エルフの里
霧が深い森の中をアリアは歩いていた。
あれからもうすぐ半日が経とうとしていた。恐らく連中がこの奥に潜伏しているのは雰囲気的に感じていた。
でもこの霧のせいで今ここが何処なのかさっぱり分からない。一応道があるからその先へ進んでいるはずなのだが。
人が住んでいる気配も無い。いや、生き物の気配は全く感じない。
見えるのは足元の植物と霧だけだ。
――このまま進んでもいいとは言えないわね
アリアは立ち止まった。これだけ歩いているのに全然周りの風景が変わらないのだ。さすがに不信を抱く。
歩くのは得策ではないと分かっていても、ここからどうすればいいのかアリアには全く分からなかった。リュウならこういう時どうするのだろうか。
ここで何もせずにじっとしている訳には行かない。
何か、何か方法があるはずだ。
と、その時目の前に小さな空気の渦が現れた。それが弾けて白い精霊が中から現れた。
「我が主人よ、困っているように見えますが」
「見えるじゃなくて、真剣に困っているのよ。リュウが攫われたからここまで追ってきたのはいいけどここからどうすればいいか分からないから」
すると何が可笑しいのか精霊は声を上げて笑い出した。それが馬鹿にしているように思えてアリアはむっと精霊を睨む。
アリアの視線に気付いて慌てて精霊は笑うのを止めた。
「貴方は本当に分かっていませんね。一応貴方も王家の血筋を引いているのです。そして精霊と契約を交わしている。つまりそれはかなり強大なチカラを秘めている証拠」
「そうか、エリアに魔法が使えるならば私も使えるって事ね」
「その通りです。さあ、自力でこの霧を晴らして下さい」
そう言われてアリアは固まった。
前に一度自分のチカラが暴走した事はあったが、自らの意思でチカラを使うのはこれが初めてだからだ。
チカラをどうやって使えばいいのかアリアには分からなかった。
そんな様子を見た精霊ははあっとため息を着いた。一から全て記憶が忘れ去られているのだ。前世のときは、もっと……。
面倒くさいように精霊は不機嫌にアリアを見つめて、両手を空に差し出した。すると、そこから空気が渦巻き始める。それはみるみる膨らんでいき、大きな竜巻のように変化した。
その竜巻を精霊は両手を広げて解き放つ。竜巻は白い世界を薙ぎ払い、周りの景色を露にさせて消え去った。
――凄い、あれもチカラで生み出されたものなのね。さすがは精霊だわ
精霊はちゃんと見ていたかと言わんばかりにアリアを見下す。一応精霊の主はアリアな訳で本来ならアリアが見下すべきなのだが。
別にアリアはそんな事気にしていなかった。
「やっと視界が開けたって感じね」
精霊から目を逸らし、アリアは変わった周りの景色を眺める。そこは緑の生い茂る美しい森だった。
何処かから水が流れる音がし、空気も澄んでいる。野生で最近絶滅危機にある動物までもが自然と共存していた。こんな森があるなんてアリアは聞いたことがない。
あまりにも素晴らしい。まるでこの世の世界では無いようだ。
アリアの考えを察したのか精霊は説明した。
「ここは人の手から守られた神聖なる自然の森。ここはずっと人間に知れないようにひっそりと霧に隠れて存在していた。干渉する事によって自然が破壊されないように」
干渉と言う言葉でアリアは分かった。
「エルフが守ってきたのね」
「ええ。そして彼らの本拠地はあそこ」
精霊が指す方向を見ると、切り取られたような崖の上に集落のようなものが見えた。あれが、エルフ達の住んでいる場所なのだ。恐らく、連れ去られたリュウもあの中に居るだろう。
歩き出そうとした時、精霊はアリアに告げた。
「彼はここに貴方が来る事を望んでいなかった。それにはきっと理由があるはず。くれぐれも注意を怠ってはなりません」
「ええ。いざと言う時は貴方にお願いしたいんだけど」
「……御意。我を呼ぶときは我が名を叫んで下さい」
「名前?私、貴方の名前なんて聞いていない……」
次の瞬間、精霊の姿は消え失せていた。肝心な所で逃げていくとんでもない精霊だ。
――……まあ、何とかなるわよ
そう思い、アリアはエルフの里へ向かって歩き出した。