いたくないなら、分かってるよな?」

 先輩達のその脅しだけでも怯みもしたが、正義感のある子には効果が薄かったらしい。一度比紗子ちゃんのシューズ探しを手伝っている姿を先輩達に目撃された。

 そして、私達一年生は比紗子ちゃんと香織ちゃんが帰った後、外に設置されている体育倉庫の裏に呼び出された。

 ちょうど校舎から影になっているから誰にも見られることはない好都合な場所。

 そこには腕をビニール紐で結ばれ、鉄格子に吊されて口にはタオルで猿轡を噛ませられているのは先程比紗子ちゃんを手伝っていた同級生の姿があった。

 そこからはもう予測出来ることだった。

 壁打ちと称してひたすらその子にボールをラケットで打ち込んでいた。

「目、逸らすなよ? 逸らした奴も同じことやるから」

 軟球だけなら、痛いで済むが時折混じる硬球が彼女の顔を歪ませる。

 悲鳴は小さな呻き声となって、漏れてくる。

 私達は彼女から目を逸らすことすら望めない。

 彼女は私達への見せしめだ。

 これがもし、美樹ちゃんがやられていたらと思うとゾッとする。

 いや、美樹ちゃんも今は自分を抑えていてくれているが、いつ飛び出してもおかしくはない。

 お願いですからここは我慢してください、そう私は願うことしか出来なかった。

 それからどれだけ打ち込んだのか分からないが、先輩達は飽きたようで同級生の子に打ち込むのを止めていた。

「あんたさぁ、同じようなことやったら、今度は自分のラケットと初めてを経験してもらうからね」

 そう言って、先輩達は不快な笑みを顔に貼り付け、これまた不快な笑い声を上げて帰って行った。


 このことがあって、私たち一年生は比紗子ちゃんへのイジメに加担することになった。

 良くないことだとは分かってはいる。

 だけど、一人の人間が正義を説いたところでこの問題は解決しない。

 特に先輩からの暴力を目撃していた一年生の多くははそうしようと思う心を折られてしまっている。

 しかし、私の知る限りそうでない人は一人だけいた。

 今川美樹、彼女の心は折られていなかった。


 先輩達からの見せしめが行われてから一週間位経ち、廊下を美樹ちゃんと二人で歩いているときだ。

「ねぇ、杏奈、美樹」

 声をかけられて振り返ると初めて美樹ちゃんが声をかけた時のように緊張で強張った顔をしている比紗子ちゃんがいた。

「どうしたの?」

「あの……部活のことで」

「あ」

 考えるより先に体が動いてくれたことにこれ程良かったと思えたことはない。

 気がつけば、美樹ちゃんの体の前に手を出していて、発言を遮っていた。

 これはダメです。

 今この場ではこれ以上話してはいけません。

 ここは廊下だ。

 あまりにも人目があり過ぎる。

 これがもし、誰の目のないような場所だったら良かった。

 それならば私たちは比紗子ちゃんに少しでも手を差し出せたと思う。

「その、後でいいですか?先輩に呼ばれていますので」

 私の一言で何かを察したのか、一瞬だけ深く傷ついたような顔をした。それでも気丈にも立て直したが、その顔は笑顔にしては歪んでいて、ほとんど泣き顔になっていた。

 ごめんなさい。

 本当にごめんなさい、比紗子ちゃん。

 私は心の中で、何度も謝る

 私は恨んでくれても構いません。

 いえ、いっそ、その方がどれだけ楽なのだろうか。

「そっか……うん。それじゃあ、後で時間あったらいいかな?」

「はい、後ほど」

 そう言って、美樹ちゃんの手を引いて、比紗子ちゃんに背を向けて歩き出す。

「杏奈、あれは……」

 美樹ちゃんがどんな風に私を見ているかいくらか予想は立つ。

「お願いです。美樹ちゃん、みんなから見えないところまでは静かにしていてください」

 私だってこんな事はしたくはないが、こうしなきゃいけない理由がある。

 どんどんと歩いていき、特別棟の方まで来たところで足を止めた。

 ここなら、人目がない。

「杏奈、どうして」

 美樹ちゃんの顔を正面から見ることが出来ず、俯く。

 自分でも分かっている。後ろめたいことをしていることは。

「あれじゃあ、私達が……杏奈が」

 そこで言葉が途切れた。

 何を言おうとしていたのだろうか。

 私がイジメに手を貸している。

 私が比紗子ちゃんに嫌われる。

 どれも当てはまらないように思えるし、当てはまるようにも思える。

 けど、どれが当てはまろうが関係ない。

 比紗子ちゃんにどう思われても、いいの。

「お願いです、杏奈ちゃん。人がいるところでは、もうあのような真似しないでください」

 脳裏には、杏奈ちゃんが先輩によって壁打ちされているのが思い浮かんでしまう。

 あれだけは、阻止しないといけない。

 私との関係が壊れてもいい。

 杏奈ちゃんに捨てられても構わない。

 大事な人を守れるなら、私は何でも差し出そう。

「だけど、私は、私は比紗子の友達だ、友達だから!」

「それでもです! お願いです」

 美樹ちゃんの目には、私が酷い人間に映っているかもしれない。

 それでも構いません。

「杏奈は、私に友達を見捨てろっていうのか!」

 しっかりと正面から、美樹ちゃんの目を見つめる。

「そうです、そうしてください」

 美樹ちゃんの顔が怒りで大きく歪む。

「出来るわけないだろ!!」

 当然の怒りだ。私だって、同じ立場なら美樹ちゃんほどすっきりとはいかないまでも怒りをぶつけるだろう。

 私はこの怒りを正面から受けなきゃいけない。

「そんなこと出来るわけない! 比紗子を見捨てるなんてもっての外だ!」

 美樹ちゃんならそう言うと思っていた。

 だから、私は頭を下げた。

「お願いします……出来る出来ないんじゃないです。やらなきゃいけないんです」

「やらない! そんな事私は絶対にやらない!」

 それならば、頭を上げてまた美樹ちゃんを見る。

「それなら、私と一緒にテニス部を辞めましょう」

 怒りで熱くなった頭に水を差されたように、美樹ちゃんから熱が消えた。

「それは……出来ない」

 簡単に美樹ちゃんがそれを選べないのは分かっている。

 だけど、もう選択肢は多く残されていない。

 だから、私たちは選ぶしかない。

「何かいい方法があるはずだ。比紗子たちを傷つけなくていいような」

「そんなものはありません」

 もう遅いんです。

 一年生で逆らおうとする生徒がいないことは分かっているはずだ。

「だけど!」

「もうそんな方法はないんです。美樹ちゃんだって、分かってますよね」

 唇を噛む美樹ちゃん見て、いい方法がないと理解しているようだ。

 私たちの力では何も出来ない。

 私たちは、嵐が過ぎるまで身を隠しておくことしか出来ない弱い人間なんだ。

「何でこんな……こんなことになっちゃったんだよ! クソ!」

 本当にどうしてこんなことになってしまったんだろうか。

 私は自分の体を抱いて、力の無さを感じた。

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