帰還
「ここが、王城……」
あまりにも廃れた城の姿にアリアは落胆を隠せなかった。
人も痩せ細って、まるでここで飢饉でもあったかのように人々は苦しんでいた。
見回りの兵士も居ないため、二人は恐る恐る王城へと足を踏み入れた。
中にも植物の蔦が生え、もう何年も手入れされていないように感じる。大きな廊下には足音が響くだけだ。あまりにも静か過ぎる。
もしかすると、エリアの罠なのかも知れない。二人はいつでも武器を取り出せるように身構えながら進む。
見事に衰退している城の姿にアリアは複雑な心境だった。やはりここに来るべきではなかったのだろうかと少し後悔する。
生きている人の気配は全く感じ取れない。
「一体、ここで何が起こったんだ?」
「分からない。でも、これだけ衰えていると言う事はやっぱりあの子の仕業だと思う」
「……もうここには何も残ってなさそうだ。俺達の行動は読まれていたらしいな」
「でしょうね。魔方陣が発動したときからエリアはきっと自分を追って来る事を感付いてた訳ね。だから何処かへ身を隠した」
「結局無駄足だった訳か」
がっくりとリュウが肩を下ろす。アリアもせっかくここまでやって来たのにと舌打ちをする。
こうなってしまえば彼女が何処へ行ったか分からない。足取りも無いならアリアも追う手段が無いのだ。何か、行き先を示すような物があればいいのだが。
と、急に人の足音が聞こえ始めた。さっと二人は柱の影に隠れる。足音はどんどんこちらへ近づいてくる。
――もしかして、城の者がまだ生きているの?
アリアに希望の光が見えた。その予想は的中し、現れたのはメイド二人だった。手には少し大きめな荷物を抱えている。
隠れたまま、アリアは二人の会話に耳を傾けた。
メイドの二人はアリアの気配に気付かずに話している。
「全く、王様はあれ程自信ありげにあの姫をヒカリだと思っていたのに。彼女はやはりヤミだったのね。我々の受けた被害は大きいわよ」
「王様と私達の仲間の命を奪って、本当に悪魔みたいな姫ね。あの地へ送られたならこれでもう安心かしら。後はヒカリがこの世界を救ってくれるのを待つだけ」
「ええ、まだ道は続いているわ」
「そう、アリア姫様が生きている限りね」
「その話、ゆっくり聞かせてもらえないかしら」
柱の影からアリアはメイド達に姿を現した。メイド達は突然の事に驚きを隠せなかった。
リュウも隠れる心配は無いと判断したのか影から出てくる。
一人のメイドははらはらと涙を零した。もう一人は泣きこそしていないが目が潤んでいる。そしてメイド達はアリアの前に跪いた。
突然の行動にアリアは戸惑う。しかし、メイド達は懇願の眼差しを向けアリアに言葉をかける。
「よくぞ、ここへ戻ってくれました、アリア様」
「我々はずっとずっと貴方様がここへ来る事を待っていたのです。そして邪悪な片割れを消滅させてくれると信じていたのです」
「さあ、こちらへ。まずは……亡き王様に帰還をお知らせ下さい」
何も言わずにアリアはただ頷いた。リュウは黙って彼女の決断に従う。
メイド達に案内され、着いたのは地下室だった。地下室は外の気温に比べ、あまりにも冷え切っていた。それに薄暗く、あまり良さそうな雰囲気が漂っていない。だが、アリアは躊躇する事無く中へ入った。
そこには一つの棺が安置されていた。豪華な装飾品がしてあるのでこれが王の棺だとすぐに分かった。アリアはそっと棺の蓋を開けた。
中から出てきたのは白い顔をした老人の姿だった。……この人物こそがアリアの実の父親であり、この国の王だった者だ。
冷たい手をアリアはぎゅっと握った。そうすれば生気が宿るような気がした。でも、消えた命が返る事は無い。
目から涙が零れ落ちる。やっと、やっと父親に会う事が出来たのに、話も出来ず姿を見せる事も出来なかった事があまりにも悔しかった。もう少し、もう少し早くここへ来れば会えていたはずなのに。
震える、小さな声でアリアは言った。
「只今、還って来ました、父上」