養女
アリアはつい最近、クリスに自分がケレーム家の人間ではない事を聞かされた。子供の居なかったクリスのために知り合いが養女として送ったのだと。
だからこそ、アリアは母親でもないクリスの言う事をあまり聞きたくは無かった。
普通は母親が育てるべき存在を養女として送りつけた母親がとても悲しくて、憎かった。
―ここに私と同じ血を持つ人は誰も居ない・・・。
そう思うと、一緒に居てもとても遠いような感覚になる。
ケレーム家を大事にするクリス。彼女が家を守ろうとするのは分かる。だが、それのためだけに子供の未来を束縛するなんてあまりにも酷だ。
―所詮は人から貰った子供だもの。
後先なんてどうだっていいに違いない。
ならば、こんな家など捨てて出て行くだけだ。
アリアはそう決意し、クリスの部屋へと向かった。
ところが、クリスの部屋へ向かう途中メイド達が何やら慌しく廊下を走っていく。行く先はクリスの部屋だ。
何事かと思い、アリアはクリスの部屋の扉を開いた。
すると、目に飛び込んで来たのはベッドに苦しそうに横たわるクリスの姿だった。
「何・・・?どうなっているの?」
「あ、アリアお嬢様・・・。」
「実は、先程帰ってこられると同時に倒れ込まれまして・・・。」
「何ですって!?」
先程まで変わった様子を見せなかったクリス。別に風邪を引いたわけでもあるまい。
だが、彼女は今目の前で苦しんでいる。一体、クリスの身に何が起こったと言うのだろうか・・・。
「あ、私は水を汲んできますね。」
「私はタオルの用意を。」
そう言ってメイド達は再び慌しく動き始める。アリアは一人、クリスの傍で手を握っていた。
―ああ、懐かしい感じ。
赤子の頃の記憶はもう無いはずなのに、握った手が何かを憶えている様だ。
思い出そうとしても思い出す事は出来なかったが、それでも昔にこんな感じの事があったのだろうと薄々感じる事が出来た。
と、苦しそうにクリスが目を開けた。
「母様・・?」
昔からそう言っている言葉でクリスを呼ぶ。
「アリア・・・さっきは、ごめんなさい。少し、言い過ぎたわね・・・。」
「そんな事、気にしてません!」
「嘘、その件で・・・私の部屋に来た・・・つもりだったんでしょう?」
図星を言われてしまい、アリアは俯いて黙り込む。やはり、クリスにはアリアの考えている事などお見通しなのだろう。そう思うと、愛情が伝わって来るようだ。
そう、クリスはずっとアリアを本当の娘のように育ててきてくれた。そんなクリスを置いて出て行くなどそれこそ恩知らずだ。
自分が情けない考えを持っていた事が、恥ずかしくて仕方が無かった。
「母様、元気になったら林檎の収穫をしましょう。そして栗をふんだんに使った料理を食べましょう。」
「・・・そうね。元気に・・なれたらだけど。」
「・・・まるで治らないみたいな言い方をするのですね。」
「元々私は・・・持病があった、から。」
今まで一言も口にしなかった事をクリスは初めてアリアに伝えた。こんな事を言えば不安がるのは分かっていた。だからずっと秘密にしていたのだ。
気づかれないように薬を飲んだり、医者に診てもらったりするのはとても苦労した。
そこまでしてでも知られたくなかったのだ。
アリアの表情が悲しみに満ちていた。こんな顔を、させたくなかったのに・・・。
「何故・・、言ってくれなかったのですか。ここまで衰弱しきってまで!」
「・・・・・。」
何も言わずクリスは天井だけを見つめていた。今、アリアを見れば涙が零れる事は自分で分かっていたから。
メイド達が水とタオルを持ってきた。タオルを水で浸し、余分な水分を絞ったタオルをクリスの額にそっとのせる。冷たさが染みて気持ちがいい。
アリアはクリスの様子を見ていたが、ふいに立ち上がってふらふらとクリスの部屋を後にした。
―私は、馬鹿みたい・・・。
ぽたぽたと涙が落ちる。
厳しかったのも全て愛情だったのだとやっと気がつけた。
彼女がどれだけ自分に尽くしてくれたのかようやく理解する事が出来た。今まではただ知ろうともしなかった。
自分の行動を後悔した。あんな軽率な事を考えて、なんて自分勝手なのだろうか。
―もし、このまま母様が・・・。
もっとちゃんとしとけばよかった。
どんなに願っても時は戻ってくれない。既に過ぎし時間にアリアは泣き叫んだのである。




