表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/14

草原⑤

 大声に気付いて、モーリスさんが幌を割って馬車の中に顔を出した。

「う、うううう産まれましたか!?」

 手にはタオルを持っていたので受け取って、赤ちゃんをそれで包む。私がそうしている間に息子先生がクリップとハサミを受け取って、へその緒をちょいちょいと挟んで、ちょん、と鮮やかに切り落とした。 タオルの上からさらにカーディガンで包んで、はい、とモーリスさんに赤ちゃんを見せる。

「ああああ、わああああ」

 と、もう、モーリスさんは言葉が出ない。

 顔は嬉しそうに笑み崩れているし、手はガタガタに震えている。その手を伸ばしてきても危なくて預けられません。

 息子先生と顔を合わせるとお互い汗びっしょりだったのが何かおかしくて、にやにや笑ってしまう。

 柔らかくて小さい赤ちゃんをお母さんに預けると、お母さんはタオルでちょいちょいと赤ちゃんの顔を拭ってから、メーテルさんに抱かせてあげた。

「おめでとうございます」

 メーテルさんはとてもとても嬉しそうに笑って、

「ありがとうございます」

 って。赤ちゃんの顔を愛おしくて堪らないという顔で眺めてから、チルチルちゃんとミチルちゃんに呼びかけて、2人に赤ちゃんの顔を良く見えるようにしてた。

「2人とも、お姉ちゃんになったのよ」

 うん、と双子ちゃんたちは揃って頷く。

「チルチル」

「ミチル」

「「良いお姉ちゃんになるの!」」

 きゃっきゃと笑いながら、赤ちゃんの頬を押す。小さな手に手を伸ばすと、赤ちゃんがきゅっと掴んで、きゃあ、と楽しそうに笑う。

 その中に体を綺麗に洗い流したモーリスさんも混じって家族で喜び合う姿は神聖に見えて、私と先生とお母さんは、そっと馬車を降りた。


■やり遂げました…


「産まれたねぇ」

 馬車から降りると足に全然力が入らなくて、ぺたん、と地面に座り込んだ。お母さんが隣に座って、

「奏多。よく頑張ったわね」

 と誉めてくれて、嬉しい。

「そうだな。怖かったろ?」

 息子先生は立ったまま、声を掛けてくれる。私はカクカク頷く。

「すごく怖かった! …でも、すごく、いい気分なの!」

 ぱっと立ちあがる。そうだな、と先生は笑う。太陽に照らされてどこまでも続く草原が輝いているように見えた。


 そのまま少しぼうっとしていると、不意に息子先生がぽろっと、お母さんに向けて聞いた。

「そういえば、どうして『左』と分かったんですか?」

 赤ちゃんが生まれる前の、お母さんのアドバイスについてだ。

 お母さんはそうねえ、とゆっくり考えて、

「上手に説明できないのだけれど、見えたのよ」

「見えた?」

「赤ちゃんの首にへその緒がぐるぐる巻きついているのが、見えたの」

 息子先生は顎に手を置いた。

「それも魔法、なのでしょうか」

「そうなの? 奏多」

 え。そこでなんで2人して私を見るの。

 …見えないものが見えるようになる魔法?

 そんなのあるのかな。

 水、火、土、風、雷、氷、光、闇、聖、音、時…くらいしか思いつかないけど、この中で透視的なものって…どれ? 分からない。この世界独自の属性があるのかもしれない。

「モーリスさんに聞いてみようよ」

「それもそうねぇ」

 と話していると、モーリスさんが馬車から出てきた。

「皆様、本当に、本当にありがとうございました! お礼できるものでしたら何でも差し上げますので仰って下さい!!」

 にこにこ、幸せすぎて堪らない、という感じのモーリスさんを見て、私たちは顔を見合わせて頷く。

「じゃあ、近くの街まで乗せてください!」

 モーリスさんはきょとん、としたあと、

「そんなことで宜しいのですか?」

 と不思議そうにしながらも、私達を馬車に「どうぞ」と乗せてくれた。


 馬車の幌を取り去って、風を受けながら草原を走る。

 バカッパカッ、と二頭のロバみたいな馬が軽快な足音を立てる。小さい頃に乗せて貰った軽トラックの荷台にいるみたいな感覚で、思ったよりも馬車は結構なスピードが出て不思議。と思っていると、私の回復水の効果で何時もより馬が元気なんだって教えてくれた。

 赤ちゃんが楽しそうにニコニコしているのも、回復水のお陰らしい。回復水すごいよ。

「奏多、凄いわね」

「えへへ」

「本当にありがとうございます。もしやカナタ様は聖女様なのではありませんか?」

 聖女!?

「「ぶっ」」

 突拍子もないモーリスさんの発言に私がびっくりしていると、お母さんと息子先生が吹き出して笑い出した。

 確かに面白いけど失礼なっ。

「…違います」

「そうなのですか? ですが私達にとっては命の恩人ですから、聖女様…いえ、イシルシュ様にも勝る女神様です!」

 やめてー!!

「「…っ…!!」」

 ああほら、お母さんと息子先生が爆笑しすぎてなんかエラいことになってるから!

 恥の上塗りだよ!!

 それなのにモーリスさんはまだ何か言おうとするから、とにかく話題転換! と思って草原に目を走らせる。

 動物もいなければ盗賊もいない、平和な光景すぎて話題がない! いや、頑張れ私!

「そっ…、そういえば、この草原は何にも居ないんですね!」

 よし絞り出した話題転換!

 すると息子先生もそういえば、と頷いて、笑うのを止めてくれた。

「そういえば、『まず盗賊が出てくるからそれを倒すのが鉄板』なんだったよな?」

 そんなことも言いましたね!

 盗賊どころか、出産をお手伝いしちゃいましたね!

 ニヤリと意地悪発言をする息子先生をむーっと睨むと、モーリスさんがおかしそうに笑い出した。

「ここはロンダリア帝国とリジア翠国の間の街道ですから。盗賊は勿論、魔物も危険な動物も寄り付かないですよ」

「安全なんですねぇ」

「ええ。両国の王が、全ての盗賊に高額の懸賞金を掛けましたから、冒険者ギルドが常に見て回っているのです。その上、勅令で騎士団を動かして定期的に一斉討伐しています。先日、最後の盗賊団も捕まったと聞きましたし、もう盗賊は残っていないでしょうね」

「すごいですねぇ」

 ほんとにすごい。

 異世界って聞いて想像してたのより全然平和だよ。

「お金に目がくらんで、嘘を付いて罪のない人が捕まったりしなかったんですか?」

「高額…よく捻出できましたね」

 私と息子先生が同時に質問すると、モーリスさんが、それが王の凄いところです、と誇らしげに笑う。

「『真実の目』という国宝を使いました。『真眼』という魔法が込められていて、真実を見破ることができます。嘘はすぐに分かります。盗賊が盗賊を捕まえてくることもありましたので、褒美として追跡魔法のついた宝石を渡して一網打尽にしていましたね。

 それに高額の報奨金ですが、貴族から搾り取ったのですよ。『真実の目』をちらつかせながら寄付を募る国王様は貴族たちを蒼白にさせていました」

 見て来たみたいににこにこ語るモーリスさん。

 もしかして関係者なのかな? と首を傾げているとお母さんがゆっくりと聞いた。

「お詳しいのですねぇ」

 すると、モーリスさんは「ええ」と頷いてから、少しだけ言い辛そうに、

「恥ずかしながら、私の父はロンダリアの宮廷魔術師をしています」

 と教えてくれた。

 モーリスさん、エリートだったんですね!!

 と、思ったけれど、私がそう言う前に、モーリスさんは自分で首を振って否定した。

「跡を継げと言われて育ち、御膳会議にも末席に出席させられていましたが、私には父のような大きな魔力は無かったのです」

 跡継ぎ、という話題に息子先生がぴくっと反応する。

「何かにつけて比較してくる貴族達も嫌で嫌で…ああ、家は貴族ではあるのですが、領地もなく、あくまで役職に付属する地位という形で…国王様が無理矢理作った制度なので貴族達は気に入らないんですね。

 いい加減何処かへ逃げてしまいたいと嫌気が差していたところに、丁度妻がメイドとしてやってきて、一目で惚れまして。

 猛反対にあったのを理由にして駆け落ちしたんです。ですから今では私はただの村人ですよ」

 にっこり。楽しそうに話を締めくくる。

 いやそれより。何より!

「駆け落ち…!!」

 良い響き! ロマンスの香りがする!

 私が手を組んで感動していると、赤ちゃんをあやしながらメーテルさんがくすくす笑った。

「そんなに良いものじゃありませんよ?」

 口ではそう言いながらも、とっても幸せそうだから説得力ないない。

「まあ、私の知らない所でメーテルが父に手紙を出していまして。娘たちが産まれた事を知ると見せろ見せろと村にまで押しかけて来てしまって…今ではもう、父はすっかりメーテルと娘たちの虜なんです。

 『お前はいらんから嫁と孫だけ家に呼びたい』と。本当にやりそうで、私としては心配が増えて困っているんです」

「大団円じゃないですか!」

 わざと難しそうな顔で告げるモーリスさんだけど、どことなく楽しそう。もうすっかり仲直り済みなんだね。

 メーテルさんを見ると、にこっ、と慈愛に満ちた笑みをもらってふにゃんとなる。良妻賢母ってこういう人の事を言うんだろうなーなんて、見蕩れる。

「ご一緒には暮らさないんですか?」

「ええ。私はもう国政には関わりたくないので…それにこの魔力量では宮廷魔術師はできません。ロンダリア寄りの村で、ゆったりと畑を耕すのが精々ですよ。

 普段は村から出ないんですが、今回は、リジアにいる精霊術士に安産のまじないと良質の回復水を父が手配したというので向かっていた所だったのです」

 そこで話を切って、モーリスさんは手綱を操る手を止めて振り返り、私達を見渡した。

「結果的に望んだ以上の良縁に巡り会い、皆様には本当に感謝しております」

「本当に。助けて下さり、ありがとうございました」

「「ありがとうございました!!」」

 家族4人がゆっくりとこちらに頭を下げてくれた。

 こんなに誰かに感謝されたことなんて、今まで無いかもしれない。

 誰かの役に立つって、良いなあ。

「こちらこそです。皆さんに会えて嬉しいです」

 心の底からそう思って告げると、双子ちゃんがパッと顔を上げて寄ってきてくれた。「お姉ちゃん、お話しよう!」と可愛いユニゾンが話しかけてくれたので、私は笑み崩れながら、「もちろん!」と答える。


 さあ、異世界の旅は始まったばかり。

 せっかくなんだから、存分に楽しんじゃおうと思うのです!




【異世界召喚されたけど、草原で出産に立ち会う。本当に1日で帰る?】


只今の時刻、AM10:00。



ひとつめの話、『草原』はこれにて終了です。

お読み頂きありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ