第4話
赤ん坊の一年というのは長いようでいて短い。
よく、年を取れば時間の流れを早く感じると言うが、1日の大半を寝て過ごしている赤ん坊の時間も、流れるのが早いようだ。
務が赤ん坊だった頃のことなど覚えてはいないベルーゼだが、今の生活とそんなに変わってはいないはずなので、今彼が感じているのと同じような時の流れ方だったのではないだろうかと考えている。
時の流れを感じ取るほどの知能が、当時の自分にあったとも思えないけれど、感じ取ることが出来ていれば同じことを思っていたはずだ。
知能がほとんどなかった前世の赤ん坊時代とは違い、今はしようと思えば色々なことが出来る。そのため、本来ならばもう少し有意義に過ごせるはずなのだが、四六時中監視が付いている現状では、出来ることが本当の赤ん坊とほぼ変わらない。
言葉を覚えたり、周囲の会話を聞いて勉強をしたりする必要はあるが、そればかりしていては頭が疲れて効率が悪くなってしまう。
なので、疲労回復と時間潰しのために寝ている時間が多くなってしまっていた。
だが、これからは違う。ベルーゼはとうとう、ハイハイが出来るようになったのだ。
ダスターの目の届く範囲にいなければならないという制限は変わらないが、これで、気分転換に散歩をしたり、ペルとの遊びの幅を広げたりといった時間の使い方が出来る。
生まれ変わってから三年間。少しでも行動範囲を広げようと続けていた努力がようやく実ったので、ベルーゼの感慨は深い。
3歳にもなってハイハイって遅くないか?そう疑問を持つ人もいるかもしれない。
しかし、これにはどうしようもない事情があるのだ。
ベルーゼはこれでも努力家で、自力で移動出来るようになろうと早い段階から取り組んでいた。
けれど、世の中にはどんなに努力しても出来ることと出来ないことが有る。彼はそれを、生まれ変わってから学んだ。
それを学ぶ要因ともなった、彼のどうしようもない事情というのは、体の成長速度のことだ。
どうにも、現在の身体は発育がとても遅いようで、自分で寝返りが打てるようになるのすら随分苦労したのである。彼の予測では、人間の二倍近く発育に時間がかかっているように思う。
前世では弟も妹もいたベルーゼだが、二年も経てばもっと大きくなっていた気がするのだ。なのに、ベルーゼは未だに産まれてすぐの頃と殆ど身体の大きさが変わっていない。
これについては、人間より長命な悪魔とドワーフのハーフということが関係しているのだろう。
長命な分、成長速度が緩やかだというのは、前世で読んでいた小説などではよく見かけた設定なので、ベルーゼとしても釈然とはしないが納得はしている。
寧ろ、人間の何倍も生きるだろうに、発育の遅さが二倍程度で済んで良かったと思うべき。彼はそう自分を納得させた。
「にゃー」
そう、だから力尽きてペルに運んで貰っていることも、仕方のないことなのだ。
(なにも恥ずかしくなんかないさ、はははは)
自分の現状を軽快に笑いとばしてみるものの、心には虚しさばかりが募る。
(チクショウ。絶対早く立って歩けるようになってやる。
そんで皆に「さすがはベルーゼ様」って言ってもらうんだ!)
だからその微笑ましそうな目を止めてくださいと、ベルーゼは周りの大人たちをそっと覗き見つつ願う。
ベルーゼも、彼らの気持ちが分からないわけではない。彼も、赤ん坊が自分と同じ位大きな動物(ペルは猫又なせいか普通の猫の二倍位大きい)の背中に乗って移動しているのを見かけたら、可愛いと思うことだろう。
その行動をしているのが自分のペットであるのだから、尚更可愛いと感じるはずだ。
ペルはベルーゼのことを弟か子供と思っているようで、毛繕いしたり、力尽きているのをみかければ今のように、ダスターのところまで運んでくれたりと、やたらとベルーゼの世話を焼きたがる。
そのこと自体には、小さい男の子が更に小さい子に精一杯お兄ちゃんぶっているようで可愛いと、ベルーゼも思っている。
だが、見守られる側が自分であるとなると話は別だ。
彼はこれでも中身が18。いや、あれから2年は経っているから20を超えているので、精神的には成人男性なのだ。
そんな彼にしてみれば、自分のペットに世話を焼かれてばかりの現状は情けないし、微笑ましそうに見守られると恥ずかしい。
ここはやはり、しんどいなどと文句を言わずに体力を付けるしかないだろう。
(運動はそこまで得意じゃないんだけどなぁ)
「はぁ」
「にゃーん?」
ため息をついたベルーゼに、どうしたの?と言うように鳴くペル。振り返ってわざわざ首を傾げるあたりに、やはりあざとさを感じる。
(もう、本当に可愛いんだよなぁペルは)
ひとまず、なんでもないよと頭を一撫でし、ベルーゼはペルの毛並みに再度顔を埋めた。
それからベルーゼは更に努力に努力を重ね、とうとう3歳のうちに立って歩ける(数センチだけ)ようになった。
その様子を見て、ダスターたちが嬉しそうに声をあげる。
「凄いなベルーゼ、もう歩けるようになったのか!」
「さすがはベルーゼ様です」
人間よりも成長速度が遅いことが常識の彼らとしては、この年でハイハイどころか歩けるようになったベルーゼの成長速度は驚異的と言えた。
そのため、ダスターとロシンを中心に早速お祝いをしようと盛り上がっている。
(ふふふ、もっと誉めてくれても良いんだよ?)
周りの予想以上にはしゃいだ様子に嬉しくなり、ベルーゼは得意げに笑う。
彼は基本的に周りからチヤホヤされて育ったため、誉めたり甘やかされたりするのが大好きだった。
そして、調子にのりやすくもなってしまっていた。
前までの彼ならば、周りがこれだけはしゃいでいれば、大事になってしまったと慌てて自重しようと考えていただろう。
ところが、この三年間で周囲に騒がれたり褒め称えられることがすっかり当たり前になってしまっていた彼は、ダスターたちの喜びように寧ろ、優越感を得てしまっていた。
そして、調子にのったベルーゼは、せっかくだからもう一つ成長したところを見せてやろうと考えてしまったのだ。
その考えを実行するべく、ベルーゼはテンション高く話をしているダスターの方を向いて口を開いた。
「ちーうえ、おれ、いいこ?」
そう首を傾げる彼を、周りの皆が呆然と見つめる。
その反応に、ベルーゼは悪戯が成功した子供そのものの表情を浮かべる。
これも、彼が特訓した成果の一つだった。さすがに発育の影響で拙くはあるが、きちんと会話が出来るくらいには発音出来るようになっていたのである。
言葉自体はとっくに覚えていたため、後は発音さえどうにかなれば、何時でも話せる状態ではあった。だが、平素は理性が働いているため、あまりやり過ぎて化け物のような扱いをされないようにと、これまで、細心の注意を払って隠してきていたのだ。
そのため、周りからすればあーやうーばかり言っていた子供が、いきなり言葉を発したように見えたことだろう。
これで父上たちはもっと褒めてくれるはず。
調子にのって理性がなくなってしまっているベルーゼは、何故自分がこれまで話せることを隠していたのかも、すっかり忘れ、さあ褒めろとばかりに自慢げな表情をダスターへ向ける。
すると、それまで驚き過ぎてポカンとしていたダスターが、猛然と近づいてきた。
「ベルーゼ!」
「うわっ!!」
どうやらダスターは、感動のあまり感情が暴走してしまったようだ。ベルーゼへと近づくと、勢い余って彼を押し倒した。
そんなダスターへ向かい、ベルーゼを取り返そうとペルが襲いかかる。
「フシャー!!」
「ああ、ベルーゼ、ベルーゼ!流石はリリスの子供だ!まさか、その年で歩けるだけでなく、言葉まで覚えるなんて・・・」
しかし、この国最強の名は伊達では無いと言おうか、攻撃されたダスターは全く痛みを感じていない様子で、息子を抱き締めたまま感激から打ち振るえている。
だがしかし、この時ばかりは痛い目を見ればいいのにとベルーゼは思った。
そうでなければ、彼はこのままダスターに圧迫死させられ兼ねないからだ。
ベルーゼは、ダスターとリリスの子供なだけはあって、通常の子供よりは丈夫である。だが、この国最強のダスターの全力の締め付けに耐え続けられるほどではない。
感動のあまり力加減を忘れているらしいダスターの包容は、確実にベルーゼを死の淵へと追いやりつつあった。
「ぐ、るじ」
「・・・はっ!ダスター様、そのままではベルーゼ様が死んでしまいます!早くお手をお離し下さいっ!」
「あっ!す、すまないベルーゼ。大丈夫か?」
力を振り絞ってあげたベルーゼの叫びに、我に返ったロシンが慌ててダスターを止める。そのおかげで、漸く息子が窒息しかけていることに気づいたらしいダスターも、慌てた様子で腕の力を緩めた。
すると、それまで必死にダスターへ攻撃を仕掛けていたペルが、さっとベルーゼへ駆け寄る。そしてそのまま彼の服を引っ張ってダスターの腕から引き離すと、素早い仕草で自分の後ろへと隠しダスターを威嚇し始めた。
どうやら、敵からベルーゼを守る心積もりのようだ。本当に良くできたペットである。
(それに比べて父上ときたら。せっかく俺が成長を見せてあげたっていうのに、感極まったとはいえ愛息子を殺しかけるなんて有り得ない)
これは少しお仕置きする必要があるだろう。
そう考えたベルーゼは、ペルから彼を奪い返そうと手を伸ばす父親をキッと睨みつけた。
それにたじろいだのか、ダスターの手が止まる。
いくら彼が百戦錬磨の英雄でも、普段自分にベッタリで、離れようとしない位ファザコンの息子に睨まれれば、動揺もする。そして、彼を溺愛している分、そのショックは大きいはずだ。
これだけでも十分お仕置きになっているだろうが、ベルーゼの気は収まらない。
なので、彼は父親へトドメの言葉を投げかけた。
「ちーうえ、きらい!」
「なっ!」
言葉だけでなく、プイッと大仰に顔を逸らすことで、態度でもその意思を指し示す。最愛の息子のそんな行動に、ダスターはガーンと効果音がつきそうな表情で言葉を失った。
「ふんっ」
ダスターの情けない様子に、ペルが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。ベルーゼには世話焼きのため、猫というより犬のような行動を取ることが多いペルだが、その仕草は、如何にも気位の高い猫といった雰囲気がして、大変良い。
そう感じたベルーゼは、気分を切り替えるためにも、ペルを抱き寄せてその毛並みへ顔を埋める。
この行動には、父上の顔なんて見たくもない。という意思表示も含まれていた。
それを感じとったダスターは、このままではマズいと、慌ててベルーゼへ頭を下げる。
「べ、ベルーゼ。父上が悪かった!謝るから嫌いにならないでくれ!」
「やー!」
「ベルーゼェ」
普段ならばそれで許してあげるところだが、せっかく良い気分だったところへ水を差されてしまったことで、ベルーゼは完全にへそを曲げていた。
そのため、大好きな父親が泣きそうな情けない声をあげても許す気にはなれず、拒否の声をあげる。
そんな彼のご機嫌を取るため、政務を全てロシンに押し付けて一日中ダスターはベルーゼへと謝ったり、煽ててみたり、お菓子や玩具を与えてみたりと、とにかく尽くした。
しかし、どれだけダスターに尽くされても、ベルーゼのご機嫌はなかなか直ることがなく。
結局、ダスターがベルーゼから許しを貰えたのは、翌日の朝のことだった。
ここまで閲覧していただきありがとうございます。
今回はちょっとベルーゼの精神が幼くなっていることを表すために、調子に乗らせてみました、
褒められて調子にのってなにかすると、痛い目をみることが多いと思うので、ちょっとダメージを与えてみたんですけど、何故か最終的にダスターが痛い目にあっていますね。おかしいなぁ?どうしてこうなったorz
あと、誤字脱字については上げる前にチェックしているのですが、見落としなどがあるかもしれません。
もし発見されましたら、活動報告のコメント欄へご記入いただければ嬉しく存じます。
ついでで良いので、ご感想なんかもいただければ私は狂気乱舞して喜びますので、気が向いたら書いてやって下さい。
ただ、コメントをいただければ全て有り難く読ませていただきますが、なにぶん仕事との兼ね合いなんかで時間がカツカツ状態のため、お返事は遅くなるか、書けない可能性があります(なので感想とレビュー機能は設定していません)ので、そのことをご容赦いただければ幸いです。