プロローグ 二年生
春の暖かな太陽の光が窓から差し込む体育館。
新入生達の顔には大なり小なり緊張が浮かんでいる。
そんな顔を見ながら、私も去年はあんな顔をしていたのかなと少し懐かしく感じた。
新入生たちを見ていたがゆらゆらと視界の隅で揺れる黒い影が酷く邪魔に感じる。
「新入生の前だから、フラフラするな」
小さな声で隣に立つ人物を注意した。
「へいへい、分かってますよ」
何とも気が抜ける返事なのか。
あと、分かってないから私は注意をわざわざしたんだ。
「ホントにあんたはクソ真面目だね。そんな怖い顔してたら、あの可愛らしい新入生ちゃんたちにあの先輩怖いとか思われちゃうよ」
言い返したい気持ちをぐっと堪える。
今は入学式なんだ。
落ち着いて、ゆっくりと深呼吸する。
「入っくるときには分からなかったけど、こうして迎える立場になると、どうしてこう退屈な感じになるんだろうね」
入ってくる時も、あんただったら退屈していたんじゃないかという言葉は飲み込んでおくが、手伝って欲しいと頼んだら、気前よく手伝ってあげるよと言ってくれたのが隣で眠たそうにふらふらしている人物と同一人物なのか確かめたくなった。
過去の自分に、こいつに手伝いを頼むなと忠告したいが、後悔は残念ながら先には立たない。
そして、始業式が始まる前の言葉を思い出す。
「クラスも一緒、席も隣同士。一年またよろしくね」
彼女に関わってしまったのが私の運のツキなのか。
彼女のことになると、こうして後悔ばかりが積もる。
「はぁ……」
思わずため息をついた。
目を伏せてから、顔を上げようとすると、目の前を男子学生が通った。
自然に体が反応してしまう。
「大丈夫」
隣の彼女が手を握ってきた。
「別に……もう平気だし」
そう、もう平気だ。
終わったことだからと俯いて自分に言い聞かせる。
出来るだけ早く、いつもの表情に、いつもの顔色に戻さないと隣の彼女に後で何を言われるか分かったものじゃない。
もう大丈夫、私は大丈夫。
恐怖で硬直していた体をゆっくり弛緩させるように、息を整えて顔を上げる。
「それじゃあ、これが終わったら……」
不意打ちのように体を私の方にぐっと寄せてきた。
「また、今日も私の家に泊まっていかない?」
横で囁かれて、先日のことを思い出す。
思い出したせいで、顔が赤くなったと思う。
それに気が付かれたくないのもあるが、この場でそんな顔を晒したくなく再び俯いて赤くなった顔を隠した。
それを見ていたかのように、彼女の指が私の脇腹を二回ノックした。
私がそれに気づけば、手を弛緩させて、人差し指だけ鉤爪上に曲げている。
その指に私も人に気づかれないようにそっと絡ませることで返事にしておく。
後悔ばかりと言った、先の言葉を撤回しよう。
私はあの一年間彼女に救われていた。
あの頃の私は気がついていないことが多かったな、と緊張で顔が怖くなっている新入生に自分の姿を重ねる。
そう、私もあんな顔をしていたんだな、と。