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城下町①

 医者になることだけを目指して生きてきた。

 だが海外の大学を出て日本に帰ってきて、現実に打ちのめされた。個人病院では蓄えた知識を使う機会なんてない。

 帰ってきた事を後悔する俺を引っ張り出して、親父が地域住民の回診に連れまわす。

「これから行く家はな、夕食貰ったりとお世話になってるんだ。その不景気面引っ込めろよな」

 言われなくても患者の前で醜態を晒すはずが無いだろう。

 苛付きながら着いた家で、呼び鈴を押して、

 ――――出てきた少女の、幽霊のように憔悴した様子に息を飲む。

 顔色が白を越えて青ざめている。足取りが覚束ない。ボサボサの前髪を掻き分けて大きな目がこちらを覗いて思わず後ろへ引く。

「よっ。奏多ちゃん。お母さんの調子はどうだ?」

 だが親父は顔色一つ変えず、満面の笑顔で少女の頭をなでる。

「先生…。いらっしゃい。変わりないよ。どうぞ」

 少女は嫌がらない。むしろ嬉しそうに扉を開けて、親父を招く。

 そこで初めて俺に気付いたようで、親父の紹介を聞いて、俺を射抜くように正面から見た。

 少女の検分の目に晒され、その顔がゆっくりと微笑みを浮かべたのは合格なのか不合格なのかも分からない。

千歳奏多ちとせ かなたです。よろしくお願いします、先生」

 ただ、つむじが見えるほど深々と下げられた頭に、自分の役目を思い出させられた。

「ええ、よろしく。出国いづくにまほろです」

 帰ってこなければなんて考えは、それから一度も浮かんでいない。




 初めて会った時は絶対大人しい子だと思ったんだけどな…。

 馬車の揺れる視界の中、近づいてきた石の建物を眺めながら、先程からの喧騒に顔をしかめる。奏多と、双子たちの高い声は万年寝不足の頭には辛い。

「それでね、『チルチルミチルの青い鳥』ってお話の中で、2人は色んな所に行くんだよ」

「チルチルとおんなじ名前!」

「ミチルも!」

「そうなの。凄いでしょう。それで結局青い鳥さんは、どこにいたと思う?」

「「うーん…」」

「実は、2人のお家に居たんだよ!」

「「えー!?」」

「それでね、たくさん旅した2人は、お父さんとお母さんと一緒に幸せに暮らすんだよ」

 奏多が一言話すごとに、子供たちは歓声を上げる。

 あいつ、意外と子供好きなんだな…と考えてから、ふと気付く。

「ああ、精神年齢が近いのか」

 なるほどな。これが正解に違いない。

「カナタ様は素敵なお嬢さんですね」

 モーリスさんが俺に、手綱を握ったまま話しかけてきた。子どもたちは奏多の物語に夢中だし、メーテルさんは春歌さんと穏やかに話している。運転していると疎外感を感じるように、御者役も暇なのかもしれない。

「そうですか…」

 とはいえ、その話題については特にコメントすることも無いしな。

 丁度良い機会なので、さっきの春歌さんの魔法(?)について尋ねてみようか。

「それよりモーリスさん。見えないはずの場所が見えるようになる魔法というのはあるのでしょうか?」

「ええもちろん。先程お話しした『真眼』は、壁で塞がれた場所も遠い何処かも、人の性質まで見通せますよ」

 なるほど。なぜそんなことが出来るのかは考えないことにして、春歌さんはその魔法が使えるんだろうな。

「ですが、『真眼』は大量の魔力と長い研磨が必要な魔法ですので、滅多に見ることはできません」

「使い手は少ないということですか?」

 言い回しが引っかかって聞いたが、モーリスさんは「とんでもない」と驚愕を浮かべた。

「人が使いこなせるものではありません! 『真眼』は魔力を多く溜めた物に宿らせる魔法です。何人もの優秀な魔術師が、気が遠くなるような時間をかけて魔力を込めるのです。それも、土魔法か、水魔法の使い手のみが出来ることです」

「そうですか…」

 このモーリスさんの勢いからすると、どうも人間の目で見ただけで見透せる魔法では無いらしい。

 魔法っていうのにもルールがあるんだな。

「そもそも、魔法、というものが私にはよく分かりません。どうしてそんなことが出来るのでしょうか」

 この質問は危ういとは思ったが、聞いてみた。

 モーリスさんはそうですかと頷く。魔法に詳しくない一般人もいるらしい。

「あまり魔術師の居ない場所の方はそう思われるようですね。そうですね…魔力というものは、世界中に溶け込んでいます。いえ、この世のもの全てが、元をたどれば魔力から生まれた、と言われています。

 水の中を想像してみてください。その中に、色水を入れれば、水はその色に染まります。少しなら一瞬だけ、または滲むように。大量ならば染め上げます。

 個々人が持つ各属性の魔力は、その属性に則った分野においでのみ『色水』のように世界に影響を与えることが出来る。…そういうことだと、私は思っています。

 一般的にはそれほど強い魔力を持つ人間はいませんので、「幸運にも持っていた、便利な何か」という意識ですよね。

 私たちが『属性』と呼んでいるものは、その色水の性質の違いではないかというのが最新の学者の発表でありましたよ」

「色の違いですか?」

「いいえ。土属性の魔力は重いので地面に影響する、風属性の魔力は小さく軽く溶けにくいので空中に残って風を起こす、というような推察です。ですが説明しきれない属性もありますし、研究費を削減されないための悪あがきと父は言っていましたね…」

「ああ…はい。どこも大変なんですね」

 金の話になると物哀しくなるのは何故なんだろうな。

「そういえば、金のような価値の高いものを魔法で作る事は出来ないのでしょうか」

「土属性の魔術師なら可能です。ですが、金は特に強い魔力を秘めていますから…作るために掛る魔力を考えると、購入した方がよほど安上がりなので…」

 と苦笑する。

 俺が金に困っていることがバレたらしい。

「ああですが、カナタ様が土属性でしたら金塊を山ほど作ることも可能でしょうね。あれほど回復水を生み出せるのですから」

「そうですか…」

 何故土じゃなかった、奏多…。

 水も便利だけどな。俺は土であって欲しかったよ。

 いや…、もしかしたら土も持ってたりしないか?

「1人が複数の属性を持つということは無いのでしょうか?」

「え?」

 おっと。この質問はアウトだったらしい。

 訝しげにモーリスさんは俺を見る。

「すいません。本当に詳しくないんです」

 照れたフリをして誤魔化すと、モーリスさんは気にしないことにしてくれたようだ。

「それは、ありません。属性は、火・水・風・土の4大属性と、まれに光・闇の2元属性。ごく稀にそれ以外の稀少属性があるのみです。複数の属性というのは、史上確認されたことは無いんです。何故かは、分かりません。神が決めた法則としか言えません」

 …神、と来たか。

 それはもう突っ込んで聞くことは出来ない分野だ。

 結局、春歌さんの魔法(?)については分からず終い、か。

「勉強になりました。ありがとうございます」

 軽く頭を下げると、モーリスさんはいいえと首を振って笑う。

「久しぶりに専門的な話を聞いて頂いて私も楽しかったです。マホロ様は学者を目指していらっしゃるんですか?」

「いえ、私は…」

 医者です、と答えようとして、何故か声が詰まった。

 その隙に馬車が停止する。ふと顔を上げると、石造りの大きな壁と、立派な木の門が目の前にそびえ立っていた。

「着きましたよ、ここがリジア翠国です」

 モーリスさんの宣言に、馬車の中で子供3人が歓声を上げて立ちあがり、何故か拍手をする。

 門の脇にいる兵士に証明書のようなものを見せると、堅牢な門がゆっくりと開く。

 馬車は、その中へゆっくりと進んで行った。



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