全ては国のため
予言の双子。
それは、ユリア国の王城に勤める巫女が言ったことだ。
「王族が双子を産んではなりませぬ。産めば母は必ず助かりませぬ。そして、双子はどちらかが悪にどちらかが光に染まるでしょう。一緒に居れば光も悪に染まり、この国は破滅します。」
医者からは双子ではないとずっと聞かされていた。なのに、生まれたのは双子。それも、国を揺るがす運命の双子だったのだ。
王は白髪の赤子を抱き上げた。赤子は安心しきってすやすやと眠っている。
もう一人の黒髪の赤子は紅色の瞳で王を見つめた。その途端、王の表情が恐怖に変わった。
―この子は・・・。
黒髪の赤子は王を見つめているというより、眉を顰めて睨みつけている様だった。
思わず王は赤子を抱いたまま後ろへ引き下がる。黒髪の赤子が小さな手を宙に伸ばす。まるで、逃げないように掴もうとしているように。
「うわああっ!」
白髪の赤子が王の叫びで目を開ける。青紫の瞳がどうしたのかと問うているようだ。
王の体はガクガクと震えていた。黒髪の赤子を手放すように一歩一歩引き下がっていく。王は、黒髪の赤子を拒絶したのだ。
医者が王を支え、王妃の部屋から出て行った。黒髪の赤子を置き去りにして。
やがて、黒髪の赤子の泣き声が部屋に響いた。
「あの子だ。あの子が悪に染まる片割れだ・・・。」
自室に戻った王はそう何回も言った。白髪の赤子をしっかり腕に抱き締めて。
王はもう既に決意していた。
あの子を、黒髪の赤子を地方へ送ろうと。
当てはあった。王位を退いた王のいとこに当たる地方貴族、ケレーム家の統括者クリス。
彼女はなかなか子供が出来ず、最愛の夫も去年他界した。子供が欲しいとずっと言っていた彼女なら受け入れてくれるだろう・・・。
「すまぬ。急いでケレーム家に使いを出しておくれ。クリスにここへ来てもらうように。」
「かしこまりました、王様。」
王の命令通り、一人の従者が馬に乗ってケレーム家へ使いに向かった。
気がつけば白髪の赤子は王をじっと不安そうに見つめていた。もしかすると、自分が手放されると思っているのかも知れない。
そっと王は赤子に微笑んだ。赤子はそれで安心したのか再び目を閉じ、眠りだした。その寝顔に王は心が引き裂かれそうな思いだった。
―こんな運命を知った時、この子はどうするだろうか。もう一人の姉妹を求めるのだろうか。
空は生憎曇っていた。
王妃を失った憎しみ。これは、今城にいる誰にもこの感情は分からないだろう。
運命に呑み込まれるように消えていったアレイシア。
この子達が悪くないことは分かっている。でも、分かっていても憎くて憎くて仕方が無かった。
「神よ・・・、我らに光を。そして悪を打ち消してくだされ・・・!」
天に向かって王は請うた。
それから三日後、ケレーム家からクリスがやって来た。
クリスは見事な長い黒髪を髪飾りで束ね、丸い緑の瞳は若々しさを表現している。小柄な体格は女らしさを強調している。
城に着くなりクリスは王に堂々と告げた。
「どういう事です?いきなり私を呼び寄せて念願の子供をやろうとは。」
「言葉のとおりだ。一人を養子に出そうと言っておる。ただ、それだけだ。」
「あなたはいつもそう。自分の都合いいときだけそんな風に言うわね。何か企みがあるんじゃないの?」
「企みなどない。」
王を疑いつつも、クリスは黒髪の赤子のいる部屋へ入った。
王妃の遺体は地下にガラスの棺に入れて保管してある。別れる決意が出来るまで彼女はしばらくそこに眠り続ける。
一方黒髪の赤子のほうはクリスを見た途端、手を宙に伸ばした。クリスは赤子の小さな手を優しく握った。すると、赤子が笑い出した。どうやら嬉しかったらしい。
クリスは黒髪の赤子を抱き上げると王にもう一度聞いた。
「本当に子供を貰ってもいいの?」
「ああ、大切に可愛がってやるといい・・・。」
王の消極的な台詞にクリスはとうとう怒った。
「あなたね、この子は王妃様との大事な子供なのでしょう?自分で育てようという気は無いの?この子が一番辛いじゃない!」
「私にその子は要らないのだ!その子はこの国に災いが降りかかる運命の子なのだ!全てはこの国のためだ!」
「親なら国を捨ててでも普通は愛してあげるものだと思うわ!あなたにこの子の親は務まらない!何が災いよ!あなたの子の方が災いを呼びそうね、きっと。」
「ならば、今に見ておくがいい。」
「ええ、時を待つわ。必ずこの子が悪に染まらないことをいずれ証明する。」
そう言ってクリスは黒髪の赤子を大事に抱えて城を後にした。
―全てはこの国のため。そのためにはやはり、こうしなければならなかったのだ・・・!
王ははらはらと涙をこぼした。