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ちいさな幸せで結構です


ダッツは裏切らない。



 自己完結。



 仕事がやっと終わって、スーパーに寄った。ご飯は冷凍があるので解凍するとして、惣菜と缶チューハイを一本買い物カゴに入れる。夕飯を一から作る気力も体力もない時にはありがたい。

 後、自分へのご褒美にとハーゲンダッツを二つ。一つは明日の朝のお楽しみである。エコバッグは「かわいいでしょ! お揃いだよ〜」と一回り年下の妹がくれた物だ。パステルオレンジと茶色のストライプ。彼女のは部活の着替え入れになっているそうな。まだ中学生の妹はイマドキの学生にしてはなかなかしっかり者だと思う。


 一人暮らしのアパートへ帰る足は疲れで少々重たい。いつもの道を辿りながら、そこかしこにきらきらしているイルミネーションを綺麗だなとぼんやり。今年もいつも通りのクリスマスと年末年始に違いない。迷うところは実家に戻ろうかどうしようかという程度である。ああでも、従兄が顔を出すとかいう話を聞いたので会いたいなと思う。奥さんも子どもらもべらぼうにかわいいのだ、これが。両親のお小言は煙たいがやっぱり帰ろうかしら。


 エントランスのポストを覗くのは習慣だ。誰かからの手紙を待っているとかそんなロマンチックな理由ではなくて、溜め過ぎると不精っぷりが滲んでしまうようでというだけの話。せめてここぐらいきちんとしておきたい。部屋のカオスっぷりは「仕事が大変だから」で言い訳がきく範疇を保っている。ダイレクトメールばかりだろうなとよく見もせず、入っていた封書やハガキを取り出した。それを片手に階段を上がる。部屋は三階。運動だ頑張れ自分。



 トレンチコートのポケットからキーを出しドアを開く。ただいまぁ、と気の抜けきった声。一人きりなので必要ないといえば必要ないのだが……

 エコバッグをテーブルに置き、コートを脱いでハンガーに掛ける。エアコンのスイッチもオン。はー……疲れた、とぼやきながら部屋着に着替えた。大きめのトレーナーに黒のジャージ。

 先輩が「同棲するからいらなくなったしどう?」と譲ってくれたテレビを点ければロードショーの途中だった。もう何度も放映されている映画で自分も何度か見ているはずなのに最後まで観てしまうのは何故だろう。惰性?

 メイクはコットンシートで落とす。じんわり染みて、拭えるとスッキリするのが心地良い。シャワーは明日の朝に浴びる事にして、化粧水と乳液のボトルを引き寄せる。掌に出して体温で温め、肌にあてるとこれまたじんわり。気持ちいい。

 両手で、肌が吸い付くぐらいまで繰り返し押さえてしっかり馴染ませてからの乳液である。蓋もしっかり。友人は部屋の片付けはなあなあなくせにねと不思議がるが、大事だろう。基礎は。20代そこそこになると自分の体の事もよくよく分かるようになっている。怠るとすぐ、だ。乾燥肌は辛い。


 ああそうだうっかり。エコバッグからアイスを出して、一つは冷凍庫に。ライン下のカチカチなのを選んだつもりだし、アイスはちょっと柔らかいなぐらいが蕩け方が好きなのでこれから食べる分はテーブルの上。ご飯を解凍するのが何だか面倒になっていたので、晩ご飯は惣菜と缶チューハイ。独身男性の晩餐ようだなという感想は忘れる事にする。

 カシッ、と音を立ててプルタブを開けて、惣菜のパックを並べる。出汁巻きと値引きされていた唐揚げと揚げ野菜のあんかけ。30品目彩りサラダ。パキリと箸も割り、


「いただきまあす、」


 出汁巻きをそっと割って口に運ぶ。んん、おいひい、とほっとした。いつも寄るスーパーのは全体的に味が濃くなくて、冷めていてもやさしい味。偶に母の手料理が恋しくなるがこれでかなり緩和されていると思う。

 ロードショーをぼんやり眺めつつ、CMの隙にザッピング。おいしいコーヒーの淹れ方だって。ドリッパーなんか使った事がないけれどいつかもしかしたら使うかもと、コーナーが終わるまで見入ってしまった。頭の片隅に置いて、でも多分所々忘れちゃってたりするんだろうなという自分は容易に想像できた。



 おかずだけの夕食。缶チューハイは季節限定のみかん味。去年もそういえば飲んでいた。季節限定とか期間限定という売り文句に滅法弱い。

 束のままだった封筒を引き寄せて順に繰ってゆく。ダイレクトメール。ダイレクトメール。カードの請求書。ハガキ。ダイレクトメール。

 ハガキを裏返して「いっ?」と目が点になった。大学のゼミの後輩がウェディングドレス姿でにっこり微笑んでいる写真。隣に写っている男性がこれまた同じゼミの同期で、結婚しましたの印字。そして手書きで「ご無沙汰してます。また戻られた時にでも遊びにいらして下さい!」なんて綴られていた。ひえー、としか出てこなかった。いつから? そんな素振り微塵も無かったのに。

 ひとしきり驚いて、携帯でぱっぱとお祝いのメールを作った。おめでとう。びっくりした。いっぱい幸せになってね。そんなありきたりな言葉しか浮かばないが、皆そんなものだろう多分。絵文字でかわいさをプラスするのが精一杯だ。

 送信してから一気に脱力してしまった。三つ下の彼女が結婚。自分はそんな兆しありませんねと何だかやたらショックを受けてしまったのだ。何かいいなあ。っていうかホントいつの間に? まさかの組み合わせ過ぎてもうどうしたら。ああ、結婚って何。――でもこの生活ならそれも仕方ないよなと動揺を力づくで捩じ伏せて、はあ、と溜め息を一つ。そして再び箸を握る。食欲がある内はまだ、平気。



 ゆったりした時間だった。ごちそうさま、とパックを重ねて洗い場に持っていく。ざっとゆすいでからゴミ袋にぽん。ゴミの分別について小さい時より格段に厳しくなったよなぁと思いながら、次のゴミ出しの日もチラ見して頭の中へ。今度は月曜日。燃えるゴミ。

 さてと、締めはアイスだ。くっと指に力を入れると臙脂のブラスチックの蓋が開き、薄い中蓋も慎重に捲る。薄いピンクの表面に濃い苺がちらほら――うん、おいしそう、と顔の筋肉が緩む。先ほどの衝撃を忘れる高揚感。


「いーただぁーきまーす♪」


 スプーンを差すとすっと中に入った。掬い上げてパクリ。コクのあるとろりとした食感に目元口元がゆるゆるになる。ああ幸せ。今週も頑張ったね私。

 ロードショーは終盤で、ベタベタに甘いシーンだった。待ちに待った相手とのキス。何とも官能的なのにいやらしくはない。甘酸っぱいなあと自分より若い設定の二人を見届ける。

 妄想の中で恋愛はいい物ばかりである。くらりとくるような綺麗な見た目でもなく、素直で柔らかい性格でもないので人の恋路を応援するばかりの学生時代。付き合ったと言えるかどうかの曖昧な関係はあったものの、それも遥か昔の事。社会人になってからはとんと出会いもない。そんなものだろうなと思う。

 口の中は苺味でいっぱいで、でも食べたら食べただけ中身は減ってゆく。名残惜しいが最後の一匙を含んで、ごちそうさま。至福のひとときは短いものだが、自分一人でも叶うしあわせ。それで充分。幸せになろうね、なんて言って笑い合ったり、誰かを待つなんてもう懲り懲りなのだ。



 週末の二日間は大体寝て、起きて、掃除洗濯と買い物。時々繁華街に出てゆっくり外御飯と洒落混んだりするが、基本的に家というか部屋にいたい派。録り溜めたドラマも好きな時に観られる便利さよ。文明の利器には大いに助けられているので、うっかりタイムスリップなんぞした日には大変だ。そんな日はやってこない予定だけれど。



*






頭の中をからっぽにしたくてだかだか打ち出しただけのお話。OLさんってどんなのか想像でしかわからないんですが、、、(´・ω・`)


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