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春、出会いの季節 1

 四月四日。

 これから三年間通うことになる神戸高校を校門の外側から眺めた。

 やっとここに来たんだ。

 春を感じさせる花を伴いながら風が抜けていく。

 平年よりも早く満開を迎えた桜が、私たち新入生を受け入れてくれているようだ。

 もう一陣の風が吹き、揺れる髪を手で抑える。

 先日、肩まであった髪をバッサリと短く切ってもらったばかりなのを思い出して、癖になっていたんだなとクスリと笑みを浮かべた。

 正面に見える白塗り三階建ての校舎を見据えていたら、白色の軽自動車が校門前で停車した。

「いってきまーす」

 後部座席から学校指定のブレザーを着たスラッとした体型で日に焼けたような褐色肌をした女の子が出てきた。彼女の頭が上下に動く度に後ろで一つにまとめた黒い髪が元気に跳ねる。

「気をつけてね。今日はすぐに終わるんでしょ?」

 後部座席に顔だけ入れて、その女子生徒は母親に答える。

「多分ね。けど、友達とか出来て遊びに行くかもしれないから」

「はいはい、遅くならないようにね」

 女の子が後部座席から顔を出すと、今度は助手席の方に移動して、中に向かってヒラヒラと手を振り始めた。

 そして、軽自動車は一度切り返しを行ってから来た道を帰っていった。

 そうか、みんなこうして学校に来ていたんだ。

 私は来る時、電車に揺られながら来た。

 だが、乗っていたのは年配の方ばかりで、同じ制服を着ているのは片手で足りるほどだった。

 同じ方向から通う同級生はもっといないのか。中学生の時、部活の繋がりで仲良くなった子は乗ってこないのかと期待していた。

 しかし、最寄り駅まで辿り着く間に乗ってきたのは知らない子ばかりで、乗客の内で同じ制服を着ている子は結局両手にも満たなかった。

 どうして少ないんだと思っていたらこうしてみんな着ていたんだ。

 私も車で来ればよかったかなとちょっとだけ考えてみたが、親とのやり取りを思い出して頭を振った。

 自分の親では、さっきの子の親みたいに送っただけで帰ってはくれないと思う。

 だから何かと理由をつけて入学式まで居座り、しれっとした顔で保護者席に座っているんじゃないかと考えた。

 断ってよかったんだと自分を納得させる。

 通り過ぎていく子たちの中には、私もそうだけど着慣れていないのか落ち着かず直しているのを見かける。

 中学までセーラー服だったため、ブラウスにブレザーと着るものが変わったから余計に違和感がする。

 しかし、そんなことばかり考えてここで立ち止まっているばかりではいけない。

 私も校門を潜り、学校敷地内に足を踏み入れた。

 正面には生徒の教室がある主にある本校舎、その右側にある建物は特別教室等が入っている特別棟だと学校説明会の時に教えてもらっている。

 左側を見れば、本日入学式が執り行われる他よりも少しだけ綺麗な体育館がある。

 そして、体育館の手前にはテニスコート、その横にはプールとなっていて、一般棟の前には広く運動場が広がり、その運動場の隅には小さい作りであるが、部室が何個か並んでいる。他にも弓道場や、野球部の運動場等もあったりする。弓道部は体育館の裏にあり、校門からは見えない。野球部の運動場は、特別棟の隣にある。

 他の生徒に追い抜かれるのも構わず、ゆっくりと周りを見ながら歩いているつもりだった。

 しかし、気がつけば昇降口近くまで来ていたみたいだが、すごい人だかりだ。

 制服の生徒は一年生だと思うが、それに混じるように野球、テニス等様々な格好をしている人達がいる。

 漫画とかで見る激しい勧誘合戦というわけではなく、他の部活の人同士で談笑している様子からして、結構緩そうだ。

 こんな雰囲気であっても他の学校よりも部活動が活発なのだ。

 それがこの高校を選んだ最大の理由でもある。

 周りを田と山に囲まれた自然豊かと言えば聞こえはいい。だが、実際は通学は面倒で周りにはコンビニすらない辺鄙なところにある高校だ。それぐらい魅力がなければわざわざ選ぶ必要がない。

 部活の雰囲気を感じながら、人ゴミの中に入ろうとした。

「おはよう、新入生の子だよね?」

 私より少しだけ身長が高いテニスウェアを着た人に話しかけられた。

「え、あ、はい、あの……私ですか?」

 身長が低いのはコンプレックスではある。だけど、こういう人ごみの中では埋もれてしまって見つからない自信が実体験からあるのだが、簡単に見つかってしまった。

「うんうん、もちろん。そんなガッチガチに緊張しなくても大丈夫だよ」

 何か制服の着方や胸のリボンの位置とかおかしかったのかなと体のあちこちを見ていたら笑い声が上からした。

「あーごめんごめん。何も服は変なところはないよ。君はなかなか面白い動きをするね」

 私の考えが読めたわけではなく、私の動きを見て笑われたのか。

 見つからないなんてちょっと自信あるような考えを持っていたのが恥ずかしくなって体中が熱くて変な汗も出てきた。

 俯いて赤くなってそうな顔を隠す。

「……はい」

 消え入りそうな声で答えるのが精一杯だった。

「ほらほら、リラックス、リラックス」

 そう言いながら、肩を叩かれた。

 白いテニスウェアが健康的な肌にとても映える。

 「はい、これ」と差し出された紙には、『女子テニス部部員募集中』と大きく描かれている。

「良ければ、見学に来てね」

 そう言って、私に手を振りながら立ち去ってしまった。

 先輩だと思われる人からもらった用紙を一度じっくりと見つめてから四つ折りにして胸ポケットの中に閉まった。

 中学生の卒業式では、卒業が今一つピンと来なかった。だが、こうして新しく通う校舎に今までとは違った雰囲気に囲まれると、ようやくだが、私は中学生を卒業して新しい生活に身を置くことを実感できた。

 それから昇降口までは、人に揉まれながら進んでいった。

 そして、何とか人ゴミを抜け出した。

 人に揉まれたせいで乱れた髪と服を直す。

 昇降口前には、先生が二人、片方は若い女性で、もう片方は年配の男性だ。

「おはよう」

「お、おはようございます」

 さっきもそうだが、突然声をかけられて吃ってしまった。

 別に人と話すのが苦手というわけではない。

 だけども、コミュニケーション能力が高いとも言えるわけではない。ただ単に知らない人に話しかけられたりするのがあまり得意ではないだけ、だと思う。

 そんな言い訳を頭に浮かべながら、昇降口を通る。三和土まで着たところで下履きのローファーを脱いで、学校指定の薄緑色をしたスリッパをカバンから取り出して、履き替えた。

 下駄箱を通り過ぎた先に、ホワイトボードが三台並べられて、紙が張り出してある。

 そして、また人だかりだ。

 先ほどと違うのは制服の子しかいないというところだ。

 人が詰まっているので、昇降口みたいに通り抜けていくのは難しい。

 それに、身長のこともあって、あの人だかりの中に行けば、遭難することも必死だと思い、遠目から眺めてみることにした。

 目は悪くない方だが、ちょっと距離がありすぎるのと、目の前の人の壁に阻まれていて、非常に見難い。それでもジャンプして人の隙間から紙になんて書いてあるのか見えた。

 読み取りにくかったが紙には名前とクラスが書いてあったと思う。

 どうやら自分の名前を確認してそれぞれ別れていくみたいだが、同じ学校出身の子たちなのか同じクラスだったとか、違ったりと一喜一憂しているみたいで詰まっているようだというのを、はしゃいで言っている子達の声と、「クラスを確認した子から教室に行ってください!」という教師の誘導の声で、何となく察した。

 私も同じ中学出身の人がいたら、違う中学の子でも部活繋がりの友人がいたらそうしていたと思う。

 人の壁を見ながら思い悩む。

 今、この人の波に入っていくべきだろうか。

 周りを見ると壁に寄り掛かり目を閉じかけて今にも寝てしまいそうなやる気のない人や、仲良い友達同士で話をしながら、人が捌けるのを待つ者たちがチラホラといる。

 待っているにしても時間はかかる。

 それに、教師の力によりちょっとずつ新入生は教室に向かっているようにも見える。

 一つ息を吐いて、覚悟を決めよう。

 私は人の波の中に足を運ぶことにした。

 こういう時、低い身長というのが悔やまれる。

 少しでも身長が高ければ、わざわざこうやって人の波に揉まれることもないのに。

 人が捌けていくのに合わせながら、前に進んでいく。

 すみませんと何度か謝りながら、何とかクラス発表の用紙の前に辿り着いた。

 A、B、C、Eと順にクラスが書いてあり、その下に名前が連なっている。

 A、B、と名前がなく、人の波に揉まれながら、徐々に横にスライドしてC組にまで到達した時にようやく自分の名前を見つけることが出来た。

 教室は確か……三階だったっけ。

 張り紙の前の人だかりからなんとか抜け出し、人の流れを見ていると階段を上がっていっているようだから、きっと教室は上にあるのだろう。

 少し長く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。

 緊張しているんだな。

 分かっている。

 知り合いが一人もいない環境というのは、今まで経験があまりない。

 小学校、中学校ともに繰り上がって周りはほぼ一緒だった。

 だから、こうしてバラバラになることもなかった。

 みんな今、どうしているんだろうか。

 暗い気持ちが心に陰りを作る。

 階段を登りながら、いけない、いけないと思い首を振って、不安な気持ちを飛ばした。

 踊り場に辿り着くと、一度立ち止まり小さく深呼吸をする。

 こんなところで緊張していたり、不安になっていては先が思いやられる。

 まだまだ高校生活として、スタートすらしていないのだから。

 そうやって、無理やり気持ちを前向きにし、俯きそうになりかけていた顔を上げた。

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