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言い訳なんかしない

「振り向きざまに」の彼の話。

オカミは趣味が悪いらしい。



 おかしな女だと思っていた。それは最初からで、正真正銘身の丈に合った衣服など馬鹿みたいにたくさん(あつら)えてあるだろうにわざわざ男と似たような格好をして。動きやすくていいのだと言って馬鹿みたいににこにこ笑っているのを、ああ、こいつは噂通り変な奴に違いないと思っていた。


 人にはオカミから役割が与えられているのだと、幼い時分に師に教えられた。自分にも役目があり、ならば貫くしかないと、貫ける力をものにしていなければなるまいと頭の中にあったのだ。役者が台詞を噛んだり演技がしっくりきていなければ興ざめだ。それと同じ事。いざという時に役を果たせなければ意味がない。

 しかしどうにも邪魔が入る。筋書きとは違う他人からの口出しだとか情だとかそんなものだ。主にあの女がそうで、おかしな事に一番側に置くべきでない相手の側にいたがった。構わなくとも構ってくれる輩は選り取りみどりなくせに「気になるから」と言う。お節介にもほどがある。

 しとやかな母君とは対照的な女。弟と同じように外遊びに夢中で、それは婚期を前にした今でも変わりない。やたらと外に出たがる彼女に手をやいているとぼやく声はあちこちで耳に入る。あれでは参ると呆れ半分に囁かれるそれらは彼女の耳にも届いているだろうに、素行には何ら影響しない辺りが、また。



 市は賑わっていて、雑踏の中を歩きながら時々店を冷やかす。彼女は何事にも興味津々で、不意にどこぞへ行ってしまう故に目が離せない。ふと立ち止まった彼女が見ているその先を見やれば、そこには着飾った女性達がいた。お喋りに興じつつ控えめに笑う、柔らかな仕草。


「……お前もああするべきだろうに」

「ん? ああ――…ああいう人の方が好き?」


 そんな好き嫌いに関して問われても。

 無言でいると彼女はへらりと笑い「柄じゃないから無理だな、あれは」と言い切った。


「苦手なんだよああいうのは。あんなひらひらしたの、転けそうだ」


 やれば出来るくせに、とは言わないでおいた。口だってそうだ。女らしい口もきけるくせにそうしないのは何なのか。

 かわいらしく着飾り上等な紅を引いたにも関わらず、椅子に凭れてげんなりしていたのは記憶に新しい。行きたくないなあ。そんな愚痴をこぼす彼女の横顔は年頃の女のものだった。控えにと声がかかったので広間の片隅から見ていたが、公の場の彼女は普段とは違い優美な姿で――彼女は彼女でオカミからの役があり、それをきちんと果たせるらしいなと思った。当たり前に役目をこなせる人間は意外と少ないものだ。


「うん。おいしい、」


 饅頭一つにこれだけ顔が緩む、易い女。はくりとかぶりついて幸せそうに綻ぶ顔は幼い頃と変わらない。


「おいしいね」

「……そうだな」

「甘いの好きだよね君。意外と」


 人の嗜好に意外とか言うなと思う。見た目で想像される人間像は当たったり外れたりで、自分のこれはどうやら風貌にそぐわないらしい。放っておけ。

 きちんと咀嚼して、味わって。作り手冥利に尽きる食べ方と満足そうな顔は端で見ていて気持ちがいいぐらいだ。同時に、少し笑える。


「ちょ、」


 笑ったよね。何で?

 不思議そうに、しかしどこか嬉しそうに見上げてくるのを、素知らぬ顔で流したのはこちらの勝手だった。後ろめたい気持ちがあったような気がするのには、理由が二つある。その理由から目が逸らせないまま、食べ終わった指先をぺろり。


 ***


 ひたりひたりと足音が夜の空気に混じる。静かに、しかし間違いなく事が進むように。役割は果たした。かねてから申し遣っていた悪役。


「…間違いなく?」


 首肯して「俺がしくじるとでも?」と相手を見やる。疑り深いのは立場の所為か性分かは知らない。


「……あっちでぎゃあぎゃあ騒いでるから本当らしいな。ならいい。しかしお前、よく(ほだ)されなかったな」


 絆される? 何にだ。


「あんなに懐かれてたのに。それに我が姉君ながらかわいい人だった」

「俺が気に入らないとか言ってた奴の台詞とは思えないな」

「それはもう」


 腸が煮えくり返って仕方なかった、と彼は可笑しそうにくつくつ喉を鳴らす。普段から姉が笑顔を向ける男を、彼は憎たらしいとあからさまに睨みつけていたりもした。揃いも揃って迷惑な姉弟だ。


「でももういい。死人を嫁に欲しがる奴なんかいないだろ。あーあ、よかった。おかげで俺も姉上も自由だ」


 にんまりと口の端をつり上げて、彼はパンッ、と手を打つ。この話は終わりだというように。


「さて、行くか。忙しくなるぞ。…ああ、お前、褒美はホントにあれだけでいいのか?」

「構わない」


 見返りは弾むとは言われたが金子には特に興味がなかった。不便がない程度に持っていれば充分だとは、金に目が眩んでしくじった輩を何人も知っているから思う事だ。身軽でありたい。


「お前みたいな奴ばっかりだと楽なんだけどな。どいつもこいつも自分の事しか考えてないんだから参る」

「……慎まれるべきかと」


 部屋の外は慌ただしい足音がいくつも行き交っている。こんな状況でも聞き耳を立てる輩がいないとは言い切れない。


「人の心配より自分の心配しな。……まあ、後は任せてよ」


 ぽんと肩を一叩きしてから彼は部屋から出ていった。お役御免と同義のその後、瞼を下ろして深呼吸。――行くか、と再び目を上げ腰に差した刀の柄をかちり。



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