第3話
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赤ん坊として新生活をスタートさせたベルーゼだが、初めは生活習慣の違いに戸惑ってばかりいた。
赤ん坊になってしまったため、自分で食事をする事さえ出来ない。しかも、彼は魔王リリスの子供であると同時に、ドワーフ王国の王子でもあった。
そのため、日頃から多くの使用人たちにかしずかれ、煌びやかな衣装を着させられるのだ。しかも、何故か着させられる服が女モノであるような気がするのだから堪らない。
何度暴れ出してやろうと思ったことか。しかし、自分で寝返りすらも打てないほど非力な今の彼では、使用人たちの暴挙に抗うことは出来なかった。
近頃は、諦めてなすがままになっている。
(耐えろ、耐えるんだ。今は無理でもきっといつかは奴らに勝てる日が来る)
そう自分を慰めながら、今日も使用人の女性たちにあれでもない、これでもないと着せ替え人形にさせられている。
そんなベルーゼの横でダスターは、デレデレとベルーゼの愛らしさについてロシンと語り合っていた。
「ああ、ベルーゼは本当に何でも似合うな。あの子の種族はきっと天使に違いない」
「いえ、ダスター様。ベルーゼ様は天使には無い艶がございます」
「む。それもそうだな。かと言って悪魔と言うにはあまりにも無垢だ。何と例えれば良いのか・・・」
「何にも例え難い至高の存在。それで良いのではありませんか?」
「おお!それもそうだな」
合点がいったとばかりに手を打つダスターに、ベルーゼは頭が痛くなった。
一年近くかけて漸く言葉を覚えた彼には、ダスターたちの今の会話の内容の酷さが分かってしまったのだ。
これが、この国のトップとその右腕と言うべき大臣の会話と思うと、国の将来が不安で仕方がない。
今すぐにでも彼らの会話に割って入り、その頭の悪い話を終わらせたい衝動に駆られる。
しかし、ベルーゼは未だにハイハイどころか一人で起き上がることすらも出来ないような状態だ。
これでいきなり言葉を発しては、あまりにも不自然。結局、彼は無言で耐えるしかなかった。
なにせ、生後一週間くらいの頃、ペルへ向かって「ぺー」と言ってしまっただけで、大変な騒ぎになりかけたのだから、用心しなければいけない。
あの時は周りが忙しそうにしていたので、小さい声なら大丈夫だろうと油断していた。
しかし、そこは親ばか全開なダスター。ベルーゼの小さな呟き一つ聞き逃さなかったのだ。
その後はもう、大騒ぎ。ベルーゼが初めて喋った記念と称してパーティーまで催されそうになり、ベルーゼは愕然とした。
幸い、天才だと浮かれていたのはダスターばかりで、周りの人々は「偶々そう聞こえただけでしょう」と、呆れていたので事なきを得た。
しかし、危なかったことには変わりない。あの頃はまだベルーゼへ好意を見せる者が少なかったから良かったが、最近はダスターだけでなく、冷静なはずのロシンまでもがあんな酷い会話を繰り広げるようになってしまったのだ。
今またあんなことをやれば、パーティーが開かれてしまいそうな気がする。もしかしたら、国をあげてのお祭りにまで発展してしまうかもしれない。
そう思ってしまうほど、ダスターとその周りのドワーフたちの親ばかは悪化していた。
そういうわけで、ベルーゼはどんなに嫌なことがあっても、意味がありそうな単語すら発するわけにはいかない状態が続いている。
だからといってずっとだんまりでいると、それはそれで周りが心配する。そのため適度に、あーとかうーとか意味のない言葉をペルへ向けて話すのが最近の習慣となっていた。
そんな不便な状況ではあるが、ベルーゼはなんだかんだ赤ん坊生活を満喫していた。
それは偏にペルがいてくれるおかげである。
初めて手に入れた自分のペット。その事実だけで天にも昇るような心地がするのに、そのペットが自分から構われに来てくれるのだから、これで不満を持っては罰があたるとベルーゼは思う。
ペルは、猫にしては珍しくベルーゼの側に基本居たがる。だが、ずっと側にいるわけでも無く、時折ふらりと外へ出かけてはネズミやら鳥やらを捕まえてベルーゼに見せてきたりするのだ。
その姿はとても誇らしげで、誉めろ!と言わんばかりに身体を擦り付けてくる。務だった頃に世話をしていた猫も、嬉しげにトカゲを咥えて見せに来ていたし、この行動は猫としての本能なのだろう。
(こんなに可愛くてもライオンと近いんだもんなあ)
ベルーゼにはこうやって貢物(?)をしてくれるペルだが、ベルーゼ以外には肉食獣を彷彿とさせる獰猛な一面を見せることの方が多い。特にダスターには威嚇だけでなく爪で攻撃も加えるので、よくベルーゼの取り合いが発生している。
どうにもペルは、ダスターのことを自分のお気に入りを奪い取る存在と認識しているようだ。
当のベルーゼはどちらも大好きなので、どちらの味方をするわけにもいかず、毎回困ってロシンに助けを求めている。しかし、助けを求められたロシンは爽やかな笑顔を浮かべつつ、漁夫の利とばかりにベルーゼを独り占めするのが常だった。
それに気づいたダスターとペルがやって来て、最終的に三つ巴の争いに発展する。
そんな風景が城の名物になりつつあった。
勿論、そんな風にただ遊んでばかりいたわけではない。将来はダスターの後を継いでこの国の王になるのだからと、ベルーゼは定期的にダスターと家臣たちの会話を聞き、国政の仕組みを学んでいた。
当初は、それらの勉強と並行して、魔法の練習もする予定だったが、それは未だに成し得ていない。
ベルーゼとしても、折角魔法の有る世界に生まれたのだから、早く魔法が使えるようになりたいとは思う。
しかし、ダスターが一度としてベルーゼの側を離れないため、魔法を学習するための魔法書すら探すことが出来ないのだ。
生まれ変わってすぐの頃は、身体が思うように動かせないなら、せめて魔法だけでも覚えて身を守ろうと考えていたため、なかなか魔法を習得出来ないことに焦りを覚えていた。
しかし、リリスを殺した暗殺者もダスターが側にいる限りは手を出せないと考えたのか、それらしい者に襲われることはなかった。
それどころか、リリスへの剣呑な態度が嘘のように、ベルーゼは城の多くの人々からちやほやされている。
どうも、ペルと無邪気に戯れる姿が人々の心をガッシリ掴んだようだ。
そのうえ彼らは、少しでも怪しい者がベルーゼへ近寄れば自然とバリケードになってくれている。
周りから自分がどんな風に見えているのか自覚のないベルーゼは、そんな周りの反応に首を傾げるばかりだ。
しかし、そのおかげでこれまで無事に生きてこれたともいえるので、遠慮なく彼らの好意に甘えている。
勿論、彼に好意的な人ばかりではない。あからさまにおぞましいモノを見るような目を向けてくる者や、ひそひそと陰口をたたく者もいる。
だが、そういう相手はペルが威嚇してすぐに追い払ってくれるし、ダスターやロシンがいつも以上に甘やかしてくれるので、ベルーゼにとって彼らの存在は、良い当て馬状態だった。
周りの態度が変化したためか、始めの頃は誰にもベルーゼを触らせなかったダスターも、最近はベルーゼの世話を使用人たちに任せるようになっている。
そのせいで使用人たちの着せ替え人形にされるベルーゼにとっては微妙なのだが、この国のためには良い変化と言えるだろう。
しかし、リリスを失ったトラウマはそう簡単に拭い去ることは出来ないらしく、ベルーゼが少しでも自分の目の届く場所からいなくなると、ダスターは仕事を全て放り出してでも血眼になって息子を探し始めるのだ。
そのため、ベルーゼは常にダスターの側に置かれることになった。
自由のない生活ではあるが、ベルーゼにとっても悪いことばかりではない。
現在、この国で最も強いのはダスターだ。そんな人物が本気で護衛してくれている。そう考えれば、これ以上安全なことはないだろう。
だから、無理にダスターの側から離れて魔法を習得するよりも、現状のまま魔法の練習をしても不自然では無い年齢まで成長するのを待つ方が得策。
そう考えを改めた。
(まあ、出歩けるようになっても、なるべく父上の側にいるだろうけど)
ひよこのように父親の後を着いて歩く自分が容易に想像出来て、ベルーゼは苦笑した。
リリスと融合したせいなのか、ベルーゼはダスターを親ばかと笑えないほど、ダスターのことが大好きなのである。
所謂ファザコンというやつだ。
前世では父親に対して苦手意識を持っていたくらいなので、ダスターと話しているロシンに嫉妬した時には、大いに戸惑ったものである。
今のところ、スキンシップはしたいと思うが、肉欲が沸くわけではない。なので、おそらくダスターへのこの感情は恋ではなく、行き過ぎた親愛だとベルーゼは判断している。
赤ん坊だから、という理由かもしれないが、それは今のところ考えないことにした。
いくら大好きでも、ノンケだったベルーゼには近親相姦なうえに同性愛、というのは受け入れるにはなかなかにハードルが高い事案だったのだ。自分の性癖が変わっていないことを願うくらいは許されるだろう。
しかし、そう思いつつ、ベルーゼはダスターの一番が自分でなければ気が済まないと思ってしまっていた。
そのため、少しでもダスターが自分を放置していると感じれば、すぐに彼の気を引きたいと思ってぐずってしまう。
だが、ダスターに嫌われたく無いとも思っているため、仕事中や彼にとって重要な話をしている時には静かにしているのだ。
おかげで、ダスターやベルーゼに好意的な者からは「甘えん坊だが、将来有望な賢い子」という高評価を得ている。
その反面、彼を軽蔑している者やダスターの後妻の座を狙っている者からは「母親同様の女狐」という評価であった。
女狐とは言っても、ベルーゼはれっきとした男の子である。
だが、容姿は母親似でとても愛らしい。
さらさらと流れる黒髪は絹のような滑らかさ。小さい顔に配置されたパーツはどれも完璧な黄金比で配置され、人形めいた美しさを醸し出していた。
そんな整い過ぎて無機物めいている相貌の印象を、唯一父親に似た健康的な褐色の肌がやわらげていた。鞣革のように艶やかなその肌は、幼いながらに色気を帯びて男たちを惑わせる。
そして、一際目立つ血のように紅い瞳が宝石のような輝きで魅了するのだ。
そんな容姿のため、ベルーゼは男のシンボルさえ見なければ女の子にしか見えない。
女狐という言葉には、そんな彼の容姿への揶揄も込められていた。
ベルーゼ自身も、自分は大きくなれば男を惑わすような容姿になりそうだと思うほどである。
なにせ、パーツの大きさや丸みの違いはあるが、全体的に見るとリリスそっくりなのだから。これで不細工になったら、寧ろ奇跡だと思えるほどの作りの良さだ。
そんな、男としては複雑な容姿だが、これはこれで使えるかもしれないとベルーゼは考えていた。
将来ダスターの後を継ぐベルーゼは、これから民衆の前に姿を晒すことも多くなる。そんな時、一番彼らにインパクトを与えることが出来るのは見た目である。
前世の授業で聞いた話によれば、人が初対面の相手の印象を決める要因は見た目が7割だそうだ。その見た目にはもちろん、容姿の美しさだけでなく服装や立ち居振る舞いも含まれる。
しかし、普通の容姿の人間がその他の要因を完璧にこなした時よりも、元々人を惹きつける容姿の人間が、その他の要因も完璧にこなした時のほうがより好印象を与えられるはず。
(所詮人は見た目重視の奴の方が多いんだ。まあ、俺も人のことは言えないけどね)
そんなひねくれたことを考えつつ、ペルの柔らかい毛並に顔を埋ずめる。
漸く今日着る服が決まって、着せ替え地獄から解放されたのだ、ペルを構ってパワーを補充しなければやっていられない。
ペルが少し迷惑そうにしているのを感じながらも、彼が逃げるまではこの体勢でいさせて貰おうと、ベルーゼはそのまま思想に耽る。
大人になるまでには、この容姿を使ってでも多くの人を味方につけておきたい。
そして、長年の夢であるペットに囲まれたモフモフパラダイスを作り出すのだ。
そんな野望を胸に秘め、ペルの柔らかな毛並みを撫でる。
この素晴らしい感触を四六時中感じられるように、お城を動物たちでいっぱいにする。それが彼の最終目標だ。
しかし、このままの状態でそんなことを行えば、彼を敵視している者たちにペットを殺されかねない。
それを阻止するためにはどうしても、味方を増やして敵を減らす必要があった。
だが、それには大きな障害がある。どうも、身体に引きずられたのか、精神が幼くなっているようなのだ。それが原因で感情の起伏が激しく、コントロールが難しい。
そのせいで嫌だと思う人間には攻撃的になってしまうし、ついつい感情のままダスターを独占しようとしてしまう。
おかげで、ベルーゼを目の敵にしている者たちは減ることが無い。
そういう者の中には、貴族たちの間で高い権力を持つ公爵なども含まれている。
そんな人物が勢力を拡大すれば、後継者争いが起こる可能性もあるため、いつまでも放置しているわけにもいかない。
しかし、そう思うものの、それほど急がなくてもいいだろうとも考えているのが現状だ。
その理由は、ベルーゼの次に高い継承権を持つダスターの弟が、権力に全く興味がないからである。
ダスターの弟フォレストは、無口で何を考えているのか分からない男で、政治向きとは言えない性格をしている。
その上、本人も政治は嫌いだと公言しており、ベルーゼ(後継者)が生まれた一週間後にはこれ幸いと城から逃亡。発見された時には隣国の刀鍛冶に弟子入りしていたような人物なのだ。
「連れ戻されるくらいならここで炉に突っ込んで死ぬ」
そう断言したフォレストに、ダスターは留学という名目で自由を与えた。
それは、政権争いからベルーゼとフォレストを守るためでもあった。
そうして幼い頃からの夢だったという刀鍛冶への道を歩み始めたフォレストは、それ以来一度も国へ帰ってきていない。
そのため、ベルーゼが彼と顔を合わせたのは、ダスターがフォレストを連れ戻しに行った時のたった一度だけである。
他の親戚も、ダスターたちの父親である前王退任の際に継承権を放棄。前王共々山奥に籠って、隠居生活としゃれ込んでいた。
風の噂では、高性能の武器や防具を作っては気に入らないと壊し、作っては壊しというどこかの陶芸家のようなことをしているそうだ。
ダスターも引退したらそこへ行って、魔道具制作を行いたいものだと言っていることから考えると、どうやら一族全員根っからの職人気質らしい。
そんな者たちが王族で大丈夫なのかと不安になるが、国の主な産業が武器や防具の作成であることから考えると、国民全体がこうなのかもしれない。
ベルーゼが前世で読んでいた小説とかでもドワーフは鍛冶が得意な種族であったし、その可能性は高そうだ。
そんなわけで、ベルーゼは子供の間くらいは子供らしくしていてもいいのではないかと考えているのである。
勿論、大人になってから急に周りを味方につけることは難しいことくらい彼も分かっているため、少しずつ環境を整えていくつもりではある。
まずは自制心を身につける、というのが目標だ。
(モフモフパラダイスのために頑張るぞ!)
そう改めて自分に気合を入れる。
それにしても、かれこれ1時間ほど放置されているのだが、いささか話が長すぎではないだろうか。
そう感じたベルーゼは、ペルの毛並から顔を上げると、ダスターと楽しそうに話している人物へ目を向けた。厳ついものが多いドワーフには珍しく、線の細い優男。ロシンだ。
どうやらベルーゼの愛らしさの話から、そのまま雑談へ移行したようだ。
幼馴染なだけあって、ダスターはロシンと話す時は普段の王としての威厳あふれる態度ではなく、ベルーゼやフォレストと話している時同様に自然体になる。
それは、彼の精神衛生のためにも必要な時間だとベルーゼも感じていた。
ロシンは家臣たちの中で一番自分を可愛がってくれる相手ということもあり、ベルーゼはダスターがロシンと会話している時は、たとえ雑談であろうとも邪魔をしないようにしている。
だから着替えが終わっても父親のもとへは行かずにいたのだ。
しかし、随分長い間放置されて、そろそろベルーゼの寂しさはピークに達しようとしている。
だが、さきほど自制心を身に付けようと決意したばかりであるため、舌の根も乾かぬうちに挫折するのも具合が悪い。
そう自分を戒めて、ぐっと耐えようと試みた。
そんなベルーゼを慰めるように、ペルが優しく頬を舐める。
その行為に癒され、この分ならどうにか話が終わるまで我慢できるかもしれないとベルーゼは自分を鼓舞した。
だが、それも数十分しか保たなかった。
「あー」
「ん?どうしたベルーゼ」
「うー?(構って?)」
「おお、すまん。つい話に夢中になってしまった。寂しかったな」
結局甘えた声をあげ、ダスターの気を引いて構ってもらうことにした。
どうやらベルーゼが目標を達成するのはまだまだ先のようである。
ここまで閲覧していただきありがとうございます。
ブックマークしてもらえたことが嬉しくて、勢いで一話分校正を終えちゃいました。
ただ、急いでやったので、誤字とか残ってそうで心配です。
しかも区切りが良くなかったので、ちょっと長くなってしまいました。
文章構成の才能が欲しいですね。
次回の更新はもうちょっと慎重にやると思うので、時間がかかるかもしれませんが、暫しお待ちください。