溢れる感情
リュウは疲れ果てて用意された部屋のベッドに倒れ込んだ。そして仰向けになる。
城に来て、真実を聞かされたリュウの内心は正直困惑状態にあった。
こんな運命を抱えていたと言うのに無邪気で明るいアリアの姿はまるで太陽そのもののようだ。なかなか本心を見せようとしない所が彼女の難点だ。
――別に俺はあいつの支えにもなれてないし、当然なのかも知れないが
自分の過去よりも更に過酷な運命を持つ彼女。そんな彼女の支えが自分でありたいと言う願いが今日のうちに込み上げてきたのだ。
彼女のパートナーとして旅している時間はまだ一週間と少しだ。それなのに、もう何年も前からの付き合いのように接する事が出来る仲にまで二人は発展している(でも本心はなかなか見せてくれないのだが)。だからこそ、自分を必要として欲しいと思ってしまうのだ。
自分の甘い考えにリュウは呆れてため息を着いた。
結局あの時の口付けも全く覚えていないようだ。それに、自分の気持ちもまだ……。
「ああ、くそ」
頭を掻きながらリュウはごろごろとベッドの上で寝返りをうった。
と、急に戸がノックされた。それとほぼ同時に扉が開く。
そこに立っていたのは寝間着姿のアリアだった。ピンクのレースをふんだんに使用した寝間着はまるで貴族の普段着みたいだった。
女の子らしい姿にリュウの心臓も甘い音を立てる。
黒い髪を垂らしているアリアは大人っぽく感じた。眠そうな瞳でリュウに訴える。
「ごめん、側にリュウが居ないと不安だから、ここで寝ていい?」
「……そうしたいならそうすれば」
「有難う」
一人ではあまりにも広すぎたベッドの中にアリアは躊躇無く潜り込む。リュウに背を向けたままで寝る体制に入る。
月明かりに照らされ、艶が光る髪をリュウはそっと撫でる。びくっと小さくアリアの体が震えた。自分を意識している証拠だ。
リュウは再び仰向けになって、アリアに問いかけた。
「俺達出会ってからまだ一週間なんだな」
「ええ。でも、とてもそうには思えないわ。まるで前世から縁が繋がっているみたいにね」
アリアの言葉にリュウはああと納得する。最初に会ったときから懐かしい感じはしていた。これはもしかすると前世の記憶なのかも知れない。
ならば、ここにこうして一緒に居られるのも前世からの縁のお陰なのかも知れない。リュウは自分の前世に少し感謝した。
だが、それと同時に少し自分の前世を恨んだ。
知らず知らず手に力がこもっていた。難しい顔をしていたのかアリアが顔色を窺う。
「大丈夫?」
「ああ、平気だ」
素っ気無く返答してしまい、しまったと後悔する。
最近、アリアを見ると心臓が飛び跳ねて仕方が無い。
出会った時のあの想いよりも今のほうが苦しくて、苦しくて仕方が無かった。
するとアリアは自らリュウの手を握った。
「私、不安なの。下手したらリュウにもう会えないような気がして。ここに来てからエリアの魔法の影響か胸騒ぎが時々するの」
「大丈夫だ。一応俺は普通の人間じゃ無いんだから」
「そうやって私を安心させてくれるのは嬉しいんだけど……」
彼女にとって、優しすぎる彼の態度は正直辛かった。自分のために気遣いをかけてしまっていると思うと謝りたくて仕方が無いからだ。
そういう事はもう無しにしようと言いたくても、アリアは言えなかった。
窓から見える闇にはぽっかりと明るい月が浮かんでいる。月はまるでアリアを呼んでいるかのように時折金色に輝く。月の光は決して闇とは溶け込まない。
――私とエリアはやはり同じ気持ちにはなれないのかしら……
アリアは窓から視線を逸らし、そっと瞼を閉じた。それと同時に意識が遠くなっていく。
「リュウ……」
微かな声でアリアは言った。
「私を、一人にしないでね……」
それからアリアは眠りに着いた。規則正しい寝息がリュウの耳に届く。
もう彼女には聞こえないと分かっていたが、リュウは静かに呟いた。
「当たり前だ。一人になんてさせない。お前は、俺が守ってやる」
アリアの温もりを近くに感じながらリュウも深い眠りに着いた。月は一晩中明るく二人の姿を見守っていた。