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待たなくて結構です(後)




 お腹も膨れて酒も飲んだとなると、次にやってくるのは眠気だというのは相場が決まっているらしい。床に座っていたのでベッドを背もたれにして脱力。


「……やばい、ねむ…」


 彼女が「ご馳走になったし片付けもお任せあれ〜」とテキパキ動いてくれるのにすっかり甘えてしまっているわけで。申し訳ないと思いながら体は正直である。アルコールが回ってるなと自覚しつつ、でも寝るのはアウトだろうと必死だった。


「…………んー……」


 顔だけキッチンに向けると、腕まくりして洗い物をしてくれているのが見えた。隙がない、一人でも生きていける女の人。

 実際、出会いだとかが無くて仕事が面白いとなっていれば彼女はそうしたかもしれない。男前なんだよなぁあの先輩、というのは同期連中の談。カッコよ過ぎて逆に彼女にとかできそうにないなとも。でも、そんなわけないだろうと思う。だって女の人は男が守ったり大事にするものだ。そもそも人間、一人では生きていける生き物じゃないだろう。


 彼女はこれまでどんな男を好きになったのか気にならないわけじゃない。例えばそんな相手がいなかったとしても、理想だとかを人並に抱いてきたはずで。今の自分がそれに当て嵌まるのか自信なんて無い。

 散々、甘やかされ優しくされてきた。情けない所ばかりだけれど、自分だって貰った分以上に彼女を甘やかして優しくしたいと思っている。彼女が好きで好きで、出来るなら理想的な彼氏でいたい。欲ばかり多くて気持ちばかり焦って――情けない。

 きっと、君は君だからいいんだよとか、私が好きで甘やかしてるんだよとか言うのだろう、彼女は。年上って、何か、ズルい。


「そーたくん、……ありゃ、眠そう?」

「……せんぱい、かたづけ、スミマセン、まかせっぱなしで――」

「いいよーそんな。こちらこそおいしいご飯ありがとう、」


 寝るならちゃんと横にならなきゃダメだよ、と優しく頭を撫でてくれる。この人も結局、自分と同じく二本開けたのに全然崩れない。自分がダメダメなだけかそうですかとがっかり。そういえば先日の飲み会でも眠くなって、隅っこに居ると肩を貸してくれたりしていたなと思い出す。何やら周りは(やかま)しかった気がするが彼女が「かわいい後輩甘やかして何が悪いの?!」とか言い返していたっけ。


 揺るがない、人。いつも不安なのだ。この人は落ちてきてくれたけれど寄り掛かってはくれない。自分が頼りないのか彼女が甘え下手なのか両方か。追いかけていた最中も苦しかったが、今も今で苦しい。


「青くん、え、何、泣きそう? なんで、」

「――きませんよぉ…」

「あ、あれぇ…?」


 泣き上戸だっけ、とあたふたして、彼女は隣でよしよしとあやすように撫でてくる。泣いてはいないだろうが、眠さとアルコールの心地よさと情けなさで何だかよく分からなくなってきている。

 寝たら、帰ってしまう。帰るという結果が同じならもう少しマシな経緯を辿らずにどうするのか。せめて駅まで送るとかそういうの。


「せんぱい、かえんないで。まだ、……いてください、」


 自分の耳に入ってくる自分の声はひどく情けなくて、縋るようなそれに益々泣きたくなった。カッコイイ男ってこんなじゃない。絶対。


「う、うん…いるよ? 大丈夫」


 でも青くん、ちょっと目閉じたら? 眠いんだよね?

 そうは言われても、こちらが次に目を覚ましたら彼女が居なくなっていそうで。やです、起きてますから、と言い募っても欠片も説得力はなかったらしい。当たり前か。


「んー……じゃあこれっきゃないね、」


 彼女は正座から足を崩して座り直す。ぽんぽん、と膝を叩――……マジで? 膝枕? ナニソレいいの俺の運使い過ぎじゃないのとどうでもいい思考だけは働いていた。


「せんぱい、あし、いたくなんないですか」

「大丈夫、伸ばせるし。これだったらほら。帰ろうとしたらわかるから青くんも安心して寝られるコース。…そこそこしたら起こすから、ねっ」


 ……やばい、すげー寝たい。っていうかこの人ホント、甘やかす天才だと思う。


「ね、寝心地は保証できないけどもっ…ごめん、アホで……いらなかったらフツーにベッドで寝て下さい」

「や、そんな。いいにきまってますそんなの。……おことばにあまえます、」


 よろりと倒れ込むように体を倒し、頭の位置を調整する。まさか膝枕なんてしてもらえるとは思っていなかったのでとんでもなく嬉しい。ここまでの流れがどうあれ。


「せんぱい、ありがとーございます……」

「い、いえ……うん、ちょっと飲み過ぎちゃったよね」


 寝たら醒めるよ、とよしよし。彼女の膝枕なんて本当に、次はいつあるか分からない。意識を手放すのが惜しいなと思いながらも、温もりも撫でられる感触も心地よくて自分でもびっくりするぐらいすんなり寝入ってしまっていた。



   *   *   *   *



 ふにゃ、と柔らかい。あったかいなとぼんやり目を開いて身じろぎすると頭のすぐ上から「あ、起きた?」と彼女の声が降ってきた。


「よく寝てたねえ、」

「……せんぱい、…スミマセン、すげー寝てた…」

「ちょっとは楽?」


 はい、と寝惚けた声のまま返事。まだこうして横になっていたいなというのは我儘だろう。

 今、何時、と壁の時計を探して針を読み――ぎょっとした。


「せっ、せんぱい、電車っ、」


 時計は24時前だと言っている。ばっと上体を起こしてあたふた。何時間寝転けていたのか自分は。


「どうしようスミマセン俺っ――ああぁぁもう、起こしてくれればいいのに」

「ははは、気持ちよさそうに寝てたねぇ青くん。寝顔堪能しちゃったよ」

「たっ、……いや、もういいんですけど寝顔ぐらい今更ですし…ってか先輩、帰り、タクシー呼びますからそれでもいけますか? 家の人から何か連絡来てません? ヤバくないですか」


 すっかり気が動転しているこちらとは対照的に、彼女は落ち着いているように見える。いつも帰りの時間を気にしているのに。

 んん、と喉を鳴らして、実はですね、と彼女がちょっと俯いた。


「週末は後輩のとこにお泊りしてくるよーって言ってきてるから大丈夫。親も【あっそう行ってらっしゃい】って」

「は……? お泊り?」

「嘘は言ってないでしょ?」


 確かに【後輩のとこ】ではあるが、多分彼女の親は女子の後輩を想定しているはずで。それが分かっているからわざとそう言ったのだろうけれど、これはどうなのか。

 お互い成人で、付き合っているわけだからもしかしたらの想像をしないわけもなかろうに。(誰もが【泊まる=それが目的】なわけじゃないのだが。)堅く堅くとか言っていたのにどうしてしまったんだこの人はと驚倒しそうになる。


「っていっても、土日のお休み青くんの都合もあるだろうし、帰れって言われたら帰るけども……ごめんね勝手に。聞いた方がいいかなとか思ったんだけどメインは多分鍋だし、そんなの、聞いたら青くんも緊張するかなとか色々考えてだね――……あ、そう! お泊りの用意もしてきたからその辺も平気。何か要ったらコンビニとかで買っちゃえばいいわけだし。ね。うん! とりあえず帰る前にメールするよって言ってきたし、その、……うん、」


 だから、今のところタクシーはいい、です。

 ハキハキと喋る彼女にしては珍しくたどたどしい説明。どうしてくれるこの状況。いやでもただ現役時代は出来なかったお泊りをしてみたかっただけかもしれないし。

 それでも、居てくれるんだとじわじわ広がる喜び。


「……先輩、帰らないでいいの? ホントに?」

「帰った方がいいなら、帰るけど…」

「や、かえんないで下さい。休みっつっても俺何もないし、居られるだけ、いてくれたら、…ですね、」

「ごっごめん、ホント何やってんだろうね? 何かその……普段もそんな会えないし、いっぱい我慢させてるに決まってんじゃん一人でしょぼくれてるよ絶対とか言われて、青くんがしょんぼりしてたら私もヤダなってゆー勝手なあれで」

「しょぼくれるのは絶対なの俺…――ってか誰ですかそんなん言ったの……!」

「相楽君とかあの辺のメンツ……いや、私もね? 考えたよ? あれこれ自分から飛び込んでるくない? とか、これで我慢しろとかなったらその方がキツイんじゃないのとか。……でも、あの、ホントごめん。……恥ずかしい話、私も人並にね、好きな人と一緒にいたいなぁとか、ぎゅってしてくれたらいいなとか、フツーに思うんで……よ、よかったら、お泊りさせてやって下さい…」


 ああもうこんなのいちいち言わなくていいよね恥ずかしいコレ、といつかみたいに両手で顔を覆って俯いて唸っている。


「ううぅぅ……ごめん、私アホだわ。――好きとかね、色んな事ホントはもっとちゃんと言えばいいのに、キャラじゃないし、ってなるの。かわいいは言えるわけ。だってかわいいはかわいいだからフツーに皆出るじゃない? でも好きとかは、違うじゃない? でも嬉しいよね言われたら。だって私嬉しかったし、青くんも言ったら喜んでくれたりするかなとか、分かってるんだけどなかなか……で、一緒に居たいって、言うのも出来なくてこんな、……――あー何言ってるか分かんなくなってきた……困らせるオチって馬鹿だよねぇぇっ……」


 自分勝手な真似をして後悔でいっぱい、といった声なのだ。こんなタイミングでそんな申告しなくても。もう何をどう言ったらいいかわかりません。――どうしようものすごく抱き締めたい衝動がでもいきなりガッていったら怒られるだろうしこういう時どうしたらいいわけ? ああもうは俺だよ何なのあなたデレる時一気なのねえ今までこれでもかってゆーほど【先輩】っての盾にして振ってきて付き合い出してからもさくっと帰ってたくせにいきなりこんな爆弾とかかわいいのとかやめていただきたいんですけど! もおおぉぉぉ……!



 多分こちらも相手と同じく真っ赤になっているに違いない。何から言えばいいのか。こんな時、自分の言葉は彼女にどう響くのだろう。

 あの、と前置きして。


「かわいいも、多少なりとも好きじゃなきゃいわないもんでしょ? だからね、俺前から先輩がかわいいって言ってくれるの、悔しいけど嬉しかった。…好きとかって面と向かってなかなか言えないもんですし、そこは自然にでいいんじゃないかなって」

「う、ん……」

「……今日ね、ウチに来てくれるってだけでもすげー嬉しくて。一緒に鍋して、テレビ観たり喋ったりとか現役ん時以来じゃないですか?……合宿とか以外で先輩とこんな時間まで一緒とかすごいよなって思うんですよ」

「はは、だよね。我ながらすごい思い切ったなってなってる」


 あ、ちょっと笑った。さっきからしゅんとしてしまっていたのでほっとする。


「先輩女の子だし、俺はアホだしアテになんないし、こう……行動で示すしかなくなっちゃいますよねうん。ホントはもっと上手いことリード出来てりゃ先輩そんな悩ませずに済むんでしょうけど……スミマセン、俺も何言ってるかわかんなくなってきたえぇと――」


 あの、先輩のお休み、俺に下さい。

 向かいで目をぱちくりさせている彼女の顔は益々赤くなっていて、その内視線が床に落とされる。しばしの沈黙。引かれた? ひゅっと肝が冷える。ふっと離れそうで怖くて、彼女の左手をきゅっと掴んだ。

 ――お願いします。ここで離さないで。今あなたに突き放されたら俺、本気でヘコむし、あなたのよしよしでも立ち直れない。


「…佳穂さん、」


 じっと見つめる。彼女にはデカイ犬が耳もシッポも下げてしゅうんとしているように見えているかもしれない。


「……そーた君のお休み、貰ってもいいのかな? ホントに用事とか無い?」

「無いですよ。貰って下さい。むしろ」

「…………前言ったけど、この年で初めてとかめんどくさくない?」

「え、」

「や! 今の無し!」


 そう言ってぱっと手を引こうとしたのを逆に力を込めてこちらに引き寄せた。ひゃっ、と小さな悲鳴と、腕の中に彼女が収まるのとは同時だった。


「無しじゃないダメですもう聞きました」

「ちょ、そんな、」

「佳穂さん、好きです。…正直言います。ただ一緒に居るだけは無理かも。……佳穂さんが欲しいです俺」


 ダメですか、としか投げかけられなかった。ああもう、とわななく彼女。

 こつんと額と額を合わせて、そっと触れるだけのキスをした。もう一回。もうちょっと。と何度か唇を合わせている内に身を預けられてくる。小さい体。


「……は、はずかしいね結構……」

「そうですか?」


 かわいいですと率直な感想を零すと、ううぅぅ、とまた唸られる。


「弱いなあ…」

「何がです?」

「その顔っ! 声!」


 かわいいのはそっちでしょ、と彼女は悔しそうに言った。元々甘やかすのが趣味みたいな人なら、逆転してしまうとそんな風にもなるのかなとだけ。


「……居るってなったら、青くん、もっとはしゃいだりへにゃって笑ったりするかなって思ってた」

「や、もう、驚き過ぎてぽかーんってなって。スミマセン、何かもっといい事言えよってとこなんでしょうけど……」

「んーん、そんな。……あのぉ、シャワーって使ってもいいのかな」

「どうぞ。ここのアパート深夜帰りの人ばっかなんで防音とかは大丈夫っぽいです。……あ、一緒でもいいんですけど。俺もまだだし」

「だっ、そんなの無理いぃぃ憤死するうぅぅうっ」

「ははっ。じゃあ、またその内お願いします。佳穂さん」


 にこっと笑いながら頼んでみたら人で遊ぶんじゃないの! と怒られてしまった。珍しく防戦一方だなとくすり。まあまあ落ち着いてと頭を撫でるのは、怒られなかった。



 優しくし合うのを許されるのは幸福だ。

 ごくごく普通の週末休み。自分らの時間はたっぷりあったが、皆に平等に進んでいくものだから区切りは必ずやってくる。離したくないなあと思って本当にギリギリまで側にいてもらった。

 また今度ね、と最後はお決まりのよしよし。駅で彼女の背中を見送った。ああ、早く、帰らなくてもいいようになりたいなというのが自分だけじゃないといい。




*

かわいいなあもうどうしようどうしようどうし(エンドレス



のんびりしたデカイ犬とキリリとした猫のイメージが離れない件。こんな子達ですが、ちっとでも楽しんでもらえたら嬉しいです☆


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