彼女は闇に
その頃、世界に異変が起こり始めていた。
太陽が黒く染まり、突然動植物がその場に倒れ込むようになったのだ。
人間もその場で喘ぎ苦しみ、倒れこむ。動物も倒れ、植物も枯れて散っていく。まるで、生気を奪われているかのように。
大地には背筋を凍らせるような風が吹き、荒れていく。
そんな異変がリュウ達の身にも襲った。
極寒の中、歩いていたリュウが突然その場に倒れ込んだ。異変に気付き、クリアがリュウに声を掛ける。
「どうしたの?」
「……体が、動かない」
「この気配、もしかしてあの二人……」
「それでも、行かなきゃならない」
リュウはなかなか言う事を聞かない体を何とか立ち上がらせ、ゆっくり進む。雪と風が行く手を阻むため、前へはなかなか進む事が出来ない。それでもリュウは諦めなかった。
ここで諦めてしまえばアリアは闇に完全に染まってしまう。そうすればこの世界は破滅してしまう。
奥歯を噛み締めてリュウは渾身の力で進んだ。
やがて、高い影が見えてきた。恐らくこの影こそが凍獄の塔なのだろう。
――アリア、今行くから
不思議と足が軽くなったような気がした。そのままリュウは積もる雪に足をとられつつも走り出す。
どうやらこの塔の周辺には世界の異変は全く無いらしい。つまり、強大なチカラによって何らかの結界が張ってあったのだ。
もしかすると、部外者をこれ以上傷つけぬようにとアリアが張ったのかも知れない。
塔の入り口へ入ろうとしたその時、頭上から一つの影が落ちてきた。その手には剣が握られていた。
リュウは何とか手前に飛んで避けた。
その影が僅かな明かりに照らされて正体を見せる。
信じられないその正体にリュウは目を大きく見開いた。後ろに居たクリアもはっと息を呑む。
紛れも無くアリアはリュウに剣先を向けていた。その目は以前の輝きを失っていた。
――どうなっているんだ、一体。邪悪に染まるのはエリアだけじゃ無かったのか……!
「貴様、何故あの結界を抜けてこられた。あれは一応人間を遠ざけるために張っておいたものなのに」
「……アリア、俺を忘れたのか?」
「馴れ馴れしく名前を呼ぶな!」
アリアがリュウに剣を突きつける。リュウも仕方なく弓を構える。正直、彼女に矢を射る事など出来ない。しかし、このまま暴走しているのを放っておくわけにもいかないのだ。
二人は互いに睨み合う。
こんな事、ありえない。今までずっとパートナーとして一緒に旅をしてきた仲間同士なのに敵として向かい合わなければならないなんて。
先に動いたのはアリアだった。上に跳躍して剣を上から振り下ろした。リュウは横へ避ける。だが、僅かに剣先が引っ掛かって頬から血が出る。
構え直してリュウが矢を射る。華麗な動きでアリアはその一本一本をかわしていく。
「ちくしょう!」
リュウは真上へ十数本の矢を同時に射た。矢は頭上で方向を下へ変え、雨のようにアリアへ降り注ぐ。
腕や、足に切り傷が出来る。アリアはその場にしゃがみ込んだ。そしてリュウを忌々しげに強く睨みつける。
「弓の腕を侮ってはいけないらしいな」
「俺は一応弓使いとしての称号も持っているし、里の仲間の中では一番の腕だったんだ。当然に決まってる」
二人は再び睨み合う。
だが、リュウは表情を変えてとても悲しげにアリアを見た。
アリアの目が見開かれる。何処か、懐かしいような気がした。だが、再びリュウを睨む。
もう、アリアは完全に闇へ呑み込まれてしまったのだろうか。もう、声も届かないのだろうか。
この世界の破滅を何とか防ごうと必死だったアリア。そして弱々しく自分を必要としてくれたアリア。思い出にある全てのアリアが目の前のアリアと重なる。
――もし俺が彼女だったら……
「手加減は無用だ。行くぞ」
アリアが剣を突き出す。リュウは腰に閉まってあった野営用の短剣を取り出し、アリアの後ろに回り込み首に短剣を突きつけた。
信じられないようにアリアは後ろに居るリュウを見た。さっきより殺気が増している。
「お前が言ったとおり手加減なしでやらせてもらう。いいな」
世界のため。そして、彼女自身のために。
リュウは短剣を振り下ろした。