一つ屋根の下で
彼が誘導していく道をアリアは進む。そこは道というより風の通り道位しか無い狭いルート。草が生い茂って行く手を阻む。
――本当に信用しても大丈夫なのかな……。意外とまだ盗賊団の一員だったりして
だとしても、あの映像の謎が解けるわけでもない。チラリとアリアはリュウの顔色を窺った。
彼の表情は硬くなっていた。そのせいかだんだん足取りも遅くなっていく。そしてとうとうリュウは立ち止まった。
「リュウ?どうかした?」
「……あの都市に長居するなよ。ゴロツキがうろついているから」
「忠告をどうも」
そう言って彼の視線に目を落とす。そこには深い霧に包まれた秘境のようにひっそりと佇む都市が存在していた。
高台から見渡す所を見て、あと数十分で着けそうな距離だ。
「さ、早く行きましょう。暖かい場所が恋しいから」
「……ああ」
歩き出すアリアの後姿を見てリュウは不安げに頷いた。
「あ〜とうとう着いた、都市ミクレヌ!」
アリアは疲れたと言わんばかりに大きく伸びをした。
人々は余所者だと言わんばかりにアリアとリュウから数メートル距離を離す。そんな反応にはアリアも慣れていた。
ケレーム家に引き取られた時だってそうだった。周りの反感を買ってでもクリスはアリアを手放そうとはしなかったそうだ。そうクリスから聞いたときは罪悪感でいっぱいだった。
――そうよ、私は不幸を呼ぶ。関係してくる人間に対して
「さ、宿を探しましょっと」
「お気楽さんでいいね、お前は。俺なんて金が無いから無理だよ」
「じゃ、一泊支払う。それであの件は無しにしてくれる?」
「それは有難い」
にかっと歯を出して笑うリュウの姿は初々しくて新鮮味が溢れていた。まるで今まで笑った事が無かったかのように。
とりあえずアリアは大通りに面した外見の良い宿に入った。二人分の料金を支払って部屋に案内してもらう。
アリアとリュウの部屋はもちろん別々だが、隣同士ではあった。
「何かあったら来ていいから。ね?」
「ああ。たぶんお前が夜怖くて眠れないとか言って来るんじゃね?」
「し、失礼な!」
冗談を言いながらじゃれ合う二人。
だがはっとしてアリアは慌ててリュウから離れる。そして逃げるように部屋の中へと入っていった。
彼女の変な行動にリュウも首を傾げた。しかし大体の見当はついていた。
「……そりゃそうだよな。いきなり知り合って、異性ときた、おまけに冗談言いふらして信頼されるわけないよな」
自分から距離を置く彼女をリュウは気になって仕方が無かった。
夜になって、食事もルームサービスとして別料金を払ってでも別々で食べた。
一緒に食べたら心を許してしまったと認めてしまう事になる。それに、彼との関係は今きりなのだ。明日になればまた赤の他人となる。
寂しさを紛らわすようにアリアは黙々と食事を食べた。リュウも同じように。
――あんなに楽しく接する相手を失うのは惜しい。でも、私には彼と共にいる理由が無くなってしまう。だから……
フォークとナイフを置いて、口元を拭く。
制御しきれない変な自分の気持ちにアリアはもどかしかった。ベッドにうつ伏せに転がってアリアはシーツを握り締める。
もやもやした霧のような気持ちはみるみる膨らんでいく。
――私は……どうしたいの?どうすればいいの?
そんな風に自問自答しても答えは霧に阻まれて見えない。
一方のリュウもアリアの事を考えて眠れずにいた。
自分は今までこんな一人の人間に悩まされたりした事は無かった。なのに、アリアの存在は自分を悩ませ、別れを激しく拒絶するのだ。
もっと一緒に居たい。
彼女の事をもっと知りたい。
自分の彼女に関する欲望が溢れてきてリュウは頭をクシャクシャと掻いた。
明日、ここでアリアと別れればきっともう次に会う事は出来ないだろうとリュウは直感していた。あんなに心を無意識に開ける人間を失うのは辛い。
――この想いはきっと苦しめる事になるだろう。だから俺は潔くあいつのために別れてやらなければならないんだ……
一つ屋根の下で二人の想いは交差しながらもすれ違っていった。
それと同じように都市での夜も少しずつ確実に更けていった。