この命さえも
「ちくしょうっ!」
リュウは道の真ん中に座り込んで、地面に拳を叩きつけた。
頭の中ではさっきの出来事が鮮やかに残っていた。
目の前でアリアが攫われてしまった。それを黙ってみているしか無かった自分が不甲斐なくて情けなかった。
助け出さなければと思った。でも、一瞬の出来事すぎて体が上手く脳の判断に対応し切れなかったのだ。見事に掻っ攫われてしまった。
一方クリアの方も相手が黒の精霊、つまりエリアの精霊だと分かっていて手出しする事が出来なかった事を後悔していた。そのために主人はエリアに攫われてしまったのだから。
しばらくリュウは後悔をしていた。だが、それだけでは何も始まらないと思い、立ち上がる。
「行こう、目的地へ。北の地方にあると言う、凍獄の塔へ」
「当然です。主人は必ず私が助けます。貴方に、いやハーフエルフと言えどチカラの無い貴方が我が主人を助けられるわけが無いでしょう」
「調子に乗った事を。黙ってみているのは御免だぜ。一応俺はあいつが……」
「知っています」
きっぱりと言われてリュウは後ずさりする。まさか精霊がそんな恋心を悟っていたとは思っても無かったからだ。
精霊はキョトンとしてリュウを見ていた。その視線でリュウは我に返る。
「きっと我が主人も同じ想いだと我は思います。貴方を愛しているからこその行動、あれはきっと主人自身に秘められたチカラによるもの」
「どういう意味だ」
「……それは直接我が主人に聞いて下さい。恐らく、言いたがろうとはしないと思いますが」
ギルでの出来事を指しているのだろうとリュウは感じた。確かにあの時の彼女はとても遠いように思った。あんなに必死で隠している事が何なのか気にならないと言えば嘘になる。
――やっぱり、問い詰めておくべきだったかも知れないな
後悔先に立たず。まさにそれだ。
だけど、後悔しているだけでは何も変わらない。どうしようがアリアが攫われてしまった事は変えようの無い事実。
相手がエリアならばもしかすると殺されてしまうかも知れない。だとしたらこんな所でのんびり構えている時間も無いはずだ。
リュウは弓をしまい、歩き出す。クリアはその横に羽根を羽ばたかせて飛ぶ。
不安と焦りが次第に足を早くする。
一刻も早く、彼女の元へ。
そんな様子を見ていたクリアはリュウに問う。
「我が主人は幸せものです。貴方にこれ程強く愛されているなんて」
「そう言うお前はどうなんだ?お前だって心を持っているんだ。精霊同士で恋に堕ちた事は無いのか?」
「私は主人と出会うまでずっと一人ぼっちで封印されていたんですから。主人のお陰で外の世界に出る事が出来たのです。彼女には本当に感謝してもし尽くせないほどです」
辛い思い出を笑顔で語るクリアの健気さにリュウは心を打たれた。
精霊でもこんな悲しい運命を背負う事だってある。どんな生き物にだって儚い定めなどいくらでもある。今更、そんな事がおかしいと思えるのもおかしい。
彼女に出会うまで心はぼろぼろだった。
ハーフエルフの血がどれだけ憎かったことか。だからこそ耳を隠し、普通の人間として生活していた。
これで本当に人間がエルフと心を通わせる事が出来るのかとずっと思っていた。
そして転機が訪れた。それが彼女との出会いだ。彼女の存在そのものがリュウにとっては心の支えだった。希望の光だった。
自分が正体を明かしても決して疎む事をしなかった。むしろ、受け入れてくれた。エルフ達の心も全部アリアが変えたのだ。
そんな彼女が……好きだ。
「俺は」
アリアの笑顔を思い出す。明るくて直向な愛らしい笑顔を。まるで太陽の微笑みだ。
「俺は、彼女のためならこの命を投げ出しても構わない。それ程彼女が愛しい。だから必ずこの手で守って見せる」
ぎゅっとリュウは拳を握り締めた。
その強い思いにクリアは心を動かされた。そしてふっと柔らかく笑った。
「貴方のその気持ちは言葉で我が主人に伝えて下さい。それが……彼女にとって一番の幸せであるでしょう」
「……ああ」
旅が終われば、エリアを救う事が出来れば今度こそ二人の関係は途切れる事になる。
それまでに、この想いだけでも伝えなければ……。
クリアはリュウに伝える事が出来なかった。精霊である彼女にも当然、アリアの視た未来など知っていた。だけど彼に言うのはあまりにも酷で言い出せなかった。
アリアの消滅への歯車はゆっくり、しかし確実に動き始めていたのである。