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17/22

冬、壊れた器

 見慣れない天井という言い回しがあるけど、さすがに三日も見続けていれば見慣れるものだ。

 私が気を失ってからの事の顛末は睦心さんから聞くことになった。

 博之さんが現場に突入してきて、その後すぐに警察が登場。

 社務所内にいた人たちは逃げる時間もなく捕まったそうで、昨日の時点では事情聴取は終わってないという話だったけど、今日には終わっているかもしれない。

 彼らの様子は別段知らなくても良かったが、一応と言うことで睦心さんが教えてくれた。

 そして、私の外傷は蹴られたときの頭部への打撲と、押さえつけられたときの脱臼で、頭部への打撲が割と良くなかったらしく一週間の入院。

 香織は腹部と顔の打撲で別の病室で今日退院らしい。

 私と香織は別々の個室に入ったわけだけど、個室になったのは香織の両親の働きによるものらしいということをお母さんが教えてくれた。

 香織の母親に初めて対面を果たしたが、何度も頭を下げた。自分の今の状態を考えても相部屋ではおかしくなってしまいそうだったから、感謝してもしたりないぐらいだ。

 体の怪我は大したことなかったが、私の心に結構深く傷つけていた。

 まず、男性がダメになった。

 病院で目を覚まして、お父さんの顔を見た瞬間あの男子生徒たちの下卑た笑い顔がフラッシュバックしてきて、体を触られたあの嫌な感触が蘇ってきた。

 目の前にいるのはお父さんであいつらじゃないと分かっているのに、どうしようもない恐怖で心が締め付けられる感じがして、体の震えが止まらなくなった。

 幻覚だと思うが、段々とお父さんにあいつらの姿が重なってきた。

 それからは頭もパニックを起こしてしまい、気が付いたら部屋の隅に座り込んでいて、お母さんに抱きしめられて泣いていた。

 お母さんから私がどうなったのか聞いたが、聞いたときは愕然とした。

 お父さんの姿を見ると、私は目を見開いて、体はどんどん震えていき、泣きながら、「来ないで! 嫌ー!!やめて、私に触らないで!」とか叫びまくった後、ベッドの上を這うようにして逃げ回った。けど、狭いベッドの上、転げ落ちてそのまま部屋の隅まで移動して自分の体を抱いて震えて座り込んでしまったいた、らしい。

 それを聞いた後、お医者さんの診断が来たときや、警察が事情聴取に来たときなんかは大変だった。

 パニックになる前のあの幻覚めいた感覚に、動悸が速くなるのを感じて、話すことすら出来なかった。

 どちらも男性であったから、警察も女性の人を連れてきてもらったり、対応を変えてもらうことにした。様々な人に迷惑ばかりかけてしまっている。

 あと、男性の問題よりは多少劣ることであるけど、扉が強く閉まる音がすると恐怖を感じるようになってしまった。

 大きい音がしたら、ビクッと驚くぐらいは誰でもよくあることだろうけど、それ以上だ。

 まず、扉を閉めているところを見ていようが見ていまいが関係なく、扉を閉める大きな音がしたら、「ひっ!」とか情けない短い悲鳴を上げてしまう。

 それに心臓を誰かに捕まれているような苦しさも感じるし、精神的にも恐怖で染め上げられるような感じがして、冷静とは言えない状態だと思う。

 元々精神的に弱いところはあったけど、男性恐怖症や音に関しての恐怖症で一般生活すら大変になるレベルにまで弱くなってしまった。

 お父さんを見てパニックになった夜、一人ベッドで直接謝ることの出来ない自分を呪い、心配かけてしまったお父さんに申し訳なく思い、情けないほど弱くなってしまったという現実を受け入れることしか出来ず、涙した。

 歩くことに問題はなかったから、病室から自由に出歩くことが出来たのだけれど、人の多い昼間の内は病室から出るのは最低限にしていた。

 どうしても病室から出なくてはいけない時は、人が少ない時間帯や、人が近くにいないタイミングを見計らって、目隠しをして連れて行ってもらった。視覚から来る恐怖心が一番大きいと思っていたから、迷惑かもしれないけど、私の中では一番効果があるのではないかと思っている。

 あんな醜態を晒したくない、というのもあるが、あの蘇ってくる恐怖に心が負けていたのが大きかったのもある。

 あの恐怖を味わうぐらいなら、病室のベッドで横になって何もするわけでもなく時間が過ぎるのを待つ方が良い。

 そんな風に自分と現実から目を逸らしていたら、睦心さんが病室に入ってきて教えてくれたのだ。

 なぜ睦心さんが来てくれて、香織は会いに来てくれないのか。

 私よりもひどい怪我を負っているのかと思ったが、そういう訳でもないらしい。

 だったら、私が香織の病室に行けばいいかと思ったが、情けないけど病室から外に出る勇気が出ない。

 睦心さんが帰ってから、何度も外に出ようと挑戦はした。

 扉に手をかけて開けようとするけど、動悸は速くなり、手は震えだし、最後には座り込んでしまい、結局一人では扉を開けることすら叶わない。

 だから、今日は香織が来てくれると思いながら過ごしていたが、午前中に香織が扉を開けて現れることはなかった。

 外の景色はさっきまでは暗く重い雲が重なる曇り空だった。しかし、ちょっとずつ雨が降ってきたみたいで、雨粒が窓に付き始めた。

 このまま香織は来てくれないのかな。

 行きたいのに、行けない自分が嫌になる。

 溜息をついて窓を眺めていると、本格的に雨が降り始めてきて窓がどんどんと濡れていく。

 これなら先日降った雪も溶けてなくなってしまうだろう。

 雪の道とか二人で歩いたりしてみたかったな等と思うのは、もう完全にあれなんだね。

 そう、私は香織のことが好きなんだな。

 ホントは分かっていたのに、誤魔化して、蓋をして、気が付かないふりをして、目をそらしていた。

 もっと早く素直になっていたら良かった。

 そうしたら、こんな気分味合わなくて良かったと思う。

 会いたいな。

 会ったらまずは、ありがとうって言いたい。

 助けに来てくれて、ありがとう、って。

 そして、素直に気持ちを伝えよう。

 そんなことを思っていると、静かに扉を開ける音が聞こえた。

 気が付かない振りをしていたら、声をかけられた。

「比紗子」

 一番聞きたかった声で、私の名を呼んでくれた。

 振り向き、ベッドから身を起こせば香織が病室の入り口に立っていた。

 そして、また静かに病室の扉を閉めてくれた。

 両頬にはまだ湿布が貼られているあたり、完治ではないみたいだけど、顔が見れただけでも安心した。

 こうして改めて見ると、香織に酷い怪我を負わせてしまったと気持ちがどうしてもネガティブな方に伸びてしまい、自然と暗くなり下を向いてしまいそうになる。

「比紗子」

 もう一度、香織が呼びかけてくる。

「うん」

 話したいことはたくさんある。

 聞きたいことはたくさんある。

 いつまでも何も言ってこない香織に違和感を覚えながらも、これではただ時間が過ぎ去るだけではないか、もしかしたら香織が帰ってしまうんじゃないかと考えて勝手に気持ちが焦る。

「……そんなところに立ってないで入ってきたら?」

 入り口からこちら側に香織は来ようとしない。

 いつもなら、、近くに来てくれるはずなのに。

「あー……うん、いや、ここでいいよ」

 煮え切らない返事で、香織にはとても似合わない。

「……」

「……」

 会話が途切れる。

 いつもの香織じゃないから、私までペースを崩された。

 普段の香織となら、こんな変な間はなく、よく分からないことをずっと話してるはずなのに。

「あ、のさ」

「あのさ」

「先いいよ」

「ありがとう、比紗子」

 香織がゆっくり深呼吸した。

 そして、香織は顔を伏してしまって、そのまま話し始める。

「あのさ、今回のこと私知ってたんだ」

 何を言ってるのか、何のことか理解するのに数秒間必要だった。

「比紗子が危険な目に合いそうなのを知っていたんだ。知った上で、私はあいつらを泳がせていた。こういう結果になるかもしれないのはどこかで考えていたけど、それでも泳がせていたんだ」

 香織が俯いてしまっていて、表情が読めない。

 何で香織がそんな苦しそうな声をしているの。

「ごめんね、比紗子。怖い思いや、心に傷つけちゃって」

 あぁ、私はこんなこと香織に言われたくない。

 香織の口からこんなことを聞かされるために待っていたわけじゃないんだ。

 口を開きかけたときには香織は病室の扉の方に体を向けているところだった。

「比紗子、ホントにごめんね。謝って許してもらえるとは思ってない。だから、私に出来る精一杯の償いをこれから勝手にしていくね」

 そんなこと言わないで。

 私は香織とこんな話したくない。

 何でこんな時だけネガティブなんだ。

 いつもはあんなにもヘラヘラしていて、私のことなんてあっさり見通しているのに、どうしてこういう大事なときだけそうしない。

 扉から出しちゃいけない。

 そこを開けて外に行かれてしまったら、私は追いかけられない。

「さよなら、比紗子」

 扉に香織の手がかかる。

 私はベッドから跳ね起きて、転び落ちる勢いで地面に降りる。

 一歩二歩、よろめきかけるが、体制をすぐに立て直し、香織の元に駆ける。

 扉が開きかけた。

 だけど、扉が開くよりも前に私が香織の腕にしがみついた。

「比紗子」

 身長差があるから、私は香織を見上げることになり、香織が俯き隠していた表情を見る形となった。

「……バカ」

 歯を食いしばり、泣くのを我慢している顔を見たら、それだけで少しばかり怒る気が失せてしまった。

 扉にかけていた手を外して、ベッドの方に連れて行く。

「香織のバカ。あんたが私に何か秘密にしてることぐらい分かるわよ」

「ごめんね」

 あぁ、もうそうじゃないの。

 そんなこと言って欲しくない。

 私はいつものようにヘラヘラした笑いを浮かべた香織に「気が付かれちゃってた?」とかイタズラしてた子供が見つかった感じで言って欲しいんだ。

 だって、それこそが私の知っている香織なんだ。

 消えかけていた怒りの炎が再び燃え上がるのを内に感じる。

「謝らないで」

「……そうだよね」

 自嘲するように香織が鼻で笑う。

 絶対に違う意味で私の言葉を受け取っている。

 だから、私は怒りに身を任せて香織を突き飛ばした。

 香織はふらふらと二、三歩よろめいて踏みとどまったが、私が詰め寄るとベッドの縁に足が当たり、そのまま座り込んだ。

「比紗子……?」

 今度は香織が私を見上げる番になった。

 香織の目に私はどんな顔が映っているのだろうか。

 ちゃんと怒った顔が映っていればそれでいい。

「勝手に決めないで」

 小さく呟いて、香織の胸元を掴んだ。

「私がどんな気持ちか勝手に決めないで」

 怯えたような目をした香織は珍しい。

 普段なら写真でも撮って、後でしばらくは香織への逆襲の手段にしようとか考えてたかもしれないけど、今はそんなこと思わなかった。

 今はそんな情けなく泣きそうな顔を晒してるのが許せない。

 いつもの変に自信満々な顔じゃないのが許せない。

 私の怒りの炎を燃やす燃料だ。

「香織が謝ることじゃないでしょ。助けてくれた香織を私が恨むとか思ったの?」

 私はそんな人間だと見られていたのかなとふと考えてしまった。

 バカな考えだと否定するように私は声を張る。

「違うでしょ! 私はそんなこと思ったことない!」

 伝わって欲しい。

 いや、そんな希望的観測には頼らない。

 伝えるんだ。

 私の声で、香織に響くように伝えるんだ。

 今の私はしっかり声が出る。

 あの日声も出せず、震えていた時とは違うから。

「けど、私のせいで……男が怖くなったりしたんでしょ?」

「そうだよ。まともにお父さんの顔も見えないし、怖くてこの病室からも出れないよ」

 香織は多分、睦心さんとかから聞いてるかもしれないから伏せておく必要もないだろう。

「だから……」

「だから、もう少し早く何か出来たらこうはならなかったとか私はどっちでもいいの!」

 可能性の話じゃないんだ。

「私がしたかったのは、ずっとあんたにありがとうって言いたかった。ありがとう、助けに来てくれてって言いたかった」

 私は今回のことで一欠片も香織を恨んだことない。

「けど」

「何でいつもは何でも分かったような態度取って、私の考えてることなんて何でも分かってますよってしてるのに、こういう時は分かってくれないの!」

「……」

「誰かがそう言ってたわけ?その誰かが言ってたことは信じて、私が言うことは信じないわけ?」

 もし、そんなことを吹聴してる人がいるなら、今すぐに止めに行ってやるつもりだ。

 香織の体を勢い余って揺らしてしまうと、涙が目の端から溢れるように零れ落ちた。

「そんなこと……ない」

「それに謝らなきゃいけないのは私だし」

「何で? 比紗子が謝ることなんて何もないのに」

 私は横に首を振った。

 あの日のことを思い出すと悔しさしかこみ上げてこない。

 それでも香織の顔を見て、しっかりと言わなきゃいけない。

「殴られてる香織を助けられなくてごめんね。私は怖がって、声も出せずに震えてるだけだったから……」

「止めに入れる人なんてそういないよ」

 暗い顔だった香織の顔に少しだけいつも調子が戻った気がした。

 胸元を掴んだまま香織の方に倒れ込めば、自然と香織が抱きしめてくれた。

「怖かった」

「うん」

「あいつらが怖くて、怖くて……気持ち悪かった」

「うん」

「あいつらの触ってきた感触が消えない。幻だって分かってるのに消えない……」

「うん」

「だから、ね」

 分かってよ、香織。

 いつものあんたならもう分かってるだろうし、私が言わなくてもそうしていたじゃない。

「比紗子、ここ病院だよ?」

 苦笑いして私にそういう香織なんて、学校の保健室でしてきたわけなんだけど、忘れてしまったのだろうか。

「保健室で私にしてきておいて、今さら恥ずかしいの?」

「あれは未遂じゃん」

 それはそうだが、やったという事実には変わりない。

「ホントに酷い顔」

 涙と鼻水で綺麗な顔はぐしゃぐしゃだし、私のせいで顔まで傷ついてしまっている。

 服の上から香織の体をゆっくりとお腹から触っていくとお腹の少し上から硬い物が触れた。明らかに皮膚とは違う人工的な感じのするものだ。

「あぁ、それね。殴られすぎてさ、肋骨にヒビが入ったみたい。大笑いするとちょっと痛いぐらいなのに大げさだよね。ギプスも巻かれちゃったし」

 香織は香織で、結構大怪我じゃないか。

「香織……ホントにありがと、あとやっぱりごめんね」

「ううん、いいよ」

 優しい手付きで香織が私の頭を撫でてくれる。

「香織さ、償いをするとか言ってたよね?」

「あ、うん」

 私の髪を撫でていた手が止まった。

「その……さ、私が決めてもいい?」

 香織がいつもの調子でケラケラと笑う。

「いいよ、比紗子」

 こんなことを言うのは凄く恥ずかしい。

 今の自分は香織に言われなくても、自覚できるほどに顔を赤くしていることだと思う。


 ――けど、私はこの時の言葉をこれから先、後悔することはない。


 深呼吸を何回かして息を整えて、舌先で唇を濡らす。噛んでしまっては恥ずかしいし、また上手く言えるように頭の中で何回か言葉を確認して、ゆっくりと反芻した。

 香織が待ってくれてるのはありがたい。

 いや、香織はいつもというわけではないけど、私のことを待ってくれてる。

 だから、言おう。

 そう、決意を固めて、口を開いた。

「香織が償い終わったと思える日までい……一緒にいて……ほ、欲しい」

 香織の顔を見て言えないのも、頭の中で整理していたにも関わらず、言葉は詰まるし、恥ずかしさで上擦いた声になってしまったのも、私の恥ずかしさに勝てなかった心の問題だ。

 私が言ってから、しばらく時が止まったように、病室の中は沈黙に包まれた。

 いや、香織の手の動きも止まっているから、香織の時が止まっているなのかもしれない。

 顔を上げれば、香織がどんな顔で止まっているのか確認できるのだけれど、悲しいかな、恥ずかしくてとても顔を上げることも出来ないのが私だ。

 だから、香織のフリーズが解けるまで待つことにした。

 それほど時間は経ってないはずだけど、体感としては十分以上は経っているように感じる。

 そして、香織が口を開いた。

「そんなことでいいの?」

 えっと思わず呟いて、跳ね上がる勢いで顔を上げる。

 意味を分かって言っているのだろうか。

 いや、きっと理解していないで言っているに違いない。

「そんなことって……今の私は間違いなく面倒くさいよ。香織、分かって言ってるの?」

 香織が表情を変えずに頷く。

「ホントかな……だって、ろくに外も歩けないんだよ? 男の人の顔はもちろん、声だって近くで聞いてると……どんどん頭の中とかパニックみたいになっちゃうんだよ?」

 それでもまだ香織は頷く。

「はっきり言ってお荷物な存在だよ。ううん、荷物っていうか枷だよ。枷でしかないんだよ?」

 香織が微笑みを浮かべて、それに答えた。

「だけど、半永久的に比紗子といられる」

「……話聞いてた?」

「もちろん」

 ホントに聞いてたのか怪しい。

 香織の中で都合のいい解釈になっている可能性もある。

「比紗子は彼氏とか作って、将来的には結婚とか考えてるの?」

 彼氏、という言葉を聞いて、心が重くなるのを感じた。

 今のままではもちろん作ることを考えれるわけではないし、男の人を信用することも出来ない。

 あんなことがまた繰り替えされるかもとネガティブな方にばかり考えは傾いてしまうし、想像の中でも男性が隣にいるのを考えるだけで、ナイフを首筋に当てられてるかのように、背筋に悪寒が走る。

「そんな先のこと考えられるわけないし……今は、いい……」

「じゃあ、彼女は?」

「は?」

 ホントに香織は何を言ってるんだ?

 顔を殴られすぎた衝撃で頭もおかしくなってしまったんじゃないのか。

 彼女って私が女性と付き合うってことかな。

 いや、変だ。

 まず、どうしてその考えが出てきたのか分からないし、そもそも女性同士が付き合うこと自体変じゃないか。

 世の中にはそういう人たちもいるらしいことは知っているつもりだけど、それは別世界みたいなもので私がそこを覗くことはないと思っていた。

 けど、私の好きは一体どっちなのだろうか。

 友達としての好きという感情なのか、愛情として香織のことを思っているのだろうか。

 どっちなんだろう。

 悩むところで答えが出ない。

 いや、そんなことはないかも。

 むしろ、悩むこと自体がナンセンスな話だ。

 これは多分、私が自分の心に素直に向き合えば答えが出ることだと思う。

 以前、香織が顔は正直なのに、心が否定しているみたいなことを言っていた気がするけど、まさしくそんな状態だと思う。

 だから、だからこそ、こう言っておかないといけない。

「少しだけ……時間頂戴。あと、答え出せたら、もっとちゃんと言って」

「うん!」

 告白されるなら、されるでちゃんとしてほしい。

 相手が、男性でないのは残念かもしれないけど、それでもやはり告白されるシチュエーションは憧れに近いし、漫画とかみたいにドキドキしてみたいというのはあるんだ。

 その時、香織のポケットが震えた。

「睦心さん?」

「そうかもね」

 まったく気にしてないのにはちょっとだけ呆れる。

「出なくてもいいの?」

「待たせておいてもいいの。それに今日の仕事は私の運転手なんだからね」

 なんだかちょっと睦心さんに同情を覚える。

 あの人も、香織に振り回されているのだから。

「それに、今は比紗子を感じていたいしね」

「……バカ」

 ホントに彼女はどうしてと思いながら、嬉しがっている自分がいる。

 私が顔を上げると、自然な動きで香織が唇を重ねてきた。

 ゆっくりと舌を絡ませて、相手の存在を確認する。

 あぁ、私は香織とこうしていたかった。

 あんな奴らに触られはしたけど、それだけで済んでよかった。

 薄く目を開けると、香織と目が合う。

 目が合うと、香織は微笑んできたけど、私は勢いよく目を閉じてしまった。

 だって、だって、香織がすごい幸せそうだったんだよ。

 いつもは綺麗だとか、黙ってれば美人とかのイメージだったけど、あんなにも顔を赤くして、とろけたような表情からの笑顔。

 可愛いと思った。

 もっとその表情を私にしてほしい。

 もっとかわいい顔の香織を見てみたい。

 この気持ちは香織の好きと同じなのかな。

 あぁ、私の気持ちは…………もう昔から決まっていたんだ。

 ずっとこうしていたいな。

 私の心は、暗く闇に閉ざされて、時折雨が降ってきて、一人では耐え難い寒さに包まれる。

 そんな私の隣には、いつもあなたがいてくれたね。

 あなたの隣は、私の居場所で、私の隣はあなたの居場所。

 ずっと私は、そうしていたい。

 この願いが叶えばいいな。

 そう願いながら、香織に伝わるように、より一層絡め合った。

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