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いきるいろ

サイトに置いてあるものを投げ込みたくなって。


前の話とは関係ない仕様です(´ω`)



 焼き尽くせ。斬り刻め。さもなくば、この命は無いに等しいのだから。




 赤にはこんなにも違いがあるのだとここで知った。今まで赤と認識していた色はほんの僅かなものである。炎や血潮だけで一体どれだけの赤を焼き付けられたか。

 肩で息をしながら、元は家屋だったらしき物の焼け崩れた陰に身を潜める。ここまで走ってきた分もあって酸欠に近い。硝煙が立ちこめ"何か"の焼ける匂いに顔をきつく歪めた。慣れないものだし慣れたくもないと思っていたのに、自分は唯一を求めてその真っ直中をひた走っていた。

 暑い。熱い。アツイ。自分はまだ生きているからこその感覚だとは分かりつつ、じわじわと体力が削られてゆくのは辛いものがある。ぐいと頬を拭うと袖は赤黒くなった。痛みはない、返り血か。認識はそれだけで、その手で提げていた刀の細い柄を握り直す。相手を切り伏せてきたこれが今は我が身を守る唯一だ。離すわけにはいかない。


 眩暈がしそうな空気の中、時折どおん、と大きな音が響く。弾が飛び交う。建物が倒壊する。悲鳴が上がる。苦悶の声。誰かを呼ぶ声。人が逃げ道をと入り乱れそれを追う側は容赦なく切り捨ててゆく。とんでもない世界だった。ほんの数日前までここは国の中で五指に入る大都市だったのに、今やこの有様とは。

 自分はこれまでの立場を捨て使命を(なげう)って飛び出してきた。最後に会った男は同じ隊の、編成時からの馴染みだった。彼は"切っ掛け"を作った一端だと自覚していたらしい。見留められた時、どうしてもだときっぱり言い切ったのは彼の虚を突いたようだ。目を見開いてから、くはっと吹き出した。


「わかった。そんならしゃあない。おまえ、いっぺん死んどけ」


 彼はいっぺんどころか他愛ない遣り取りの中で幾度となくその文句を口にしていた。しかし今回ばかりは冗談ではなかった。事実、自分は死をもって息を吹き返したと言ってもいい。隊も死者を追うほど人員に困っているわけではないとも知っていた。ここが墜ちるのにそう時間がかからないとも。



 こんな状況でも被害の少ない区はある。あくまで他と比べたらというだけで何事もないわけではないが、そこが目的地だったのは幸いだったと思いたい。まだ望みは消えていないと信じていたかった。ぐらつきながらでも前へ進まなければ。

 開け放されていると言うか壊されたと言うか、表玄関の大きな戸口はぽっかりと口を開けていた。人の気配はない。この通りは昼間より日が落ちてからの方が賑やかで、はてあの喧噪の主達はどこへ行ってしまったのだというぐらい静かだった。血の気が少なくて呼吸が少しましな気がした。

 神経を張ったまま屋内に足を踏み入れる。何があるかはわからないので警戒は解かないのが無難だろう。そこら中踏み荒らされたようで、嵐が通り過ぎたような有様だった。事態に便乗した物取りなんかもよく聞く話だ。――そう思って気持ちが焦った。もしかしたら、と障害物を越えながら急いで階上に向かう。



 二階はあまりひどい様子ではなかったが、普段はぴっちり閉じられている部屋の扉が開いたままだったり窓ガラスが割れていたりとそこそこ荒れていた。しかし人の気配は無くて、不気味な静けさの中自分の呼吸と足音しかしない。

 状況が状況だけに、彼女も避難したかもしれないと思った。けれど確かめなければ。真っ先にここに来たのは他に捜すあてがなかったというのもあるが、彼女がここから動いていないと――自分を待っていてくれたらいいのにという自分勝手な望みを抱いていた所為もある。もう来る事はないと言ったのに。本当に勝手で、優柔不断だと思う。


 以前訪ねていた部屋の扉は例外なく開いていて、中を見るのが一瞬躊躇われた。居なかったらどこを捜せばいい? 居たら自分はどんな顔で彼女と対峙すればいい? あんな突き放し方をしたのにと後悔の念が押し寄せてきて、けれどこのまま立ち止まっているわけにはいかないと意を決した。

 そこは最後に見た時とはまったく違う景色だった。割れて飛散したガラス。壊れ倒れて形を変えた調度品。荒らす時はとことん荒らされるもので、ここだけ何事もなく見過ごされるなどあり得ないのだ。片っ端から蹂躙してゆくというのは攻める側からすれば他の部屋と同じ事。人であれ物であれ破壊対象には変わりない。


「っ――……おい……?」


 部屋の片隅にその人の姿を捉え、歩み寄りながら声を投げた。微かな希望は無音の空間に打ち砕かれる。――否、そんな事をするまでもなかっただろう。事切れていると見るからにわかったのだ。床に赤黒い色が広がっていて、乾き掛けているそれが時間の経過を思わせた。くたりと投げ出された四肢。動かない胸。


 突き放すのが遅すぎたのか、それとも――そもそも出会わなければよかったのかとまで思ってしまう。自分は「もう戻らない」と言っていたしそれが覆らないともわかっていただろうに、彼女はずっとここにいて。そして今、その瞼は二度と開かれる事はない。


 手遅れ。

 そうだ、全部遅すぎたのだ。全てを(なげう)って駆けつけるのも、別れを告げたのも、自分達が出会ったのも、生まれてきた時世すら。


 ただただその体をきつく抱いた。自分は戻ってきてしまったのだと、ここにいて、生きているのだと分からせたかった。どくどくと早鐘を打つ心臓の音を彼女は感じられるだろうか。


「――っ、あ、」


 体が震える。怖い。こんなにも大きな恐怖に襲われる初めてだった。


「……ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ――!!!」


 身の内から突き上げてくる、これは何だ? 堪えるなど無意味で、喪失の瞬間に黙って耐えるなど人には不可能なのだと知った。同じ慟哭を一体どれだけの人間にさせてきたのだろう。

 そしてこの喪失はこれまで自分がしてきた全ての報いのような気がして。受け入れ難い現実を、激情を、一体どう扱えばいいのか検討もつかない。









「あい、してる、」


 自分が幾度か告げた言葉を彼女が口にした時、柔らかく微笑んだ時、息が止まりそうになった。手を伸ばしその細い体を掻き抱いて、胸に迫る感情を口にすまいとじっと堪えていた。くすりと優しく笑う声を肩越しに聞きながら。

 そのまま全部、止まればよかったのに。そうしたらきっと幸せで幸せで、二人は互いに失う事を知らずにいられただろうに。



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