大事な事
朝日が昇り、都市ミクレヌにも朝がやって来た。
気持ちのいい朝は何日ぶりだろう。アリアは都市の東から昇ってくる朝日の輝きに見惚れていた。
――朝日がまるで夕日みたい
夕日は別れのイメージを持つ。アリアにはリュウとの別れを惜しんでいるのだ。
どうせならば、このまま時が止まってしまえばいいと思うほど。それ程、アリアは彼を求めていた。
だが、自分の旅の目的を思うとやはり別れをするべきなのだ。これからもう一人の姉妹が何か罠を仕掛けてきてもおかしくないから。下手をすれば命を落としてしまうかもしれない。
そんな危険な旅に彼を連れて行くわけにも行かなかった。
「……もう、私の気持ちも分かんないや」
自分の気持ちさえ見失って、アリアは顔をうずくめる。
と、部屋の扉が静かに開く。入ってきたのはもちろん、リュウだ。
アリアは何となく気まずくてリュウの顔をまともに見れずに俯く。リュウはそれを知ってか知らずか口を開く。
「今日で俺達は最後だ。……お前と一緒に居ると楽しかったよ、昔の無邪気な頃に戻れたみたいで」
「……私も、楽しかった。とても短い時間だったけど、有難う。それじゃあ、気をつけて」
「ああ」
リュウが踵を返す。
彼の後姿を見ていられなくてアリアは背を向ける。
静かに風が吹く。それと同時にリュウはアリアの元から離れていった。
アリアは力が抜けてその場に座り込む。そして、両手を床につけて涙を流した。
いつの間にか忘れていた楽しいと言う感情。それを呼び覚まされたアリアにとって別れは最大の心の傷となって胸を痛めつける。
失えば二度と手に入らないと分かっていてもこの手を伸ばす事が許されない。そのもどかしさにアリアは嘆いた。
宿で簡素な朝食を済ませて宿代を支払い、アリアはミクレヌ市場へ向かった。
まだ朝早いにも関わらず沢山の人で賑わっている。美味しそうな香りも何処からともなく漂ってくる。
と、神秘的な水色のベールに包まれた店を発見し、好奇心と共にアリアはその店へ足を運んだ。
そこは占い屋だった。奥には占い師と思われる女性が座っていた。ふらふらとアリアは導かれるように女性の前に立った。
女性はアリアの姿を見て口を少し緩める。優しそうな漆黒の瞳がアリアの顔を覗く。
「この店に来るのは初めてだね。いや、ここら辺でも見掛けない顔だけど」
「旅の途中でここに来たんです。これから王都を目指す長い旅路なので準備をと」
「それはそれは大変ですね。連れの方はおられるんでしょう?」
その言葉にアリアは黙り込む。
心の中を見透かすように女性は言った。
「貴方は大事なものを失ってしまったようですね。それも一度じゃなく数回」
「……」
「待っているだけでは来ない。幸運も幸せも全部自分が手に入れるために走らなければ」
「でも、相手は私から離れる事を望んだから」
「言葉が全て本心を語っているとは限らない。真の気持ちを隠して平常を装ったり偽りを言ったりする。貴方と同じでしょ?」
不思議と言い当てられる程心の霧が晴れていくようだった。プライドと言う壁に立ち塞がれて見えなかった本当の気持ちがアリアはようやく分かったような気がした。
女性はにっこりと笑って頷く。もう、答えは出ていた。
銀貨数枚をテーブルに置いてアリアは元来た方へ走り出す。細い道も人だかりもかき分けて止まる事を知らずに走っていく。
市場で賑わった道路を出て、泊まっていた宿のある道を東に向かって走る。周りの目などもうアリアは気にしていなかった。
周りなんか、どうでもいい。
肝心なのは……
「おい!」
急に叫ばれてアリアは危うく転びそうになる。その場に何とか立ち止まって声の方向を振り返った。
そこには国の兵達が鋭い目つきで立っていた。おまけに後ろにいるのはおんぼろな服を着た男達――おそらく盗賊団だ。
怖くなってアリアは後ずさりする。
「貴様が我が王女を侮辱する存在、そして破滅を呼ぶもう一人の双子か」
「……そうだと言ったら?」
「エリア王女の命令で、貴様を捕らえる!」
一斉に兵達がアリア向かって襲い掛かる。とっさにアリアは携帯してた短剣を取り出すが、これではまともに相手が出来ない。
――なんて奴らだ。私を捕らえて全てを私に押し付けて監禁するつもりだな!
彼らの考えている事など丸分かりだ。そもそも王城などに自分の脱落を阻止せんと他人に罪を着せる者などいくらでもいる。王女もそうだ。
そして、ふとアリアは王女の名前を再び思い出す。
エリア、アリアと共にアレイシア王妃から生まれた運命の双子のもう一人……。