襲撃と共に
次の街への旅路は順調に進んでいた。
途中で道が塞がれる事も無く、天候にも恵まれて二日目にして残り十数キロの地点まで辿り着く事が出来た。これなら明日には次の街ギルに着く事が出来るだろう。
それでも一応急ぐ旅なので休憩も最小限にして進んでいた。
さすがに体が苦痛を訴えてきたので、近くの茂みで休息を取ることにした。今、時間で言えばお茶の時間ぐらいだろうか。
「ああ、青空が綺麗……」
茂みに寝転がって、空を見たアリアは感嘆の声を漏らした。リュウも空を見上げて澄んだ空に見惚れる。
こういう自然のものを見ると、心が和らぐ。嫌な事があってもすぐに吹き飛んでしまう。そんな不思議なチカラが自然にはあるのだ。
大いなるこの大地、自然を噛み締めてアリアは自分の運命を憎んだ。
ゆっくり深呼吸して、勢い良くアリアは立ち上がった。リュウにも目で合図を送る。出発だ。
下ろした荷物を再び持って、行くべき道を歩き出そうとした時だった。
突然何も予告無しに黒の衣を纏った集団が現れた。数は二十人位だろうか。少なくとも城の兵士ではない事は分かった。だが、この者達が何か企んでいる事も同時に悟った。
手には短剣が握られていた。二人は背中を庇い合う様にして立ち、武器を取り出す。
「貴様等、一体何者だ」
「我らは人ではない。それ以上は何も言えぬ。そこのハーフエルフは連れて行かせてもらうぞ」
「ふざけるな!」
リュウが矢を連射する。数名の肩に命中し、矢が刺さった者はその場に蹲る。
様子が少しおかしいのでアリアはリュウがこの者達の正体を知っていると確信した。
元々、エルフは人との干渉を避ける者。むやみに人の世界で暮らしていてはならないのだと思う。その理由は謎だが。
集団がアリアなど構わずにリュウへ襲い掛かる。
アリアが後ろから剣を薙いだ。背中に傷を負った者は倒れる。それでも中心で襲われているリュウにはとても近寄れそうにない。
――リュウ!
剣をその場に捨てて、アリアは集団の隙間を掻い潜って中心へ向かう。
無我夢中で人並みを押し退けてアリアは中心へ辿り着く。そこには弓を持ったまま傷だらけで倒れているリュウの姿があった。
全身から血の気が引いていくような気がした。眩暈がアリアを襲う。
震える声でアリアはリュウに呼びかけた。
「……リュウ」
「お前は先に行け。お前には使命があるんだから」
「そんな、リュウを置いていくなんて」
「こいつ等が元々狙っていたのは俺だ。お前には関係無い」
集団の一人がリュウの二の腕を強く掴み、無理やり立ち上がらせた。アリアは抵抗しようとその者の背中を拳で叩いた。でも、びくともしなかった。
アリアは全く相手にされず、集団はリュウを連れ去っていった。
残ったのはアリアと二人の荷物だけだった。
――私、何もしてあげられなかった
救う事が出来なかった。
彼を救う事が出来なかった自分にエリアを救う事なんて出来るのだろうか。
リュウが居なくなってしまったアリアの心はぽっかりと穴が空いていた。そこだけ抜き取られたかのように冷たい風が吹き抜ける。
そして初めてアリアは感じた。リュウの存在は心の大半を占めていたことを。
彼が居る事で仲間が増えた。一人じゃなくなった。孤独も悲しみも彼が居たから乗り越えられた。そう、彼が居なかったら恐らく自分はここに居なかったのだ。こうしてエリアを救うために北の地方へ向かおうとしていなかったかも知れない。
運命を共に背負う事によってアリアはリュウに共感を抱いていたのだ。自分と同じ存在だと。
でも違った。
彼は自分のためなら自らを犠牲にしてまで行けと言った。自分はそんな事、リュウには言えない。
本当はただの弱いお嬢様にしか過ぎないのだ。
ようやく本当の自分を目の当たりにしてリュウがどれ程必要で失くせば何もかも崩れ去ってしまう事を認識した。
――私にはリュウが必要なのよ。貴方が居なくて旅をするなんて何も意味を持たないんだもの
集団が去って行った方角を睨みつけ、アリアは立ち上がった。さっき放り投げた剣を拾って鞘に納める。
二人分の荷物を持って、アリアはギルへ向かう道とは違う東へ行く道を選択して走り出した。