盗賊団を追われた少年
ケレーム家を出て早三日。
冬を思わせる冷たい風に逆らいながら、アリアは都市ミクレヌを目指して歩き続けていた。
風がアリアの行く先を阻む。それでもアリアは立ち止まることなく進んでいく。とにかく暖かい部屋のある宿へ行きたいと言う思いがアリアを動かしていた。
食料もあと一日で切れてしまう。そうなれば、王城へ行く事など叶わない。
――何とか今日中に都市へ行きたいんだけど……。
この強い風では今日も野宿になるだろう。何処か近道があれば話は別だが。
と、その時だった。急に近くの茂みから音が聞こえた。その音はアリアに近づいてくる。
とっさにアリアは防衛体制に入った。そして、茂みから影が出てきた瞬間懇親の力で影の頭を思いっきり蹴り倒した。影はその勢いで道端に倒れる。
が、影をもう一度見てアリアはあっと声を漏らした。
何と、茂みから出てきたのは人だったのだ。それもアリアと同じくらいの年頃の少年だった。風になびく金髪、男子の基準ではどちらかと言うと小さめの背丈、細った体。
アリアには貧弱なお坊ちゃんにしか見えなかった。だが、腰に提げてある弓と矢を見て目を瞠った。一体この少年は何者なのだろうか。
――とにかく、何処か休む場所を……。
軽く少年を抱えてアリアは歩き出した。
ちょうど近くに草原のような場所があったので、そこへ天幕を張った。その中に少年を寝かせるとアリアは毛布を少年にかけた。少年は安心したように眠っている。この様子ではしばらく起きないだろう。
「全く、私ってば考えなしに行動するから周りの人に迷惑をかけちゃって」
そう自分で言いつつも、少年を見つめるアリア。彼の正体が分からない限り、油断しているわけにはいかないのだ。
でも、自分が怪我を負わせた被害者でもあるのでとりあえず面倒は見るつもりだ。
と、無防備に見せられる綺麗な寝顔にアリアは一瞬ドキッとした。思わずアリアはそっと少年の頬を撫でる。
その途端、アリアの脳内にいろんな声や感情が流れ込んできた。周囲の皆から殴られる少年の姿、泣き叫ぶ子供、罵る母親、そして警察の罵声。ズタズタの心でここに現れ、気絶した少年。
――これはどうなっているの?
今まで見た事も感じた事もない世界にアリアは戸惑う。そして、次の瞬間には元の場所へ戻っていた。額には薄っすら汗が浮き出ている。
疲労感がアリアを襲う。
「一体、何が何なの……」
「それはこっちの台詞だっての」
突然発せられた言葉にアリアは硬直する。見ればさっきまで眠っていた少年が緑の目を開けてこちらを疑わしく見ている。
「茂みから出て何処か別の場所へ行こうとした時にいきなり蹴りはないだろう。つーか、お前見ない顔してるな」
「な、馴れ馴れしい口調で話さないで!私はケレーム家の養女、アリアよ」
「ケレーム家?ああ、四日前くらいにしきっていた人物が逝ったあの金持ち貴族の養女だって?冗談にも程があるぜ」
「冗談なんかじゃない!私は確かにケレーム家の養女よ!」
「じゃ、お前の親は誰だ?平民じゃないだろう、そんな所の養女に行けるなんて」
「それは……」
アリアは言葉を失った。まだ、真実だと分かっていない情報を明かしていいものか悪いものか迷っているのだ。
だがそれを察した少年はそれ以上その話に首を突っ込もうとはしなかった。話題を手際よく変える。
「で、お嬢様は一体一人で何処へ向かって行くつもりなわけ?」
「私は王様に会いに行く。ただ、それだけ」
「へえ……って王様だって?アポなしで会ってくれるとでも思ってるわけ?ちょっと常識なさすぎだよ、その考え」
「な、何であんたなんかにそんな事言われなくちゃならないのよ!それより、私は名乗ったんだから、あんたも名乗りなさいよ」
妙に少年は落ち着いた表情で話す。
「俺の名前はリュウ。元盗賊団のリーダーってとこだ」
彼の妙に落ち着いた声音にアリアは驚きを隠せなかった。
――何故、そんな風に落ち着いてそんな事が言えるの?
信じられなかった。
自分のそんな過去を取り乱さずに心から受け入れて言う人間をアリアは今まで見た事がなかった。何せケレーム家は跡取りが激しい。自分の薄汚れた過去を闇に隠す人間しかあの家には居なかったのだ。
「で、これからどうする気だ?」
「……とりあえず近くの町へ行くつもり。あんたは、宿でも取ればいい。とにかく、私には関わらない方がいいわよ」
そう吐き捨ててアリアは天幕を片付けにかかった。そのタイミングでリュウが呟く。
「面白い奴。いいだろう、近道案内してやるよ」




