先に視えるもの
エルフの里を出て二日目にギルへ辿り着いた。食料も丁度底を着いたので、店で買い足す。
その間、アリアは寒気に襲われていた。まだこの地では北風が吹くことも無く、凍えるほどの気候ではない。なのに寒気がして仕方が無いのだ。
頭も痛い。とにかく、何処かで横になりたかった。
アリアの異変に気が付いたのかリュウが心配そうに声をかける。
「大丈夫か?顔色がちょっと悪いぞ」
「……ちょっと、早めに宿に行きたい」
「分かった」
アリアを気遣い、リュウは早めに宿を取った。部屋に案内され、アリアはベッドにすぐ倒れるように横たわった。
自然と呼吸が荒くなっていた。さっきまで寒気がしていたのに今は顔が火照ったかのように熱い。
リュウがアリアの額に手を触れる。
まるで熱した鉄板のように熱かった。
「お前、熱があるじゃないか!一体いつから調子が悪かった!」
「……ギルに着く一日前位から少しずつ」
「もっと早く言えよ!肝心な事言わなかったら大変な目にあうのは自分自身だって分かってるだろ!」
「心配…かけたく無かったんだよ」
会話する事も辛い。アリアは目を閉じる。
不思議と睡魔がアリアを激しく襲った。どうやら、疲れもあるらしい。
身を委ねるようにしてアリアは眠りに着いた。
夢の中でアリアは雨の降る大地に立っていた。体も服もぼろぼろの姿で。
「全ての命が消えてしまった。その罪は重罪。決して許されない罪。神への反逆。だからこそ、この命に懸けても……」
両手を天に差し伸べる。すると、柔らかな光がアリアに降り注ぐ。
彼女から光の粒子が剥離していく。だんだんアリアの姿が薄れていく。
――私、消えてしまうの?
その光景を見つめるアリアはただ立ち尽くしていた。
「待ってアリア!」
その声に振り向くと、そこにはエリアの姿があった。彼女の服は血で赤く染められていた。思わずアリアは息を呑んでしまった。
エリアは光に包まれるアリアに必死で訴えた。
「何故、アリアが命を捨てて罪を償わなければならないの!全ては私のせいで……!」
「エリア、私は罪のためではない、この世に生きていた全ての人のために全てを捧げるのよ。……愛する人のためにも、ね」
その言葉にエリアは何も言えなかった。
アリアの愛する人を殺したのはエリア以外の他ならなかった。だからこそ、アリアに恨まれると思っていた。
だが、彼女は恨む事もせず純粋に命を捧げようとしているのだ。
エリアの頬から涙が滴り落ちる。双子だった故に引き起こしたこの悲劇。全て、全ては神の意図のせいでこのような事になったのだ。命を捧げなければならないのは本来なら天空に存在する神だ。アリアには何も罪など無い。
更にアリアの姿が薄くなった。もうほとんど周りの景色に溶け込んでしまっている。
必死にエリアは手を伸ばした。でも、アリアはその手を掴む事は無かった。そっと目を閉じて、静かに消え去っていった。
それとほぼ同時に空が晴れ渡り、光が光臨した。全ての生き物に生命が戻り、何事も無かったかのように活動を始める。
エリアは力が抜けたようにその場に崩れ落ちた。そして、落ちていた刃を手に取り、自分の胸に突き刺した――。
気が付けば、アリアは目から涙を零していた。
それに気が付いたリュウが目を見開く。
「ど、どうしたんだよ?もう大丈夫なのか?」
「……体のほうは平気みたい。でも、心は痛い――」
あれは完全に前世の映像ではなかった。つまり、あれはこれから起こる未来を示しているのだ。
やはりあのような悲劇が起こってしまうのだ。そして自分はそのために……。
目の前に居るリュウの姿が涙で滲む。
「リュウ!」
アリアはリュウの胸に飛びついた。そして子供のように泣きじゃくり始めた。リュウはただ何も聞こうとせず抱きしめていてくれた。
あの地へ行けば、悲劇が起こるだけでなく、自分も消滅してしまう。そうすればリュウにはもう二度と会うことが出来ないのだ。
この温もりを手放したくない。ずっと、ずっと側に居たい。
そんな高からぬ願いが叶わないなんて、あまりにも残酷だ。
このまま、時が止まってしまえば、どんなに幸せで居られるだろうか。
これから起こる未来にアリアはただ泣きじゃくる事しか出来なかった。