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城下町③

 そうして、短い時間だったが濃い付き合いになったモーリス・メーテル一家と別れた。

 別れ際になって、「その格好では目立ちますから」と俺と春歌さんに民族風の毛織のポンチョを譲ってくれたモーリスさんは、もしかしたら俺達の正体に気付いていたのかもしれない。

 けれど何も言わないのなら、俺達が帰る手段に心当たりが無いという事だろう。感謝の言葉の中に申し訳なさそうな視線を一瞬混ぜて、送り出してくれた彼らに、俺たちも何度かお礼を言う。

 名残惜しい思いもあるが、先を急ぐのは本当だ。

 何度か角を曲がるうちに、チルチルとミチルの双子の声も聞こえなくなっていった。

「大丈夫か?」

 辛そうな奏多に声をかけると、意外な事に泣いてはいなかった。

「うん! せっかく異世界に来たんだから、色々やろうとさっき決めたんだ! 立ち止まってる暇は無いんだ!」

 元気に腕をふって歩く。

 春歌さんを振り返ると、にこにこ、いつもよりもどこか嬉しそうに笑っている。

 こいつも成長するって事か。

 石畳の白い街並みを見て、さて、どこに行こうか。小さく呟いた唇の端は、知らずに小さく上がっていた。



■城下町の様子


 リジア翠国、という名前らしい国の城下町であるというこの街は、全体を白い石で造られている。通路も家も同じ材質で、レンガのように長方形の形状に切り出した石で統一感がある。人間の手でやろうとすれば大変な労力のはずだが、土魔法、というものがあるこの世界では、同じ大きさの石を用意するのは、少なくとも現代の日本と同じくらいの労力で済むのかもしれない。

 建物には直線が少なく、円筒形に組んで作られている。二階のものもあれば三階のものもある。窓は吹きさらしで、両開きの扉がついている。天井は笠のように、円錐の形で被さり、赤、黄色、青、緑、黒、と様々な色があった。中心に風見鶏のようだが鳥では無い何かが、それぞれ立てられていて、風に煽られてくるくると回っていた。

「すごーい。きれー…」

 真っ白い街に、色とりどりの屋根。円形の家と家の間にできた隙間に花が植えられていて、鮮やかで華やかな通りだった。

 奏多が目を丸く見開いて、ぽかんと見惚れている。

 思わずといった様子で立ち止まるが、通りには東京の街中ほどでは無いにしろ、それなりの通行人がいた。邪魔にならないように、と春歌さんに肩を叩かれて我に返り、またゆっくりと歩き出す。


 すぐに、通路はモーリスさんが言っていたような細い川の上を通る。橋が沢山あるとのことだったが、それは、『橋が掛っている』というよりは、『通路がアーチ状に隆起している』と言ってしまいたくなるような自然さのものだ。川と橋の間の空間は広く、ゴンドラのような小船が丁度差し掛かり、橋を通って行くところだった。

 奏多がタカタカと走り寄り、橋の上で立ち止まってこちらを振り返り、叫ぶ。

「お母さん、先生! あれ乗りたい!!」

「言うと思った…」

 人通りの多い所で叫んだので、周り中がこちらを見るが、そういう反応は見慣れているのだろう。皆、クスクスと楽しそうに笑って、通り過ぎて行く。「兄さん乗せてやんなよー」と声を掛けて行く人までいて、「はあ、どうも」と引き攣った笑みを返すしかない。

 恥ずかしいだろう、一体幾つなんだお前は!

 指を差されたゴンドラの漕ぎ手や、乗っていた客たちも勿論気付いて、

「ぜひ! お待ちしてますよ、可愛いお嬢さん!」

 と漕ぎ手の若い男性が投げキスをしてきて、奏多が赤面してしゃがみこんだ。他の客たちは、「そこから乗っちまえ」とか、「船から見る街も素敵よ」とか、好き勝手に声をかけている。それらの好意に対して、真っ赤になったままの奏多は手をふって、「ありがとうございまーす」とへらへら笑顔を返していた。

「あらあら」

 ゆっくりと橋に向かって歩きながら、おかしそうに春歌さんが笑う。

「奏多ってば、息子先生がいるから何でも楽しくて仕方ないのねぇ」

 うふふ、なんて歌うように笑いながら足音も優雅に歩く。

 ねぇ、と首を傾げながらこちらを見上げられても…。

「俺は関係ないんじゃないでしょうか…。この街並みを見たら、あのくらいの年頃なら、ある程度ははしゃぐのでは?」

 アレは舞い上がりすぎだとしても。

 俺の言葉に、春歌さんは不思議そうにまた首を傾げる。

「そうかしら? でもそうねぇ、とても綺麗な街ね」

 メーテルさんから頂いた春歌さんのポンチョは女性用で、足首までを隠すので中の服は全く見えない。皮のブーツで白い石畳を歩いて、異国の服。

 何故か似合っているのが不思議だ。むしろ、春歌さんの柔らかい雰囲気には、病人の服よりよほど合っている。比べて俺は、モーリスさんから頂いた男性用の、腰までしかないものなのだが、これが一目見た奏多がいきなり笑いだすくらい似合わない。…まあ、目立たなくなるならそれで構わないが。

「お母さん、先生、早く早くー!」

 橋の上で仁王立ちになって奏多が叫ぶ。両手をメガホンのように口に添えて。

 俺は思わず早足で駆け寄り、ドス、とその能天気な脳天にチョップをかました。

「いい加減大人しくしろ、このお転婆娘!」

 すると当たり所が良かったのか、

「ふぁい、ごめんなさい…」

 涙目で謝罪をしてきた。


 最初の華やかな通りを抜けると、露天が左右に並ぶ賑やかな通りに出た。

 いかにも大通りというようなそこは人に溢れ、一瞬でも目を離すと逸れそうだったので、奏多の腕を掴んだ。だがやはりというべきか、奏多はその異国情緒あふれる賑やかな雰囲気に完全に飲まれたらしい。

 あれは何、これは何、と、テンションが突き抜けて、もうどうにもならない。

 すぐに大通りから抜けてもう少し静かな通りに避難したのだが、今度は露店ではなく商店が並ぶ通りだったらしく、吹き抜けの店舗をひとつひとつ眺めては一々歓声を上げるようになってしまった。

 こんな土地勘のない場所で迷子になられたら一生出てこないに違いなく、楽しそうな奏多に反比例して俺は焦る。

 こいつは子犬だったのかと。首輪とリードを付けてしまいたいと。

 だがそんなものを持っているはずも無かったので、駆け出す奏多の手をぱしりと掴んで引き留めた。

「ちょっと、落ち着け」

 すると嘘のように奏多は静かになった。そして、掴まれた手に視線を落とす。

「せ、せせせんせい?」

 駄目だ全然落ち着いてない。

「何だ。同じペットボトルを使うのは良くても手が触れるのは嫌なのか?」

 そんなに嫌か、と離そうとするとぎゅうと掴まれた。

「ううん! 嫌じゃない! ほら、私また舞い上がっちゃうから、先生が押さえていてよ」

「お前な…。自覚があるなら自重しろよ」

「だって!」

 仕方ないでしょ、と言いそうに瞳を輝かせてから、はっと何かに気付いて後ろの春歌さんを見て、ぱっと俺の手を離して春歌さんの元へと走る。

「ごめんねお母さん! 疲れたよね? 私、すっかり夢中になっちゃった!! どっかで休憩しよう?」

 と春歌さんの両腕を掴んで必死に謝罪する。

「大丈夫よ奏多。お母さん、不思議と体が楽なのよ」

 ふわり、と笑う春歌さん。

 確かに頬に血色が戻っていて、正常な顔色だ。足取りも歪みが無くしっかりしているし、声音にも無理をしている様子が無い。

 おそらく心配は無いのだろうけれど、この異常事態に加えて、先ほどの出産。自覚してない疲労はあるはずだ。

 これは奏多ではなく、気付かなかった俺の失態だ。

「いえ、一旦休みましょう。一度診察させて下さい」

 2人の元に近づいて声を掛けると、春歌さんは「そうですか?」と言いながらも了解してくれた。

「あ、ここ、丁度良いよ! 入ろうよ!」

 きょろきょろしていた奏多だが、ぱっと顔を輝かせてある建物を指さすと、そのまま駆け込んで入って行ってしまう。

 丁度良い?

 喫茶店でも見つけたのかと目線を上げると、看板が目に入った。

 ベッドの絵と、フォークとナイフが交差した絵を左右に置いて、『極上飯と宿屋 赤犬亭』と書かれた看板は、ここが食事もできる宿屋であると主張していた。

 飯は構わないが、泊らないぞ?

 俺たちは今日中に帰るって分かってるんだろうな?

 眉をしかめて歩みを止めたが、『赤犬亭』の扉からぴょこんと奏多が顔を出して、ひらひらと手招きする。

「ほら、早く早くー!」

「どうしてそう、お前は自由なんだ!」

 俺は叫んで、春歌さんは楽しそうにころころ笑った。


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