契約者
食料などの調達も既に終わっていた二人は早急に都市ミクレヌを後にした。何せ、襲い掛かってきた連中が居る都市になど留まる理由は無い。むしろ逃げなければならないのだ。
ましてや、あの王女の命令ならば。
二人は北にある王城前の街へ向かって歩いていた。
都市からの距離はかなりある。少なくとも五十キロ以上の道のりだろう。自力でしかも舗装されていない道を進むので少なくとも二日はかかるだろう。
だが、正規のルートを通れば追っ手に見つかりやすくなってしまう。
「とりあえず街の一番近くにある農村を目指そう。そこからなら奴らの目も欺けるはずだ」
「ええ」
本来なら真っ直ぐに行かなくてはならない道を左にそれる。
返事をしたものの、アリアは何だか嫌な予感がして仕方が無かった。
それに、今更何故エリアはアリアを襲うのだろう?襲う機会ならいくらでもあったはずなのに。
予言は双子が破滅を導くと言う。ならば、一体どうやって破滅を導くと言うのだろうか。
自分の身に宿る得体の知れないチカラにアリアは恐怖を覚えた。
何だか様子がおかしいアリアをリュウが気遣う。急にしゃがんでアリアに言った。
「背中に乗れ。疲れてるんだろ?」
「……ごめん、リュウ」
そう言ってアリアはリュウの背中に体を預けた。ゆっくり体が浮上する。
彼の暖かい温もりにアリアは安心して、眠くなった。だが、眠っているわけにもいかない。これは危険な旅だ。油断は許されない。
ゆっさゆっさと揺れながらアリアはずっと黙って考え続けていた。
最初は父である王に会いに行く事が目標だった。だが、今は少しづつ意図が逸れてしまっているような気がした。
今ではエリアと話がしたいと思っている。話をして、何らかの方法で破滅を導かないようにするのだ。それが可能か不可能かは分からないが。
自分を捨てた父。恐らく父は自分が破滅を導く片割れだと思ったのだ。そしてケレーム家に預けた。一方のエリアは幸福を導く片割れだと思われて城に留まったのだろうか。
なら、エリアはやはり破滅を消し去ろうとしているのだろうか……。
この瞬間にも破滅のチカラが育っていると思うと自分が嫌で仕方が無かった。
――リュウを連れて来なければ良かった
そうすれば、こんなに悩む事も無かったはずなのに。
「リュウ」
「ん?」
「降ろして」
「何で?」
「いいから、降ろして」
納得がいかず、リュウはアリアを降ろそうとはしなかった。
「どうしたんだよ、急に」
「やっぱり駄目だよ、一緒に来ちゃ」
「ここまで来て何を……」
リュウの言葉は途中で途切れた。アリアの涙が零れ落ちたからだ。
訳も分からず泣いているアリアにリュウはおろおろする。どうすればいいのか分からないのだ。
二人はまるで時が止まったかのように全く動かなかった。ただ、涙の雫だけが零れ落ちていた。
その時だった。
急に足元が黒く光りだしたのは。
「な、何だこれ!」
「これって、王族しか使えないって言う魔法じゃない?」
「って、冷静に分析している場合かよ!」
確かにこの国では代々王族しか魔法を使えない。例え平民がチカラを持っていてもその使い方は一切教えないのだ。それは武力的権力でもあった。
つまり、この魔法を発動させたのはあのエリアか父である王しか考えられない。だが、このとてつもない闇はきっとエリアだ。
――何故彼女が闇の魔法を使えるの?
彼女は幸福を導く片割れ。ならば聖の魔法を使ってくるはずだ。これはどう見ても闇の魔法にしか見えない。
その光はだんだん二人を呑み込んで行こうとする。
「うっ」
リュウが呻く。彼の体が黒く染まろうとしていた。
「駄目!」
アリアは精一杯リュウにしがみついた。
そしてその瞬間、眩い光が辺り一面に放たれた。その光によって闇の魔法は消え去る。
光が止み、二人はその場にしゃがみ込んだ。リュウは驚いた表情でアリアを見ていた。そう言えば、王族である事をリュウには何も言っていなかった。
呆然とする二人に声が轟く。
「主様、ご無事で御座いますか」
声の方を振り向くと、そこには白い精霊がいてこちらを見ていた。