策略
その頃、王城では大変な騒ぎになっていた。
とある噂が城内にも、城下町にも流れていたのだ。その内容は、王はエリア王女によって命を落としたというものだった。
王と同じくエリアが幸福の片割れだと思っていた皆は混乱した。
今王が居ないこの国の後継者はやはりエリアだ。しかし、そんな噂のせいで評議がなかなか終わらない。玉座が危ぶまれているのだ。
誰もが驚きと不安を隠せない中で、エリアはただ一人のんびりしていた。別にそんな噂など気にしていないようだ。
だが、最近は侍女も怯えて言う事を聞かない。それどころかあまり関わりたくないと言わんばかりに遠巻きにしているのだ。彼女達の態度にエリアは鬱陶しく感じていた。
――少し遊んでやろうかしら
エリアは侍女に声をかける。
「そこの者」
「ひっ。な、何でしょうか?」
その声は恐怖に満ちて強張っている。そんな表情にエリアは思わず吹き出しそうになる。
「ハーブティーを入れて頂戴。あ、種類はダージリンでね」
「かしこまりました……」
逃げるように慌てて出て行った侍女を見送ってエリアはくすくすと笑った。
――あんな価値の無い駒は利用して捨てるがオチかも
自分の望みを叶える為なら手段を厭わないエリアはまたもや何か企んでいる様だった。
しばらくして先程の侍女がティーセットを持ってやって来た。丸いテーブルにそれを置くとコップに紅茶を注ぐ。甘い香りが部屋に漂う。
優雅にエリアはそれを一口飲んだ。そしてにこやかに言う。
「今日はとても美味しいのね。何か入れたのかしら?」
「い、いいえ何も入れていませんが?」
「そう?とても甘くて……」
言葉がふいに途切れ、エリアは激しく咳き込む。血がポタポタと垂れる。突然の異変に侍女は慌てる。
すぐにハンカチを取り出してエリアの口元に付いている血を拭く。しかし、エリアの口から出血は止まらない。
と、エリアが口を押さえていた手を離す。そして、にんまりと笑って見せた。
侍女の表情が恐怖に溢れる。
「私の演技に付き合ってくれてどうも有難う。さよなら」
「……っ!」
次の瞬間、侍女の姿は黒い魔方陣に消え失せていた。主人の血で描かれた魔方陣によって呼び出された精霊は不機嫌そうにエリアを睨む。
エリアは汚れた口元を袖で拭く。こうすれば誰かがこれに気が付く。
黒の精霊はエリアの意図を察し、こう告げた。
「彼女とて運命を握る一人。なかなか貴方の思い通りに行くとも限らないだろう。それでも、こうするのか?」
「これは私が決めた事。お前が口出しする事では無いわ。アリアは私の掌で遊んでいるのよ。これからもずっとね」
「……本当は逃げているだけだろう、自分の宿命と彼女の真実を」
「五月蝿い!早く消えなさい!」
怒声を浴びた精霊は怯えて姿を消した。残ったのはエリアただ一人だ。
そこへタイミング良く家臣がやって来た。袖口の血に気が付いて、後ずさりする。
エリアはその反応をずっと待っていたのだ。
家臣は怯えながらも必死の大きな声で城中の皆に叫んだ。
「え、エリア姫を獄へ繋げ!」
それと共に沢山の兵士がエリアに剣を向けた。エリアは抵抗することなく、獄へと大人しく閉じ込められたのである。
枷を見つめ、エリアはにやりと笑った。
――反逆者として、地方のあの塔へ送るがいい。そうすればアリアには会わないで済む……
エリアの策略どおり、その日のうちにエリアは北の地方にある凍獄の塔へ監禁される事が決定された。全てがエリアの策略どおりに動き、皆が寝静まった夜中にひっそりとエリアは地方へ送られたのだった。