第2話
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明るい光を感じ、ベルーゼは目を覚ました。
一瞬、自分がどこにいるのかが分からなくなる。だが、すぐにリリスとの会話を思い出した彼は、自分の身体を確かめた。
(良かった。憑依は成功したみたいだ。)
目に映った自分の手の小ささに、無事新しい身体に移れたことを確信する。
そのことに安心したところで、今自分がいる場所が人の腕の中だということに気がついた。
顔を上げて目に映ったのは、厳つく、王者の貫禄を見せる偉丈夫。
恐らく、彼がダスターだろう。
どうやらダスターは、肌身離さずベルーゼを連れ歩いているらしい。
だが、それも仕方のないことだろう。自分が離れたせいで、最愛の人を失ったのだから。
(この人が俺の新しい父さんか。それにしても、何を話しているのかさっぱり分からん)
ダスターは仕事中らしく、家臣らしき人物と話しているのだが、その言葉の内容がベルーゼには全く理解出来なかった。
どうやら、リリスと言葉が通じていたのは彼女と魂が繋がっていたからのようだ。
これから新たに言葉を覚え直すことから始めなくてはいけないのか。そう思うと憂鬱になる。
(俺、そこまで頭良くないんだけどなぁ)
はぁ、と思わずため息が漏れた。
すると、ベルーゼが目覚めたことに気づいたのだろう、ダスターが顔を覗き込んできた。
『起きたのか?ベルーゼ』
ダスターが何やら話しかけてきた。しかし、やはりベルーゼには何を言っているのか理解出来ない。理解出来ないが、彼が随分と嬉しそうなことは分かった。
せっかくの男前が台無しになるほど、だらしない表情をしているのだ。
「あいつは、何故か私と話している時には表情が緩むのだ。引き締めていれば見栄えの良い顔をしているのだから、常に引き締めていれば良いものを」
リリスがそう愚痴のような惚気を言っていたことを思い出し、きっと今も、ベルーゼに対して可愛いとかそんな感じのことを思っているのだろうとあたりをつけた。
リリスの話しからもなんとなく予想はしていたが、ダスターはどうも、好きな者に対してはデレデレになってしまうタイプのようだ。そんな父親に呆れながらも、仕方ないなとベルーゼは笑った。
『おお!笑った、笑ったぞ‼』
ベルーゼが笑ったことがよほど嬉しかったのか、ダスターは大はしゃぎである。
だが、それによって激しく揺らされたベルーゼは、気分が悪くなってしまった。
その不快感は、とても我慢が出来るものではなく、ベルーゼは感情のままに声を上げる。
「オギャアー!!」
『なっ!ど、どうしたんだ?』
それまでの笑顔から一変して泣き出したベルーゼに、オロオロし始めるダスター。
その姿には普段の威厳など欠片も無かった。
『落ち着いて下さい。そのような姿を晒しては下々の者に示しがつきません』
『うるさい、黙っているがいい‼』
不甲斐ない王の姿に、家臣たちが苦々しい表情で何かを進言する。
しかし、ダスターは彼らへ冷たい表情を向けた。この中に、彼の最愛の人を殺させた者がいる。そう考えている彼は、誰も信じることが出来なくなっていた。
彼にそう思われていることを知っている家臣たちは、これ以上王の機嫌を損ねるわけにはいかず、押し黙るしかない。
その様子を冷めた目で見つめた後。ダスターは、再び優しい表情でベルーゼへと語りかけ始める。
リリス暗殺の一件で、家臣たちとダスターの間にはどうしようも無い亀裂が生じてしまっていた。
そのことに、ダスターの幼なじみであるロシンが悲しみに満ちた表情を見せる。
今までならば、ダスターがこのような態度を見せた時に彼を宥めて説得するのはロシンの役目だった。
しかし、自分があの時部屋から出なければ。そう自分を攻める今の彼には、悲しみから心を閉ざしてしまったダスターを諫めることが出来なかった。
そんな、部屋に流れる不穏な空気を敏感に感じとったベルーゼは、不安に駆られて泣き続ける。
務であった頃の彼には考えられないほど、自分の感情をコントロールすることが出来ない。
どうやら、身体に引きずられて精神も後退してしまっているようだ。
そんなベルーゼの元へ、なにかがひらりと飛び込んできた。
それはすとんっと、軽い仕草で彼の上へ飛び乗ると、その顔を覗き込む。
それは、一匹の猫だった。
毛足が長く、ふわふわと柔らかそうな猫っ毛が顔に当たってくすぐったい。
全体的に栗色の毛並が光に反射してきらきらと光っている。
(わあっ!かわいい~、この子が母さんの言ってたペルかな?)
ベルーゼは、目の前に現れた猫の可愛らしさに、泣いていたことなどすっかり忘れて微笑んだ。
この猫、顔の造形はそこまで可愛いとは言えず、かと言って不細工というわけでもない。猫の中では平凡な顔をしている。
しかし、仕草の一つ一つがあざとさを感じるくらいに可愛らしいのだ。
(この子、自分の見せ方をよく理解してるなあ。将来小悪魔になりそうで心配だよ)
これから自分のペットとなる猫のあざと可愛さに、ベルーゼはくらくらする。
この猫のことは事前にリリスから聞いていた。
リリスとダスターが隣国へ視察に行った際、この猫がリリスへ餌を求めてきたらしい。
生き物を殺すことしかしたことの無いリリスは、そんな猫をどう扱って良いのか分からず、ひとまず軽くあしらおうとした。
しかし、それをダスターが押し留め、生まれてくる子供の遊び相手にしようと言って拾ってきたのである。
それを聞いた時、実にいい判断だとベルーゼは感心した。
何を隠そう、ベルーゼは大の動物好きなのである。
特に、猫や犬といった愛玩動物は、見ているだけで頬が緩むほどだった。
しかし、務の母は大の動物嫌いだったのだ。そのせいで、務は一度も自宅で動物を飼うことが出来なかった。
それでも諦めきれず、捨てられた動物を連れ帰って何度怒られたことか。
そのため子供の頃は、某子供向けアニメの眼鏡の少年が動物を拾ってきてはママに怒られているのを見て、一緒に憤っていたものである。
中学生くらいになると少し賢くなって、近所の野良猫にこっそり餌をやって撫でさせて貰うようになった。
さらに、高校に入ってバイトをするようになると、バイト代で動物園や遠方の牧場に通い詰めて自分を慰めていたものだ。
いつか一人暮らしが出来るようになったら、絶対たくさんの動物に囲まれて暮らすんだという思いを心に秘めて。
そんな日々も今日で終わりだ。
これからは、この愛らしいにゃんこが自分のものになる。
餌をはぐはぐ食べる姿も、日向でゴロゴロしている姿も見放題。
上手く懐柔することが出来れば、ぷにぷにの肉球だって触らせて貰えるのだ。
ベルーゼは、これから自分を待っているであろう薔薇色の生活に思いを馳せ、万感の思いで拳を握った。
そんなベルーゼの様子を、ペルは綺麗な水色の瞳をくりくりさせながら見つめている。
そんなもの珍しそうな表情も愛らしいと、ベルーゼのテンションは最高潮である。
身体さえ自由に動ければ、ペルをかまい倒していただろう。それほどまでに彼のテンションは上がりに上がっていた。
ふと、ペルがおもむろにベルーゼへ近寄る。そして、ぺろっと彼の頬を舐めた。
思いもよらないその行動に、目を見開き固まるベルーゼ。
しかし、ペルは何がお気に召したのか、「にゃーん」と愛らしく鳴いてご機嫌である。そして、そのまま嬉しそうにベルーゼの顔のあちこちを舐め始めた。
それはまるで毛繕いをするような仕草だ。
どうやらペルは、ベルーゼのことを気に入ったらしい。
リリスからペルは自分にしか懐かず、他の者には相手をするどころか、近づこうとさえしないと聞かされていたベルーゼは、喜びに打ち振るえた。
(まさか人見知りするにゃんこに好かれるとは。あ、もしかして魔物だから俺の中の母さんの気配を感じ取っているのかも)
そう考えると合点がいく。ペルは一見普通の猫にしか見えないが、よく見ると尻尾が二つある。所謂猫又というやつだ。
初めはペルも普通の猫だったらしいのだが、この世界の生き物は、自分より高位の者から名前を付けられると名付け親から魔力を貰うことが出来る。
その量によってはランクが上がることもあるのだ。
ペルの場合はAランクのダスターによって名付けられたため、一つランクが上がってFランクの猫又になった。
低ランクとはいえ魔物であることは変わりない。寧ろ、低ランクの魔物の方が気配察知は得意なのかもしれない。
そう納得したベルーゼは、「これからよろしく」という意味を込めてペルの喉を撫でた。
こしょこしょ。ゴロゴロ。こしょこしょ。ゴロゴロ。
拙い仕草ではあったが、ペルは満足したらしく大人しく撫でられている。
しまいには滅多に鳴らさない喉まで鳴らし始めた。
その姿に喜んだベルーゼは、声を上げつつ更に撫でる。
そんな一人と一匹の姿に、周りの大人たちの視線は釘付けだった。
ペルが愛らしいのは勿論のこと、ベルーゼも母親のリリスに似たため、見た目だけは天使かと思えるほどに愛らしい。
そのため大人たちは皆、テレビ特番で流れる赤ちゃんと猫の戯れを見て和む地球人と同じ心境に陥っていた。
かわいい×かわいいという究極コンボは、どこの世界でも絶大な威力を持っているらしい。
その証拠に、ベルーゼを溺愛しているダスターだけでなく、それまで憎々しげに彼を見ていた家臣たちすらメロメロになっていた。
中には直ぐに我に返って表情を取り繕う者も居たが、その視線も依然としてベルーゼたちに向けられている。
『王よ、今すぐ絵師をここへ呼びましょう。この素晴らしい光景は是非後生に残すべきです』
『おおっ!さすがだな、ロシン。直ぐに手配しろ』
『・・・っ!御意!!』
幼なじみにして腹心の部下である大臣のロシンの言葉に、ダスターは上機嫌で答えた。
そのことに、ロシンは一瞬驚きで言葉が詰まる。務がベルーゼの身体と完全に融合するまでの数日の間、彼に対してすらダスターは剣呑な態度だったのだ。
その王が、何時ものように自分に接してくれたことに、彼は安堵と喜びを感じた。
リリスの死に責任を感じていた彼は、二度と今までのような関係に戻れないことを覚悟していたのだ。
もしかしたら、このまま主との関係を修復できるかもしれない。そんな期待を胸に押し込め、冷静な態度で自分の部下へ宮廷画家を連れてくるように命じる。
そして、自分は先程よりもダスターの近くへ寄りながら、再びベルーゼたちへ目を向けた。
命じられた部下の「自分も見たいのに」という恨みがましい視線には気づかないふりだ。
せっかく敬愛する主であり、長年苦楽を共にした幼なじみとの仲を修復出来るチャンスなのだ。それを不意にするわけにはいかない。
それに、この至上の光景を見逃すことは決してしたくはないと、彼の心が強く主張している。
その衝動は、自制心が強い彼でも抑え難いものであった。
(なんて恐ろしい子だ。流石は魔王の子供。だが、おかげで王と家臣たちの対立は免れそうだ)
仲良くベルーゼたちの可愛さを語り合う王と家臣たちの姿を見て、ロシンは密かに胸をなで下ろす。
「にゃーん」
「きやっきゃっ!」
政治問題を解決した張本人たちは、大人たちの事情など知るよしもなく、楽しそうな声を上げるのだった。
ここまで閲覧していただきありがとうございます。
ようやく最初のペットを登場させることができました。
この話は正直私自身が動物(特に猫)と戯れて癒やされたい!という衝動に駆られて書き始めた話なので、気がつくと主人公が動物にスキンシップという名のセクハラをかましています。
なんて羨ましいんだ主人公!そこ代われ!とか思いつつ書いている動物アレルギーな作者です。
校正が終わっているのがここまでなので今日はここまで投稿して終わりたいと思います。
次の投稿がいつになるかは分かりませんが、数日中には上げられるように努力しますので、今暫くお待ちください。