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 とおくにおきたい。



 元々「旅行なんて行かなくてもテレビで見てるだけで十分」という質だった。不定期に放送されるどこどこ紀行・毎週何となく見ちゃう世界遺産紹介番組・某所列車の旅・海外の島一周の旅などなど……とにかく、2.5次元でオールオッケー。楽しいじゃない。今なんかドローン撮影で「これすごーい! でっかい! キレー!」な景色もバッチリだし。現地の人達とレポーターの交流具合とか、テレビならではな雰囲気もまあ面白い。いっそ語学番組の一幕でもクイズ番組形式でもいいのだ。


 旅好きな友人に誘われて何度か国内旅行はした事がある。中でも夏の夢の国は最高に楽しかった。新アトラクションだって一人じゃ絶対並んでいられないような待ち時間だったけれど、友人が一緒だったから苦じゃなかった。(夢の国ぼっち参戦の人も結構いたと思うけどあの人達の熱意は尊敬に値する。)待機列がじりじり進む間も退屈させないような工夫がたくさん見受けられた。壁面の絵やオブジェ、流れてくるキャラクター達の声。さすが。さすが世界的人気を誇るコンテンツはやる事が違う。圧倒的、非日常感。ーー認めよう。夢の国は実際行く価値ありありだと。近くに住んじゃいたい人の気持ちもわからなくはない。(実際の所住むにはあれこれ難儀な部分もあるらしいので何とも言えないけれど)

 しかし。だがしかし、だ。


「瑞恵、関西に興味ない? こないだ本屋で見てたやつ」

「興味はあっても行きたいとかは無い」

「行ったら世界変わるかもよ?」

「何回目よそれ……行くなら彼氏と行きなさい。旅行嫌いじゃないんでしょ、わんこ彼氏」

「そうなんだけどー……何かすっごい張り切ってすっごいとこ予約しそうで怖い……そーゆーんじゃなくてさ、もっと気楽な感じがいいわけ」


 【もっと気楽な感じ】を彼氏ではなく会社の友人に求めてくる辺り、例のわんこ彼氏は彼女に相当入れあげているらしい。(愛情的な意味が最もたる所だけれども……)彼女ーー佳穂は自分と同じくサバサバ系女子なので、ロマンチックだとか高級何たらという文句が売りのホテルにはさほど関心が無いのだ。【適度に清潔で朝ご飯がおいしい】方が断然ポイントが高い。駅近なら尚良し。


「とびっきりイイトコに泊まるなら、もっと特別な時がいいわけだ?」

「そりゃそうでしょ。フツーの観光はフツーのお宿にして美味しいものとか現地でしっかり使いたいじゃない」


 彼氏にもそのキリッとした顔でそう説明すればいいものを。と思っていたらそれはもう説明済みで、しかし「泊まるところもやっぱ大事じゃないですか」と返されたらしい。ううん、それもそうだがお財布的にはどうなのか? さてはよっぽどいい稼ぎしてるか、これまで特にこれと言った趣味もなく使い道がなくて貯め込んできたクチか。

 そもそも冒頭で【旅行なんて行かなくてもテレビで見てるだけで十分】と言った自分は、佳穂にとって旅のオトモとして不十分なのではないかと思うのだ。いくらプライベートでも仲良くしていようがそこら辺でちょっと遊んで帰るのとはわけが違う。使用エネルギーと動く金銭が大きいだけに腰が重くなる。何せインドア。お家大好きお布団万歳。最近導入したタブレットで映画を観たり、ネットサーフィンなんかで休暇もバッチリ楽しく過ごせてしまう体なのだ。オンライン観光も結構いいらしい、と最近ちょっと興味が湧いている。


「もっと実体験大事にしようよ! 何でもかんでも画面越しじゃ分かんない事いぃぃっぱいあるよ?」

「いぃぃっぱいあるんでしょうけど、取り急ぎ実体験したい事って無いし。あんたこそいっそ一人で行くってのもありじゃない? 独身生活最終コーナー、一人旅で自分をゆっくり見つめ直す……なあんて」


 行き先で様々な景色と人とに出会いながらふと思う。今の彼氏と結婚まで行ってしまっていいのか。そもそも自分は結婚に向いているか。一緒に暮らすうちに致命的な不一致が起きたらどうしよう。これからは今までみたいに自分の事だけしていればいいわけじゃない。段々お母さん化したらトキメキはなくなってしまうーーそして今後この仕事を続けるならそれはどこまでなのか。もしかして子どもの事なんか考え出しちゃったりなんかして? ぐるぐるぐるぐる。回り出したら自分一人で止められる?


「い、意地悪ーーーー何淡々と言ってくれちゃうかなあぁ……」

「意地悪でも何でもなく、一人になると改めてそういう事も考えちゃうもんなんじゃないかって言ってんの。ドラマとかでもよくあるやつ」

「あっても私の性格上、そこら辺のネガティブ妄想は既に通過済みですーそんでもって結構話し合って、今現在の自分達としてはまあいいんじゃないのっていう着地点には落ち着きましたー」

「ええー……あんたのそれに付き合ってくれるとか、彼氏、神なの?」


 走り出したら止まらないタイプの彼女のグダグダに付き合い、尚且つそこそこ納得のいく所までの想像図を描き出してしまえるとは。根気がある。あり過ぎて逆に心配になる。いいのかこの女にそんなに時間と労力を割いて。手に入るまでが長過ぎて、ここから先何をどうしても自分からは離れないようにとニコニコしながら厳重に囲っているのか? これまでも結構囲ってきてるっぽいのが話の端々から滲んでるけどまだいくのか怖いぞわんこ彼氏。


「……話、戻すけど。私は行く気ないから他当たりなさいね」

「そんなあ〜瑞恵だって今度いつ遠出できるかわからないじゃない。トウヤさんもいるしさ」

「何でそこでその名前が出るのかな。安原さん?」


 ぴりりとした何かがじわりと滲む。【女友達二人だけで旅行しない?】から全く関係ない人物の名前が出されるのはこれ如何に。

 トウヤ。冬也。最近で最も聞きたくない()()()名前。漢字変換するのも脳内に姿形を浮かべるのもいやぁな男。(やってしまう自分に腹が立つ!)佳穂はこれまでたった数回世間話をしただけで、その男にこれと言って印象が無いから最悪だ。カフェで、まったり時間に、何故に自分はご機嫌急降下状態に晒されねばならない? ちょっと。そこの女。なあにニヤッとしてんの神経逆撫でしたところで新幹線で片道二時間近くかかる所にまで行かないからなこっちは。


「気、短いけど、その手には乗らない。誰がいようがいまいが遠出はしませーん」

「うええ……ご、ごめん……」


 お、即謝った。そんなに顔に出ただろうか。


「エライじゃん。ヤなのわかってるならその話もうしないでね」

「えっと、……瑞恵、もしかして結構本気で嫌なのあの人」

「そうねーホントは【中田さん】って呼ばれるだけでもイヤ」

「そんな感じ全然出てないんだけどすごくない」

「そりゃあねえ。仕事だし」


 他社との合同企画で、立場的に言えば上司にあたるアレに呼ばれるのはもう避けようが無い。何ていったってメインのデザイナーなのだから。若干、他のメンバーよりも頼まれ事を請け負ったりお話しする機会が多いのは何となく皆が分かっていて、あえてそっとされているのは感じている。仕事がうまく回るのだから何も不自然じゃない。


ーーこんばんは。池内冬也と申します

ーーこんばんは。中田瑞恵です。この度はどうも


 会社の先輩に強引に連れ出された合コンでまさかの出会い。その場はお互い知らん顔してやり過ごしたし、もう接点は無かろうと思ったのに。企画の初回打ち合わせで顔を合わせた時はさすがに驚いたがーー業務上最低限の付き合いは必要なので至ってドライだ。向こうがどう思ったかなんか知りません。


「あんま聞かないようにしてたけどさ、トウヤさんって瑞恵の何だったの」


 話聞いてる感じは知り合いっぽいんだけど、何かちょっと根深そうだなあとは、思ってるんだけどね。

 これまでは傍観者ポジションを維持していたのにここで来るのか。そして【ちょっと根深そう】なのが知れたのは多分、仕事の遣り取りの中で彼女が得た情報による物だろう。


「何。今日の本題、コレだった?」

「いやいや。結構前から聞こう聞こうとは思ってたけど聞けなかっただけ。本題はホントに【旅行しよう話】だったけどさ……そろそろ聞いてもいいかなって。場の勢いで悪いんだけど」


 そういうのは、自分勝手だ。

 全然飲み進められない炭酸。何だか久しぶりに飲みたい気分になって頼んだのに。パチパチ弾けていたのが勝手にどんどん弾けて外に抜けていって、ただ甘ったるいシロップジュースになりそうだ。ストローを摘んで、からりと氷を鳴らす。ふうん、と一息漏らして。


「……皆よくトウヤさんトウヤさんって気楽に呼べるわねえ。おっかないのにあの人」

「しょうがないじゃないうちにも池内さんいたんだもん。おっかないって言うけど全然そんな感じしないよね? すっごい穏やかじゃない? そう君レベルで」

「わんこ彼氏は根っからの良い人でしょ。あの人は悪いおにーさん」


 はは、と苦く笑ってしまえるようになった。すごく頑張って【イヤな人】枠に押しやった。


「よくある話。付き合うっぽいところまでいって、二、三回やる事やったけど何か有耶無耶のまま海外に行っちゃってさよーなら〜」

「……そんで?」

「え、楽しい話じゃないわよこれ」

「え、そんなの分かってる。けど」


 場合によっちゃここから先瑞恵が逃げられるようにしないとだし、と相手は至って真面目な顔だった。茶化してみてもこの場は無駄らしい。ようやく口に含んだ炭酸が辛うじてぷちりと跳ねた。




 部署の上司と新人社員というのが始まりの二人だ。

 最初に就職したのは今の勤め先よりもっとこじんまりした会社で、皆上司部下だとかいうよりももっと気さくな雰囲気だった。彼もそうで、仕事でも悪い感じはしなかったし、飲み会なんかでも至ってのんびり楽しんでいたクチ。年齢や趣味は違えど気が合う相手というのはままいるもので、二人の仲もそこから滑り出す。

 どちらともなく、お互い好意を抱いているよなといつからか察していた。あっちもこっちも言葉数多い方じゃなかったし、どちらかと言うと恋愛には消極的な節があったのではっきりとしないままでいたのは何ともズボラだったか。何度か二人で出かけたりしたものの、気持ちを改めて言語化して関係を発展させようという気合いは希薄だったようなーー?

 好きだの愛してるだの言うよりも前に。あの日は相手の目を見てしまった。


ーー……ごめん、もうダメかも


 傍で見てるだけなのもうしんどい、と掴まれた腕の熱と声にすっかりやられてしまった。どうしてこんな、何でもない普通の日に。そんな事を思ったのを未だに覚えている。ーーだって大変だったもんなあ。相手、朝全然起きなくてすっごく慌てて用意して出社したもん次の日。よくもまあバレなかったものだ。そこら辺はもしかしたらうっすら【お察し】だったかも知れないけれど。

 何だか訳がわからないまま関係が変わってしまった二人はしばしの間そこでぬるく漂って、戯れて。何だか訳がわからないまま片方が大手からのヘッドハンティングによってスイっと海外に掬い取られて、物理的に離れてしまって呆気なく終わりを迎えたのであった。


「……終わり? みたいな。いい加減な話でしょ」

「瑞恵にそんなエネルギーがあったとか信じられない……衝動的? なんて言うんだろコレ」


 佳穂の愕然とした様子に、あはは、と笑ってしまった。自分でも信じられないですええ。


「ってゆーか何それ。トウヤさん酷すぎじゃない? 何でそこで放置? どっちからも連絡しないの? 何で? 意味わかんないんだけど」

「待つとか追いかけるとかいう発想はなかったなあ。その後こっちも転職してここに来たし忙しかったもんね」

「それにしてもさぁ! あんなやっさしそうな顔してそんなねえ、ウソでしょ……」


 おうおう、そんなに傷付いてくれるな友よ。実際の人物像なんて案外わからないものなのだよ。

 やっぱりダメだなと抜け切った炭酸に諦めがついたので、ぐいーっと無理やり飲み切ってしまう。美味しくはないけれどもったいないし。通りがかった店員に新しい飲み物を注文した。口の中を切り替えたくて頼んだのはアイスティーで、今度はやってきてすぐにごくりと一口飲み下した。


「ねえ。合コンの後しばらくご機嫌な斜めだったのってトウヤさんがいたせい?」

「そうねー否定しないわねぇ」


 どのツラ下げてしれっと合コンなんかに出てきてるんだコイツ? とは思った。案外話の輪の中に入っていってるのも意外だった。そんなに社交的だったのあなた、みたいな。こちとらアジアン飯に黙々と舌鼓打ってましたよだって元々行きたくもない・興味もない社交場でのお楽しみなんてご飯一択でしょうがよ。もりもり食べてやったわエビ煎餅パリパリで美味しかったなあ。


「あの合コン、合コンって言う名の【初めましてこれからプロジェクトどうぞよろしく会】だったんじゃないかなーとか……だからトウヤさんも頑張って喋ってたんじゃないの?」

「そうだとしてもねえ……ま、もういいのよ。何にしても私もあっちも今更どうこうなろうなんて思ってないんだから。もーリアルで惚れた腫れたなんかめんどくさすぎる。ーーだし、あんたらの話聞くだけでごちそうさまなわけ」


 悲しいとか悔しいとか、そういうのじゃない。何だろうあの時のフヨフヨと中途半端な感覚は。「え、何か急に来て急にいなくなったんだけど何だったのあれ?」とポカンとしてしまったのは確かだ。人間、あった事を頑張って言語化して自分の中に落とし込まないとやっぱり消化不良でいつまでも引き摺ってしまうのだろうか。


「ちゃんと話した方がよくない? 企画終わったらまたバイバイってなるんじゃ……」

「ははは、安原に説教されるとかウケるわーあんたこそさんっざん逃げ回ってきたのにねぇ」

「い、言われちゃぐうの音も出ないんだけど……! ええい、だからこそ言うけど、やっぱり腹括って喋るのって大事だよ。どっかで区切りつけないと結局お互いずっとしんどい」

「しんどいの分かってるから、もう嫌」


 余計な事に頭も身体も使いたくないのだ。もうダメ。のんびりマイペースに暮らしていくのにすっかり安心してしまい、思い切って外に出るのがもうしんどい。ただそれだけだ。フヨフヨぐずぐずになった自分を立て直すのに今度は何をすればいいのか、どれだけ時間がかかるのか、想像するだけでもう面倒になる。ここから心機一転なんていうのは今のキャリアから行くとちょっと惜しい気持ちもある。

 

「いーのいーの。のんびり気ままにやれれば充分だから私」

「あっちがもし話したいって言ってきたら?」

「言われたわよ」

「え」

「言われた。忘れられないって。殴ったわ流石に。嘗めんなよホント」


ーー忘れられない、ずっと


 あん畜生、何を真面目くさった顔で。何だって言うんだ今更。その台詞が出てくる前にもっと言う事があっただろうに。そこに至るまでにもっとちゃんとーー


「…………ちゃんと言って欲しかったわ。もっと前に、もっとちゃんと、どう思ってるだとかそう言うのを言うべきだったのよお互いに。わかってるけどもう、絶対無理。このまま静かに終わっときたいのよね私的には」

「瑞恵ぇぇ……」

「だぁいじょうぶ。今度まだ言われるようだったらもう、首絞めるしかないって思ってるから」

「え、ええええぇぇぇ……その顔やめて美人が怒るのすっごい怖いから待って……」


 心底、ぞおっとしている。


「悪いけど皆が皆ラブラブハッピーエンド迎えられるとか幻想なのよ。あんたらがレアなの。だから絶対離さないの、わかった?」

「言われなくてもそのつもりだけど前半部分をもっと否定したい……努力次第でもっとこう、瑞恵も、トウヤさんじゃなくてもさ……」

「今のところノーサンキューよ」


 きっぱり言い切ってしまえば佳穂はそれ以上追い詰めてこない。少なくとも今この場では。

 お願いだから誰も何もしないで。自分主体の恋愛ストーリーは今望んでいないのだからこのままそっとお静かに。【冬也】のあんな顔も声も、色んなものを詰め込んでようやっと一発殴れた感触も、整頓してサヨナラしてしまいたい。


「ああもうやだスッキリしないわー……ねー安原、関西は遠いし勘弁なんだけどさ。夢の国の海の方に行きたいんだけど。この夏行けると思う?」






20210821

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