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返さなくて結構です

※タイトルは似てますが前の話とは別物です。







 ぶちのめす。



 駅地下のコーヒーチェーン店の片隅。カウンターに片肘を付いて、隣でものすごく真面目な顔をしている相手を半眼でぼんやり。呆れた。というか今何て言ったこの男。


「……アホ? やっぱりアホの子なの、君」

「……アホですよどーせ」

「わかってるなら言わないの。ヤだそんなの」

「そんなバッサリっ…!」

「なっさけない顔しなーい、」


 呆れた。本気で呆れた。大学時代、彼が同期とつるんで何かやらかしてはアホだなぁアホだなぁとは前々から思っていたけれど、まさかこれほどまでとは。

 ああもう、コーヒーがおいしくない。


「ちょっとは、考えてくれたって……」


 しゅうん、と肩を落としているのはかわいいが、それはあくまで一般論――というか、年上女子が年下男子に感じるそれである。男にかわいいとかいうとむくれられるとはよく聞く話だけれど、連呼してしまえば相手も慣れてしまうものらしい。かわいいなあ、よしよし。皆してこの子にはそうしていたのは数年前。

 こちらが先に社会に出て、彼も順当に就職したと報告があった。それから数年経とうが彼が男臭くなる事はなかった。相変わらずなよっちい。年上好きしそうな雰囲気で【マダムキラー】と呼んでいたのにも本人も半笑いであった。今もそんな感じ。彼がバリバリの営業職とか未だに信じられない。



 ずっと借りてたゲーム返します、とものすごく今更な話が最初だったか。こちらは何のことかすぐ思い出せなかったぐらいで、携帯片手に「は……?」と思った。実際貸していたのだけれどそんな事はさっぱり忘れていたのである。

 一体何の拍子でこうなった。しかもこんな、人がさざめいている場所で。先ほど彼の向こう側の席の女性がちらりとこちらを見た時、目が合ってそこはかとなく居心地悪くなって。堅いながらも愛想笑いをすると彼女は小さく笑ってみせた。聞かなかった事にしますんで。そんな風に。見知らぬ人に気を遣われてしまった。


 何だってかわいいかわいい後輩から「イイコイイコ、させて下さい」などと公共の場でお願いされなければならないのだ。嫌だよそんなの恥ずかしい。しかも切り出すまでにものすっごい間があって、ど真剣な顔で、だ。軽く頭が痛むのは気のせいだろうか。


「……(あお)くん」

「はい……」

「場所をね、考えようか。私ら子どもじゃないわけだしね? その――ねえ?」

「場所、選んでたら、やらせてもらえました?」


 そうじゃない。そうはならないんだお主。

 自分がさっき言った事は突拍子もなくて、はいどうぞなんてきいてあげられるお願いじゃない。わかれよそのぐらい! とげんなりしたそのまま長く溜め息を吐く。


「……君、平成っ子だっけか」

「え。ギリギリ違います。後二週間遅かったらそうなってましたけど」

「…ああ、そう」


 そこは真面目に切り返さんでいい。

 昭和生まれの自分と平成生まれの現代っ子とのジェネレーションギャップは否めないもので「これだから平成っ子は」と言えば何となく納得してしまう節がある。あちらも同じだろう。これだから昭和生まれは。たかだか数年でも違いは確かにある。



 細い手に包まれたコーヒーの紙カップ。女の自分から見ても細いなと思わせる指。でも男の人の手だ。それが、こちらに伸ばされて頭を撫でられる? 


 無 理 で す 。(色んな意味で思考停止。)


 脳内会議全会一致で結論づけた。さっきからしょぼくれたままの相手には申し訳ないが、このまましょぼくれてお帰りいただく事にする。


「青くん、なかったことにしよう。そうしよう」


 さらりと言ってコーヒーをごくり。「何でですか、」とこれまた張りのない問いかけが返ってきた。


「ごめんね。お姉さん【かわいいかわいい後輩はかわいがれなきゃいやん♪】な人なの。これ、譲れない。私がイイコイイコする方でいたいわけ。っていうか落ち込んでるわけでもなし、何にもないのにそんなの、激しく恥ずかしいので無理ですゴメンね?」


 ねっ? と声まで作って、わざと首まで傾げておちゃらけてみせる。うっかり語ってしまったが真実そう思っているのだ。

 後輩は後輩。男女問わずどの子も本当にかわいくて、一生、イイコイイコってしてやりたい。結婚したりしても「おめでとーーー!」とか「よくやった!!」とか言って目一杯お祝いしたい。仲が良い部活のメンツだった。自分だって先輩達からはそう思ってもらえているし、【イイコイイコされるのは先輩や同期女子からだけ】というのが自分の中での許容範囲。そういうのしか、想定していない。

 彼は眉尻を下げたままじっとこちらを見つめていた。でも何も言い返してこない。今のが現役時代からの繰り言だったなと思い出し、納得してくれただろうか。っていうか君も当時「先輩っぽいですね」と笑って頷いていただろうに。


「そういう事で。あーそうだ、ゲームわざわざありがとね。久しぶりにちょろっとやってみようかなぁ」


 お返しするのが遅くなってスミマセン、と会って初っ端渡されたベージュのビニール袋の中にはPS2のソフト。激しく懐かしいハードだがこのアクションゲームはなかなかよく出来ていると思う。


「じゃあ、またね。…ご飯は皆で今度にしよ?」


 ポンと肩をひと叩きし、飲みかけのコーヒーを手にすっと立ち上がると「まっ、先輩……」と彼の口からは情けない声。けれど聞こえなかった振りをしてさっさと店内から出る。先輩とは偶に後輩に非情になるものだ。



 足早に地下街を進む。ブーツのヒールの音はカツカツと普段の倍速。ああ恥ずかしかった。それを振り切るようにして真っ直ぐ改札方面へ向かう。ウィンドウショッピングしていく気にはなれなかった。

 酔った席ならば、勢いだとかでいい年した大人が「イイコイイコ」とかあるかもしれない。でも自分はできないのだ。理性はがっちり離さず堅く堅く自身を律しているタイプだから。人様の前で甘えるなんて構図、恥ずかしい気持ちの方が断然強い。


「あひゃっ、」


 何となく顔だけ振り向いてみたら、数ブロック後方に紛うことなき後輩くん。彼は背が高いので目につきやすい。視線は忙しなく動いていて、だがじきにこちらの姿を捉えてダッシュしてくる。――うああぁぁぁやめんか走るな私も走るっきゃなくなるだろアホおぉぉぉっこんなピンヒールとか久々なんだよ足イったい!!!


「っ、やったあ……!」


 ギリギリのところで改札を抜けた。思わずガッツポーズしたくなる。


「ちょっ、何でそっち――!」

「帰るからだよっ」


 彼は改札の扉に阻まれて悔しそうに顔を歪める。落ち合おうと約束したここが通勤の定期の範囲内でよかった。ついでにピッとICカードをかざすだけで通過できて、ちゃっと扉が閉まる機械にも感謝。


「先輩、待って下さい」

「君も帰るんだよ! 路線あっちでしょ。ゴー!」

「待って。ホントに? ホントに置いてくんですか? そんな――」

「ヒドくないよさよならしたじゃないさっき。ほら。お家帰ろう。頭冷やしたら自分アホな事言ったなぁってわかるから絶対」


 ついでに先輩に羞恥プレイを強いたということも理解できるだろう。既に駅員や通りすがりの野次馬が何事かとちらちらと成り行きを見ている。改札越しに会話している男女。そりゃあ何かなと気になる絵面ではあるか。


「アホなのはわかりましたよでも俺の話ちゃんと聞いて下さい!」

「青くん、ここ駅。ね? 大声出さない」

「先輩が聞いてくんないからですよっ」


 ああもうやだ。穏便に済ませようよホントに。

 自分も自分だ。必死で、泣きそうな顔をしながら訴えてくる後輩にくるりと背を向けて置いて帰れるほどの冷静さがない。だってかわいいんだもの。このまま置いて行ったら次、喋ってくれないかも、なんて思っちゃうんだもの。(このままお互い帰れればセーフ!)


「俺が後輩だからですか。何でそんな堅いの先輩」

「堅いの大事でしょう」


 何が悪い。女は一歩外を出たら危険がいっぱいなのだ。母親からこってりそう言い聞かされて育ってきたのだからどう言われようが私は堅く生きる。キスはまあ、と思うが、その先は出来るなら結婚する相手が最初だと尚良し。その考えが面倒臭いと思うならこちらからは願い下げですが何か?! 気軽によしよしなんてしてこられたら全力で引く。何コイツ的な悪寒が走るよ大学でかなり態度は柔らかくなったよこれでも。


「電車来るからもう行くよ? 青くんも足元気を付けて帰るんだよわかった?」

「まだ真っ昼間でしょ、ってゆーかもおぉ……! 先輩お願いだから戻って下さいミスりましたちゃんとしたいんです俺――」

「青くんだから会社とかで誰かよしよしさせてくれるよガンバって! じゃっ!!」


 しゅたっ、と片手を挙げてから一目散。もうホントすみません公衆の面前で真っ昼間からうるさくて! でも私はこの駅ほっとんど使わないしこんな事二度とありませんから、と言い訳しながら走る。エスカレーターもスカートに気を付けつつ開いている側を急いで登った。カッカッとヒールが盛大に鳴るのも仕方がない。

 登りきった所に車両が滑り込んできた。プシュー、と音を立てて止まりドアが開く。ああもう今日走れない。列に並んで、はあっ、と脱力。他の乗客に混じって乗り込んでしまえば自分もごくごく普通の乗客でしかない。やれやれと入り口の反対側にある扉に頭を凭れかける。


「快速、○○○行です。○○○を過ぎますと各駅停車となりますので、○××へお急ぎの方は3番ホームに停車中の新快速電車へご乗車下さい」


 アナウンスが流れしばし間があってから「扉が閉まります」と続けられる。

 扉が閉まる寸での所で、入り口付近でダンっと大きな音がした。その音に、周りと同じく目をやってぎょっとする。


「……は、…はっ……スミマセン、」


 ひっと喉の奥が引き攣ったのがわかる。何で乗った! この子おかしいよ何でそこまでして!?

 よく乗る電車がわかったなと思ったが、相変わらず実家暮らしだという情報ぐらい誰か伝いに聞き齧っているからかと納得した。いやいや待て待て。ここでまた押し問答なんて御免なんですけどワタクシ。


「…………」

「…………はは…」


 電車は速度を上げていく。無言で隣に立って見下ろしてくる彼に、乾いた笑いしか出てこなかった。冷や汗ダラダラ、とはこういう事だろう。


「あ、青くん、電車違うくないかなあ……?」

「……」


 ふるりと左右に振られる首。それに倣ってさらさらの髪も揺れた。触り心地が素敵なのは知っている。でも今はそれを思い出す時じゃない。


「……次で降りるんだよ? 帰らなきゃ」

「降りません、」


 ああ、この声はちょっと怒っているか拗ねている時の物だ。分かる程度に、同じ空間に居た。


「そ、そお……?……どこ行くか知らないけど、気を付けて行ってね?」

「先輩、真っ直ぐ帰るんですか」

「さー……どうだろうねえ…?」


 さりげなく目を逸らしてとぼける。もしかして着いて来るのだろうか。どこなら振り切れる? 走っても多分追い付かれてしまうわけで、駅でタクシーでも捕まえようかと思ったがそれはそれでヒドイよなとも思う。

 かわいいかわいい後輩。でも、これは困った。


「……先輩。何で逃げるんですか」

「ええ?」

「いっつもそう。何か、男がふーっと寄ってくとそうやって茶化して誤魔化すでしょ。……【じゃっ!!】とか何なんですアレ」

「いつもあんなだったでしょ」


 皆、昔、見送りの時は騒がしかった。見送られる側が「じゃっ!!」と打ち切らなければ果てがない。

 ふー、と長く息を吐く気配。ちらりと窺った彼の額にはうっすらと汗が滲んでいた。多分切符を買って、改札を抜けて、ダッシュでエスカレーターを登って、ホームでも探すのに必死だったのだろう。あの時ホームに停まっていた列車は二両。


「……ズルいです。散々甘やかして優しくして。先輩だからっての、わかってますけど、俺単純だから」


 その、と濁される。……場所を考えて飲み込んだのか何なのかはわからない。

 先輩にも返さなきゃ気が済まないんです。そう、彼は言った。


「いいんだよそんなの? 私も先輩に良くしてもらったから、皆、順番だって。皆言ってたじゃない」

「先輩が擦り切れちゃいます、そんなの」

「擦り切れません」


 ほら、私後輩にはすっごい懐が深いから?

 辛うじて茶化せた感じがする。


「……ひたすら男の気配がないってタツヤ先輩が言ってたの、ホントですか」

「相楽君?」


 同期で久々に集まって飲んだ時の事だろうか。話題は専ら会社の愚痴や恋愛関係だった気がする。確かに、言った。だがそれをリークする必要はあるか? いや無い。


「彼氏、作らないのは何でですか」

「関係ないでしょ?」むっとした。「ダメですよー? こんなとこで女子にそんなの訊いちゃあ」

「どこならいいんですか」


 声が一段と低くなった。見上げて更に驚いた。

 ねえ、何でそんなに怒った顔なの。泣きそうなのは苛々とか我慢が限界だから?


「俺がバカなのが悪いかもしれないけど、話ちゃんと聞いてくんないじゃないですか。真面目に言ってるのに、逃げまくってるのはいいんですか。…先輩、そんなに男が信用ならないから彼氏とか作らないんですか? それともちょっとは期待してもいいんですか俺」

「青くん、ちょっと深呼吸しよう」

「忘れたなんて言わせませんからね。俺が何回、どう言って逃げられたか全部言いましょうか?」


 ひくり、と喉が引き攣る。ここで? 誰かしら耳ダンボにしてそうなのに? 止めなさいと目で訴えたが彼は聞いてくれなかった。


「最初直球で、噴き出して【お互いまだ学生なんだからもっと大事にする事があるでしょ?】っつったの、先輩でしょ。次は【学生の時とは違うから】。去年は【場所がロマンチックじゃないなあ、出直しておいで】。あれは飲み会でだったし、俺も酒の力借りようとか狡かったかなって反省しましたよ一応。……それで、今日は?【アホの子なの?】でしたっけ? いつどこでどう言ったら先輩は真面目に受け止めて考えてくれるんですか。俺の事」


 散々考えて、来たのに。

 やっとそれなりに認めてもらえるような立ち位置になったのにどうしてまた逃げるの。そんな目だった。


「……俺にも、意地があるんです」


 ――ああごめん。傷付いて傷付いて、それでも追いかけてきてくれるのがかわいくて。ちょっとからかっても、よしよしってしたら、むうっとしながらも許してくれる君が大好きで。

 かわいいかわいい後輩くん。いっとうかわいがってきたのだから向けられる好意にも気が付いたし正直戸惑った。彼が社会に出て、その内誰かと結婚したとしても手放しで「よくやった!」ってお祝いする未来しか想像していなかった。学生の恋と社会人の恋とは別物だ。好きだけじゃ駄目。

 何よりもし、ダメになった時の事を思うと惜しかったのだ。かわいがってきた子が自分を見て顔を顰めたり、そもそも会う事すらできなくなったら寂しすぎる。彼を試すような真似をしてきたが実際試されたのは自分もだ。自分は、この人を受け入れられるかどうか。



 列車はすーっと速度を落としている。乗ってから四つ目の停車駅。もうそんなに? と思わずにいられない。電車の中で話すにも限界がありそうだなとそっと呼吸を逃して、停車して開いた扉から駅に降り立つ。彼も着いてきた。

 ホームの端っこは人もそう通り掛かるまいと踏んでそちらに向かって歩いた。多分、ごく一般人からは死角。


「先輩、そんなに俺が必死なのが面白いですか」

「……青くんかわいいんだもん」

「嬉しくないです。…今はあんまり」


 真実そう感じているのだろう。いつもみたいな、犬耳やしっぽが似合いそうなしょぼくれ方ではない。本当に、落ち込んでる。当たり前だ。


「私の他にもいるじゃない。君に優しい人、アホほど。ガチガチに堅くてめんどくさいのに物好きというか真面目というか……」

「堅いの、大事でしょ」

「そうかなあ……」

「初めてとか良くないですか?」

「めんどくさいってなるもんじゃないの」

「出来たら、全部先輩とがいいですけど。俺は」

「っ、……もおぉぉっ――!」


 ここで言うのかそれを。恥ずかしい子だなと思いつつ軽く咳払いを一つ。


「青くん、無駄にかわいいんだもんなあ……前からそう。あーもういっかあ〜ってなっちゃうのがおかしいよー……! 私がおかしいの?」

「無駄にって。……先輩が甘やかすからですよ。俺がこんなんなるの先輩らがいる時だけです」


 先輩連中から見ればいかにも草食系なのんびり屋の彼だが、親戚の中では一番年上だそうなので実ははなかなかしっかりしている。学生時代何人かで遊びに行った一人暮らしの部屋もきちんと整理整頓されていて感動的だった。こういう男の子もいるんだなあ、なんて。


「うあー…言われる絶対。遂に折れたかとか後輩食ったとかって笑われるかもよどうすんのねえっ?!」

「食うのは俺ですからね?」


 そこは譲りませんから、と彼の声音はやたら決意に満ちていた。昼間っからヒドイ会話だまったく。


「誰もっ、いいって言ってませんよ?!」


 ヒドイ会話だし恥ずかしくて仕様がないが、他にこんな風に打ち返してくれる男子は知らない。


「先輩、好きです。……そろそろ俺にも優しくさせて下さい」

「――もおぉぉぉっ……!!」


 両手で顔を覆い、参った、と口には出しながら心の中は悔しさでいっぱいである。傾ぎそうになる体を支えるのはここが外だからという意識だけだ。完全に人目もなく二人だけだとしたら間違いなくよろめいていた。恥ずかしくて死にそう。 

 

「粘った甲斐ありました」にこおっ。「マジで、嬉しいです。やっと俺も返せる」

「わーん! 青くんかわいいよーっ」


 子どもみたいにくしゃっと笑うのだ。本当に嬉しいのがわかるし半端なくかわいい。拳をぶんぶん振らずにいられない。【かわいい】が先行するのはどうしようもないと諦めていただくしかあるまい。


「先輩。青くんは苗字なんで出来たら――」

「青くんは青くんでしょ」


 青木 創太という名前から、ソータとかソウちゃんと呼ぶのが多数派だった。あおくん、という柔かい発音が好きで自分はずっとこう呼んできている。口に馴染んだ音。


「なら【佳穂さん】って呼びますけど」

「そっ!…れはっ、ちょ、青くんずっと先輩呼びだったし激しく違和感、」

「佳穂さん」

「ひっ!」


 心臓に悪い。

 あ、何か、照れる。とちょっと顔を赤らめてはにかむ彼はやっぱりかわいくて仕方がない。単純で純粋な子。でも、ここって時は結構厳しいし容赦ない。


「佳穂さん」

「わかった、わかった、――そーたくん、かな。ううん……何か、変、」

「ふはっ、」


 笑 っ た !!

 何でだよ呼ばれ慣れてるんじゃないのか。たどたどしいのがそんなにおかしかったのかと動揺しか生まれない。


「先輩はやっぱり、違いますね」

「なっ、なにがっ?! 変?!」

「音、やーらかい感じですね。かわいいな」

「へえっ?」


 へにゃっと崩れる相好に置いてけぼりを食らう。もうやだ。アホの子の相手は大変だ。


「ガチガチにガード堅いのに、我慢出来るの?」

「マテは散々仕込まれましたから」

「……スミマセンね、ヒドイ先輩で」

「いーえ」


 ……んん。でもそれなら、早めに決着つけたいかな。

 何だかおっそろしい言葉を聞いた気がするのだが、とりあえず、今日はもうお腹いっぱいだ。

 足が痛い。ピンヒールでスカートなんて普段しない格好な所為か疲れてしまった。現実のお腹は、空いている。


「先輩。何か食べて帰りませんか。俺帰りまで保たない」

「だ、だね……」

「奢りますから何でも言って下さい」

「ダメです! 割り勘!」


 年上だし、とか言い足すと、彼は「堅いなあ、」と可笑しそうで。割り勘なだけ進歩しましたかね、と言いながら嬉しそうに目を細めてみせる。


 後々、案の定「遂に食った!」とげらげら笑った仲間連中を(はた)いて回る役は私だった。食ってないし食われてないよとバッサリ否定した隣で、かわいいかわいい元後輩は何とも居心地悪そうにしていたのだが……ごめん。




*

 

かわいいかわいいかわ(エンドレス


佳穂さんと創太くんの名付けに難儀してほったらかしてたとかまさかそんな←



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