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秋、もう一つの表情

 10月初めの土曜日。

 私は一人リビングにて、一人の女子生徒のことを考えている。

 同じクラスで、ちゃんと名前をフルで覚えている唯一の女子生徒。

 そう、村上比紗子のことだ。

 初対面の印象は、ちょっと眠かったから曖昧だけど、目付きが悪いなと思った。

 けど、それからこっそりと眺めていたけど、どうやらそういう顔なんだということが分かった。

 彼女の姿を目で追いかけている内に徐々に気が付く。

 私の姿を彼女も見てきていた。

 一応隠れて見ているつもり……だと思う。

 思うけど、私からしたら、丸見えだ。

 横目で見ているつもりなんだろうが、視線がガッツリこっちに来ている。

 見ているつもりと言ったのも、顔がこっちに向いているからだ。

 非常に寝にくい。

 嫌でも視線が気になる。

 ここまで見てくるなら、何かあると思うのが普通だ。だから、きっと私に何かあると思い、今までより熱心に彼女を見ることにした。

 彼女を熱心に観察していると他の人を見る視線と、私を見るときの視線が違うような気がした。

 私を見るときだけ、若干熱があるような感じがする。

 恋する乙女みたいな。

 恋?

 私に恋?

 女の子同士なんだけどいいんだろうか。

 そう考えると彼女が私を見つめる顔が変化する。

 横目だけど、少し頬を赤らめる。

 口を少し尖らせて、こんな見ているのに気が付いてよ語るような表情。

 そう見えてからは、女子同士だけど何ていう考え方は吹き飛んだ。

 そして、あの日の告白があり、今日までの私達の関係がある。

 そんな彼女の事を考えるときに何が浮かぶのかと考えたがこれしかなかった。

 比紗子はとても可愛い。

 その可愛さが一番に思いつく。

 これは比紗子に対して、裏表もない素直な気持ちだ。

 なんて本人を目の前にして言えば、顔を真っ赤にして、睨むにしてはとても可愛らしい表情で私の顔を見つめてくる。

 そう、身長差があるせいなのと、比紗子は無意識だろうが上目遣いのような感じで見てくるんだ。

 真っ赤な顔に上目遣い。

 なんて最強な組み合わせなんだ。

 当の本人は顔を真っ赤にしていることも知らないし、今までの言動や、振る舞いからして、そんなことしてないと思っているようだ。

 それに私に対してはそんなことは絶対にならないと思っている節がある。

 気がついていないのは比紗子だけ。

 自分の事が、もしかしたら、一番分からないのかもしれないけど。

 私に対して顔を赤らめているだけじゃなくて、他にも本人が気がついていないことはある。

 比紗子は結構臆病だし、様々なものに怖がりで、精神的にも硬そうに見える殻のメッキのすぐ下には脆くガラス細工のような繊細さが隠されている。

 私から見た分析なので、間違っているかもしれないけど、大枠は合っていると思う。

 彼女は自分の弱さに気がついているのかもしれない。

 そのことに気がついていて、それを隠すようにして、簡単に下を向きそうな顔を必死な強がりで前を向かせて、歩いているように見える。

 そんな比紗子の背中を追いかけたり、たまに抜いて追いかけさせたり、横に並んで一緒に歩いたりする。

 そうすると、それぞれで違った顔を見せてくれて、ホントに面白い。

 親には違った高校を勧められたが、それを無視して、この徒歩圏内で行ける高校に進学して良かったとこの前台風の日に撮った比紗子の寝顔の動画を見ながら、しみじみ思う。

 この動画も消されなくてホントに良かった。

 私がこうして繰り返し見ているのを比紗子に言ったら、携帯や保存している端末が破壊されかねないからとてもじゃないが言えないけど。

 「お嬢様、そのような動画を繰り返し見ているのはどうかと……」

 気持ちよくスクリーンで動画を見ていたら、母の秘書をやっている片岡睦心がリビングに入ってきながら、言ってきた。

 ショートカットに切り揃えられた髪には、一重瞼の細い目、だけど整った顔立ちの彼女は滅多に感情を表に出さない。

 私が知っている限り、彼女が表情を表に出すのは、彼氏と会っている時ぐらいだろう。

 そんな無表情がデフォルトな彼女が怪訝そうな表情を浮かべているが、無視する。

 最近は私がこの動画を見ているときはよくいい表情ではないが、表に感情を出すようになった気がする。

「じゃあ、睦心が彼氏とデートしてるときのラブな感じの動画ならいいでしょ?」

「いいわけありません。消しますよ?データもろとも」

 貼り付けた営業スマイルがよく似合っている。

 笑顔で殺すということが彼女なら可能だろうという鬼気迫るものを感じることが出来る。

「隠してあるところも知らないのに?」

「お嬢さんが隠しそうな場所ぐらいなら、予想出来ます」

 しばしの間、笑顔のにらみ合い。

 彼女が主にこの家の掃除をしてくれているから、予想出来るかもしれない。

 ふとそんなことを考えていたら、睦心の肩の力が抜けた。

「時間がないので、今日はこれで失礼します」

 一礼して、睦心はリビングを出ていった。

 ある意味、これも私にとっては日常的な光景だ。

 両親が長期で帰れない時なんかはこうして代わりに秘書の人たちが私の様子を見に、家まで来る。

 簡単な掃除もしてくれるし、散らかりやすい私の部屋の掃除も時間がある時にはやってくれたりもする。

 聞くところによれば、ホントは毎日帰ってきたいらしいし、私の顔を毎日見たいらしいが仕事の関係上そうは言ってられない。

 子供の私から見ても、両親はどう見ても親バカだし、過保護な面もある。

 わがままを言えばたいてい事は叶えてくれるし、過保護に甘えて手に入れることが出来る。

 しかし、それは私の力で手に入れたものではなく、親の力で手に入ったものだと考える。

 いや、今になって、ようやく考えられるようになった。

 その力に頼って生きたいとは思わない。

 きっとその生き方は楽だと思うし、何も考えないでいい甘い日々だと思うが、今の私にとっては不要だ。

 親の力が必要なのは、子供の私ではどうしようも出来ないことにぶつかった時だけにしたい。

 それに比紗子をそんな風に誰かの力で手に入れたとしても何も面白みもないことだ。

 そう言えば、比紗子のことを考えていて思い出したが、先月の中頃に比紗子の家に遊びに行くことが出来た。

 その時のことを少しだけ話そう。

 彼女の家は古い二階建ての一戸建て。

 一階には、リビングや仏間、お風呂等の生活スペース。

 二階には、各人の部屋という風になっている。

 家に行った時の比紗子の言い分では、「勝手に約束された上に、押しかけてきた」らしい。

 言い訳にしか聞こえないが、目を逸らして、頬を赤く染めているので、嬉しがってるようにしか見えないが、本人的には嫌がってる感じを出そうとしている。

 嫌がっている感じを出そうとしているが全く見えないところがまた可愛くて抱きしめたくなる。

 比紗子の部屋で二人で話してたり、イチャイチャとしようと何度もイタズラをしようとしたりしてると、比紗子の妹がやってきた。

 比紗子の妹は、比紗子に似ていて表情がコロコロ代わるが、比紗子よりも幾分も素直な性格で、人懐っこい。

 ただ、比紗子と違って目つきが悪いわけではない。

 大きな瞳に二重瞼。

 彼女の明るい性格も合わさって、可愛さをより際立てている。

 それに並ぶと比紗子より身長が高く、顔立ちも妹の方が大人びているため、どちらが妹なのか分からない。そんなことを面と向かって言ったら、比紗子が怒ると思うが。

 勉強は私に劣るが、クラス内では、それなりに文武両道出てきている比紗子に比べて、妹の方は武の方に重きを置いているようで、勉強の方の成績は芳しくないらしい。

 そのため、比紗子が勉強の面倒を見ている。

 今も勉強を教えて欲しく来たのだが、比紗子が「後で教えるから」って言ったので、私が代わりに教えてあげると言った。

「亜由美って言います。よろしく、先輩」

 ニコッと歯を見せて、比紗子が出来ないような笑みを亜由美がした。

 そう言えば、年齢が違うからそういう関係にもなるんだ。

 それからは私と亜由美が隣同士になり、テーブルを挟んで比紗子が席についた。

 しかし、この時の比紗子が良かったと言うのは変だけど、まさかそんなことするなんてと言う驚きを得た。

 自分の妹に明らかな嫉妬の視線を送っていた。

 意識してはやっていないのだろう。

 比紗子自身そんなことは少しも思ってなかったのかもしれない。

 いつ気がつくのか、それとも気が付かないで終わるのか。

 言ってしまおうか、言わないまま比紗子が気がつくのを待つのか非常に迷うが、この迷いが比紗子との日々に他にはない楽しみをもたらしてくれる。

 この時、結局私は言わないことにした。

 言ったとしても比紗子は認めないだろうから。

 亜由美の勉強を見てくれたお礼ってことで夕食を御馳走にと誘われたが、一応一度は断りはした。けど、再度誘われてしまったので、これ以上断るのも失礼かと思い、そのままお誘いに呼ばれることにした。

 その後には御暇しようとしたんだけど、意外と妹の方に気に入られてしまって、帰る口実を作るのもめんどくさくなってしまった。

 比紗子が私を帰らせようと色々と妹に言っていたり画策していたのだが、無駄に終わってしまっていて、一人肩を落としていた。

 比紗子が帰らせようとしていたことは、最初から気がついていたのだけど、比紗子には乗らずに亜由美の方に乗って、帰ろうとしなかったわけだけど。

 悔しそうにしてるのに、ちょっと嬉しそうにしてるのだから、ほんとに可愛らしい。

 そして、比紗子の部屋で寝たわけだけど、自室だから安心したのかぐっすりと寝ていた。

 私の前で無防備に寝てしまうなんて、油断もいいところ。

 目の前まで接近しても気が付かない。

 比紗子の寝息が顔に届く。

 良いのかな。

 良いんだよね、これなら。

 唾を飲むと思いの外、大きく音が響いたような気がした。

 気のせい、気のせい。

 自分に言い聞かせる。

 ゆっくり、ゆっくりと口を近づける。

 そして、このまま――

 もう紙一枚ぐらいの距離まで近づいたところでやめた。

 やっぱり、口同士のキスは比紗子から、比紗子が自分の気持ちに気がついて彼女の方からしてもいいという言葉が聞けるまで預けておこう。

 我慢した月日が長いほど、した時の快感は格別なものになるかもしれないしね。

 早く気がついてくれたら、良いんだけど。

 私は軽く比紗子の髪を撫でた。

 私のことばかり見てくれているのは嬉しいんだけど、たまには自分のことや自分の気持ちをしっかりと見て欲しい。

 高校生活は3年間あるわけだけど、その間に私はどこか遠くにいくわけじゃない。

 だから、今そんなに私の姿を追いかけなくてもいいんだけど。

 矛盾する気持ちは私にもあるんだ。

 比紗子はそのことに気がついてくれるかな。

 結局次の日の午前中には比紗子の家をお暇して私は帰ることにした。

 家の外まで比紗子が見送りに来てくれたのだが、その時チラッと振り返るとやはりというのか、名残惜しそうな顔をしていたのが印象に残ってる。

 また比紗子の家に泊まるか、私の家に泊まっていってほしいな。

 何回もこのムービー見てるけど、やっぱりリアルで見るのが一番いい。

 寝息に体温。

 そして、感触。

 記憶の中には鮮明残っていて、何回も掘り起こしている。

 だけど、思い出すだけでやはり触りたくてしょうがなくなる。

 比紗子に呼ばれるか──いや、私が呼ぶ算段を立てよう。

 誰かがチャンスを与えてくれるのを待つのは性に合わない。

 チャンスが無いなら、自分で作りに行く方が私には合っている。

 ねぇ、比紗子、私は待ってばかりはいられないからね。

 今まで通り、受け身の比紗子にはガンガン行くよ。

 覚悟はしてないと思うけど、まだまだ冬になるには早い。

 秋はまだまだ日がある。

 寒くなる前に少しでも気がついて欲しい。

 自分の気持ちに。


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