割れた鏡
アリアはその場に座り込み、エリアが消えた光が射す天をただ見つめていた。
やがて、太陽の光が眩しく降り注いだ。生命が蘇り、何事も無かったかのようにまた動き始める。
全てが元通りになった。これで、世界の破滅は免れる事が出来たのだ。彼女の死によって。
「結局彼女を悪に染めてしまっていたのは私の存在だったのかも知れない……」
彼女は姉が悪に染まらないように自らに封じて犠牲となったのかも知れない。その本意をもう直接聞く事は出来ない。
世界がどんなに平和になっても彼女が還って来る事は無い。
命の儚さを実感した。
もう私には何も残されていない。皆、かけがえのない価値のあるモノは消えていった。残されたのは自分自身だけだ。この世界に生きていても苦痛なだけ。
誰も悲しまない。だからこれで安心して眠りに着ける――。
剣を手に取り、先を自らに向ける。そして胸へ目掛けて振り下ろそうとした時だった。
「おいおい、せっかく平和になったのにまだ死にたいと思うのか?」
聞き慣れた声。俄かには信じられなかった。
恐る恐る後ろを振り向けばそこにはリュウが立っていた。無論、霊なんかじゃない本物の。
エリアの短剣に刺された跡は全く残っていなかった。ただその部分の服が破れているだけだ。
「本当に、リュウなの?」
「ああ、こんな嘘誰がつくんだ?」
「……リュウ!」
迷わずアリアはリュウの胸に飛び込んだ。優しくリュウはアリアを抱きしめる。
再びこうやって抱きしめあえるなんて夢にも思っていなかった。アリアは泣きながらリュウの頬へ口付けをした。
そして満面の笑みを浮かべて言った。
「お帰りなさい、リュウ」
太陽の光が二人を祝福するように淡く輝いていた。
「殿下、宜しいのですか?」
「駄目なの?」
「いえ、お気持ちは分かりますが、貴方様じゃないとこの国の統治は出来ないかと」
「王家の血は途絶えない。途絶えさせるつもりは無い。ただ、政治などには一切私は手を付けない。……子供が産まれたらその子に全てを託すから、その時は任せましたよ」
「……仰せのままに」
アリアはそう言うと議会室を後にした。
あれから二人は一旦王城へと戻ってきた。全てが終わった事を皆に告げ、そして玉座には座らない事を宣言するために。
何とか議論で反対を押し退けて、世継ぎに託すという曖昧な約束で決着を付けた。後はここからエルフの里へ行くだけだ。それで、この旅は全て終わる。
旅装に着替えて、荷物を持つと門で待ち構えている相棒に笑顔で言った。
「何とか許しが出たわよ、さ、行きましょ」
「なあ、本当にこれで良かったのか?俺と一緒に居たいがために権力を捨ててしまって」
「いいのよ、権力なんて私には不似合いだし」
二人は手を繋いで歩き出す。
と、噴水近くに割れた鏡の破片が落ちていた。破片は太陽の光を反射して眩しい光を放っている。アリアはそれを拾い上げ、自分の姿を見つめた。
対のような容姿をした彼女を思い出す。
鏡は壊れた。もうエリアもアリアも過酷な運命に立ち向かわなくて済む。解放されたのだ。
アリアは青く澄んだ空を見て思った。どうか、エリアが今度こそ運命に翻弄されずに幸せに暮らせるように、と。
そして隣に居る大切な人を見た。
永遠に離れる事が無いように。決して離したくない。
それ程愛おしい人。
「ずっと、側に居てくれるよね?私を、一人にしないでね」
「ああ、約束するよ」
「破ったらもちろん承知しないわよ?相変わらずチカラはしっかり残ってるんだから」
「逆らったらどんだけ怖いかとっくに承知だっての」
こんな幸せな一時が、ずっと永遠に続いていきますように。
ようやくアリアに幸せの光が差し込んだように思えた。
割れた鏡は幸せの道筋を指し示すように太陽の光を浴びて輝く。
二人は強く手を握り合って、エルフの里へと歩き出したのである。
―終わり―