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エピローグ 二年生

 入学式後の二年生の教室には誰もいない。

 休みになっているので、生徒会や入学式に関わる人たちしかいないし、それぞれ部室や下校で教室まで来る人がいないというのもある。

 香織から聞いた話では、私や香織が怪我をした事件は3年生によるものだったと判明した。男子学生の大半は退学処分、また私に対してそうするように仕向けた女子生徒も同じ処分をされたらしい。

 それだけならいいけど、それぞれの部活動に対して大会の出場停止等の処分まで来てしまっているし、3年生は受験を控えた身であるため、今回のことで進学に少なからず影響があるかもと言われている。

 窓の桟に腕を乗せて、満開の桜の下、新入生たちが下校している姿を眺める。

 女子テニス部も大会に出ることは出来なくなった。

 部長やキャプテンの三年間を潰すことになってしまったのは結構辛いものがある。

 ドライな香織が言うには、そうなる未来しかなかったから、それが早いか遅いかだけの違いだよ、と。

 それは理解しているつもりでいる。

 けど、私は香織みたいに考えることが出来ないだけ、それだけのことだ。

「ねぇ、香織」

 そう言うと香織が近づいてくる気配がした。

「どうしたの、比紗子」

 そして、優しく抱きしめられる。

「落ち着いた?」

「うん」

 人の頭の上に顔を乗せないで欲しい。

 重たい。

「やっぱりまだしばらくは無理かもね」

「……」

 私の症状ははっきり言って快方に向かっているとはとても言えない。

 退院してからしばらくは自分の部屋から出るのもままならなかった。

 けど、香織は授業終わってすぐに電車に乗って私の家に来てくれた。

 始めのうちは話したり話さなかったりで、側に寄り添ってくれてる感じだったけど、一週間も家の自分の部屋からほぼ出ない生活をしていれば、話すこともなくなるし、することもない。

 学校の勉強が心配だと零してみたところ、香織が先生になってくれて、授業の要点をその日の内にしてくれるようになった。何故か妹が同席しているが。

 悔しいけど、香織の教え方はかなり上手いと思う。

 お母さんがお金払うから妹の家庭教師になってくれないかなと言うのがよく理解できた。

 香織に教えてもらうようになってから一週間位経ったと思うが、家の中は自由に歩き回れるようになった。

 それからまた一週間経った休みの日、香織と外に出た。

 けど、これは無謀な挑戦だった。

 私は自分の状態を甘く見ていた。

 遠くの道から歩いてくる男性、すれ違う車の運転席にいる男性、母親と手を繋いで歩いている男の子と多くの人たちがいる日常的な光景。

 だけど、ただの日常的な光景が怖かった。

 すれ違った車の運転席から私を見ている。歩いて近くまで来たらまた襲ってこようとしているのではないか。

 一瞬でそれだけの考えが頭の中を駆け巡ったと思えば、目の前の景色が歪み、日常的な光景があの日あの場所に重なるように見えるようになった。

 恐怖の手が私の心臓を一掴みしたように、体は思うように動かなくなるし、呼吸も苦しくなる。

 あのときの声や音、感触が蘇る。

 逃げないとそう思って、一歩踏み出したところで誰かに抱きしめられた。

「ひっ」

「大丈夫だよ、大丈夫だからね、比紗子」

 声をかけてもらっているけど、頭が上手く働かず、されるがままの状態だった。

 気が付けば、人通りのない路地裏で香織に抱き締められていた。

「落ち着いた?」

「……うん」

 そこで自分があの病院での醜態を繰り返していたことに気が付いた。

 結局、その日は買い物を諦めて、出来るだけ男性とすれ違いにならないように、すれ違いそうなときは、香織に抱き締めてもらうようにして、耳と目を塞ぎ、帰路についた。

 それからは男性恐怖症を克服するために、香織と外に出るようにしたが、これが全くといいほど効果は表れない。

 スポーツ系の根性、精神論に近いやり方だったから、効果がないのも当たり前だったのかもしれない。

 ただ、どうしても治すか、人前に行くことが出来る状態にしないといけない。

 学校に行くためにもそうしなければいけない。

 ……香織と離れるのが嫌だったのもあるかもしれないけど。

 三学期は通常の授業はほぼ出席出来ないでいたが、テストの勉強は香織の教えもあって出来ていたため、成績をキープすることは出来た。

 そして、三月の間に痩せ我慢ではあるが、男性が遠くにいるぐらいなら、前よりは大丈夫になった。

 香織からは、どんどん顔が青くなっていくから、精神的に磨り減り方がやばそうだな、と言われるし、自覚はしている。

「ねぇ、香織……」

「んー?」

「重たいんだけど」

「知ってるー」

 知ってるなら、早くそこから退いて欲しい。

「……私、無理でもやっぱりここにいたい。香織にもいっぱい迷惑かけるし、色々と色々な人に迷惑かけちゃうかもしれないけど……」

 学校から出ていく新入生たちは明るく未来に対して希望を持っているのに、窓から見下ろす私は暗く鬱蒼とした気分しかない。

「いいんじゃない? それぐらい」

 それぐらいって言えるのが香織らしい。私にはちょっと無理だ。

「私、いいのかな……ここにいてもさ」

「比紗子がいたいと思った場所が比紗子の居場所でいいんじゃない? 今ならここにいたいならいていってことでさ」

 真面目な話をしているのに、香織は全く声や話し方の調子を変えようとしない。

「……」

「比紗子って私の話は聞いてくれないよね」

 分かっているのであれば、わざわざ私にそれを言う必要性はないと思う。

「じゃあ、比紗子。こっち向いてよ」

 こっち向いてといいつつも私を窓から引き離して、香織自身で向かせているんだろうか。

「……何?」

 窓の桟に背を預けると身長差のせいで、香織を見上げる形になる。

 そして、なんで香織はそんなしっかりと立っているんだろう。

 それに珍しく真剣な顔をしている。

「比紗子、私がずっと比紗子を支えてあげる。やばくなったら私の後ろに隠れればいいし、私にそう言ってくれていい」

 声も真面目な感じにするのはずるい。

「だから、比紗子の隣にいさせてほしい。そして、私を比紗子にとって特別な存在にしてほしい」

 これから言われるであろう言葉は分かる、分かるけど何でこんなタイミングなんだろう。

 もっとあったと思う。

 思うけど、それがどのタイミングなのか思い浮かばない。

「ねぇ、比紗子」

 待って、香織。

 顔がまともに見れない。

 タイミングに不満をぶつけていたくせに、いざ言われる言葉が思いついてしまうとこうも恥ずかしがってまともに顔も上げられないなんて、情けない限りだ。

「私と付き合って、私の彼女になって」

 返事をしないといけない。

 返事をしないといけないのに、口がうまく動かない。

 あぁ、顔から火が出そうなぐらい熱い。今であるならば、冷水を頭からかけて欲しいぐらいだ。

 さっきから口は開いているのにうまく声が出ないし、端から見たら金魚みたいに口をパクパクしているだけに見えるかもしれない。

「無理に返事しなくてもいいんだよ、比紗子。答えはそうだね」

 比紗子に顎を持ち上げられた。

 あぁ、いつになく真面目な顔をしている香織の顔が見える。

「顔真っ赤」

 思いっきり睨みつけておく。

 ホントにわざわざ言わなくていいことを、香織は言ってくれる。

「そんな潤んだ目で、物欲しそうに見つめてくるなんて嬉しい」

 自分の体なのに、何一つ言うことが聞いてくれないのが恨めしい。

 なんで私の体を心とうまくリンクが取れてないんだろうか。

「そうそう、答えはね」

 香織の顔が間近に迫る。

 いつものように、ゆっくりと目を閉じる。

「キス、受け入れてくれたらOKってことでいいよね」

 ずるい。

 香織はホントにずるい。

 このタイミングでそんなこと言うなんて。

 もう目を閉じてしまっているから、受け入れてるのは分かっているじゃないか。

 それをわざわざ言うのはホントに香織はずるい。

 香織の唇が重なるのを感じる。

 ……香織、あんた気が付いてやっているでしょ。

 香織の舌に私の舌に絡ませながら、心の中でそう思った。

 けど、言ってもらえて嬉しかった。

 ねぇ、香織、こんな私でいいなら彼女にして。

 そして、私の彼女になって。

 私の居場所は、やっぱりあなたの隣。

 あなたの居場所は、私の隣。

 それでいいなら、私は大好きなあんたといたい。

 香織から絡ませていた舌を離していく。

「ずっとここにいるよ。私は私自身、比紗子にしたことを許せるようになるまでずっとここにいるからね」

 知ってる。

 だから何も言わず、首を縦に振って、そのまま香織に抱き着いた。

「外から見えちゃうかもよ」

「……いつもあんた言ってるじゃない」

 そう、いつも香織が言っているのは私のセリフなんだ。

「見せてるん……じゃない……」

 今は窓から見えていても構わない。

「比紗子って意外と大胆だよね。首まで真っ赤だけど」

 言わないで欲しい。

 こっちが強がってるのに。

「うるさい……いいの。今日だけ……だって、外以外に人いないし」

 そう、今日はもうほぼ人がいない。

 だから、いいんだ。

「見せつけてるの」

 香織に微笑みかける。

 きっと私は真っ赤な顔していると思うけどね。

「私の自慢の彼女をね」

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