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草原③

■異世界召喚されて産婆さんになる。


 馬車の中にはお腹の大きな苦しそうな女性が1人と、その両側に小さな女の子が2人、ちょこんと座っていた。女の子は同じ顔をしていて、苦しむ母親を心配そうに見上げている。

「そうねえ、まずは落ち着きましょう。奏多、お布団をしいてあげて」

「はい」

 メーテルさん、というらしい女性の近くに、ベッドから持ってきた掛け布団などを敷く。こんなことなら敷き布団ももってこれば良かった!とドキドキしながら思う。でも今更仕方ない。

「どうぞメーテルさん。その上に横になって下さい」

「…いいえ。汚してしまいますから…」

 明らかに辛そうなのに断るメーテルさんの手を取って、無理やり布団の上に連れてくる。柔らかい枕をお母さんの指示で腰もとを支えるように置いて、「いいから寝てください」と横になってもらった。

 やっぱり相当辛かったのか、横になったメーテルさんはふうと息をついた。

「申し訳ありません。お代は、必ず…」

 深刻な顔で心配するメーテルさん。お母さんがすかさず、

「そんなつまらないこと気にしないで下さいな」

 と言って、安心させるようにメーテルさんの手を取った。

「モーリスさんは泥だらけだったから外にいって貰いましたけど、綺麗になったら来ていただきましょう。その方が心強いでしょう?」

「あの人はすぐ慌ててしまいますから。この子達の時もそれは大騒ぎで、大変だったんです」

 ふわっ、と初めてメーテルさんの表情が緩んだので、お母さんと私も少し安心した。

 というか、あの男性はモーリスさんと言うらしいけど、いつの間に聞いたのお母さん。

「私は助産師では無いけれど、似た経験はあるんです。お手伝いさせて頂いても構わないかしら?」

「ありがとうございます。心強いです」

 お母さんとメーテルさんは、あっという間に通じ合って笑い会った。一瞬で築かれる信頼…うん、さすがお母さん。

 ちょい、と私の服が引っ張られたから見ると、双子の女の子の片方がじぃっとこちらを見上げてる。

「お姉ちゃん、だあれ?」

「だあれ?」

 1人が言うともう1人も真似っこして首を傾げる。なにこの子達、可愛い!

「お姉ちゃんは奏多だよ。あっちがお姉ちゃんのお母さんで春歌。さっきちょっとだけ見えたお兄さんはまほろ。2人のお名前は?」

 問い掛けると、2人は目で合図しあってから、せーの!と声を揃える。

「チルチル!」

「「と」」

「ミチル!」

「「です!!」」

 綺麗に揃って、えへへと笑うのが可愛すぎて、私の頬はでれでれににやける。メーテルさんも愛おしそうに目を細めて、最初見たときの辛そうな雰囲気はいつの間にかなくなっていた。

「青い鳥なんだねー」

「あおい?」

「とり?」

 傾げる首の角度までおんなじだ。双子って感動する。

「チルチルちゃんとミチルちゃんにはそばにいてもらいますか?」

 お母さんが問い掛けると、メーテルさんは少し悩んで、2人を見て、頷いた。

「ええ。この子達もいずれは母親になるでしょう。その時のために、近くで見て貰いたい…」

 ああ、『お母さん』なんだなぁ、と思って嬉しくなって、チルチルちゃんとミチルちゃんの頭を撫でた。髪の毛細くてさらさらだ。

「良かったね。お母さんの側にいて良いって。2人とも、お母さんの手を握って元気付けてあげてね」

「「うん!!」」

 とっさの返事も揃うとかー!双子良いなぁ!!

「じゃあ奏多。息子先生にお願いしてお湯をわかして貰ってちょうだい。タオルと、奏多のカーディガンを煮沸消毒して乾かしておいて。赤ちゃんのおくるみに貰うけど、良いわよね?」

「もちろん!」

 お母さんからカーディガンを受け取る。

 代わりに水を補給したペットボトルを渡して、双子ちゃんにバイバイと手を振って、外にでる。

「モーリスさんの泥も落として上げるのよ」

「はーい。お母さん、無理はしないでね? 疲れたらちゃんと言ってね?」

「分かってるわよ。でも、こちらに来てからとても体が楽なの。大丈夫よ」


 外にでると、しょんぼりと肩を落とした泥だらけのままのモーリスさんと、馬の様子を確認している息子先生がいた。

「せんせー」

 声をかけると、びくっとして振り返る。

「どうした。何かあったか!?」

「何にも無いよー。これから本格的に始まるみたい。お湯とタオルと、これ、煮沸してって」

 と言いながらカーディガンを見せると、ああ、と息子先生は頷いた。

「さすが春歌さんだな。あと、奏多…クリップと刃物あるか?」

 ごそごそ通学鞄の中を漁る。クリップはどうだったかなー…あ、あった。何種類かあるそれを掴んで取り出す。

「動物クリップと、目玉クリップがあるよ。刃物はカッターとハサミと爪きりと眉ハサミがあるよ」

「お前…。いや、まあ良い。目玉クリップとハサミも煮沸しよう。へその緒切るのに使うんだ」

「へええ…!やっぱり先生専門家だよ!」

 息子先生は私の手のひらから、書類の束を留められるような目玉クリップを二個と、小さめのハサミを受け取る。

 選ばれなかった、針金を動物の形に曲げた動物クリップと、その他刃物は鞄にぽい、と。

「モーリスさん。鍋とかありますか?」

 声をかけると、はっとするモーリスさん。どこかに意識が飛んでたみたい。メーテルさんも双子ちゃん達もしっかりしてたのに、お父さんだけ大混乱なんだなぁ。

「な、鍋ですか!? あります!」

 ぱっと立ち上がって、馬車の横に掛かっていた色褪せた頑丈そうな袋から、中華鍋のような鉄を打ち付けた鍋を取り出す。

 それを受け取って、また手のひらから水をじゃばじゃば出して鍋を洗った。

「あああ…。そのように高価な回復水を使い捨てて…」

 モーリスさんがあわあわしだす。

「モーリスさん。お聞きしたかったのですが、『回復水』とはなんです?」

「回復水をご存じ無いのですか!? 体力と魔力を回復する効果がある、神聖な水です。王族だってそう気軽には使えないものです!!」

 興奮したモーリスさんの説明を聞いて、先生は訝しそうに「栄養ドリンクみたいなものか…?」と呟いた。

 モーリスさんが言ってるのはポーションとマナポーションを掛け合わせたみたいなものだと思うけど、栄養ドリンクなんか無いだろうから飲んだらこっちの人は凄い効き目ありそうだし、案外間違ってないかもしれない。

「俺が飲んだときはただの水に感じたが…奏多、ちょっとくれ」

 と言って、じゃばじゃば鍋に放水しているところに手を突っ込んで掬い、飲む。

 眉をしかめる息子先生。

「甘いな」

 私も気になって、飲んでみる。

 …確かに、甘い。

 果物系の…オレンジじゃなくて林檎でもなくて…

「アセロラ味!」

 甘酸っぱい感じがそっくり!

 と気付くと、手から出していた水がアセロラ色のワインレッドになってしまった。

 緑の草原にそれが染み込んでいく。

「うわああ!?」

「奏多やめろ! 色戻せ!」

「無理だよ先生…! もう戻せない…!」


 さて、しばらく草原を汚してから、普通の水を出せばいいと言う事に息子先生が気付いて、ごく普通の水道水を出して鍋を洗う。回復水が手から出ていたのは、馬が早く元気になれば良いと思ったからだろうと息子先生と話しあってアタリを付けた。アセロラ味だと思ったらアセロラ色になったんだから、元気になってと思ったら、元気になる水が出てきても不思議では…ない? と首を傾げながらの息子先生の推理に、私は賛成。

 だって魔法だもん。

「鍋には…まあ、砂糖水では無いようだし人体に害は無いとのことだし、良い効果があるならその回復水とやらで煮沸するか」

「了解!」

 息子先生の指示で、鍋一杯に回復水を満たす。その間にモーリスさんが石を積んでカマドを作り、火を焚いてくれたので、鍋を火の上に置いて煮る。

「じゃあ、モーリスさんの泥を落としますね」

「はい、よろしくお願いします」

「人差し指からホースみたいに勢いよく!」

 叫ぶと、人差し指の先からブワーっと勢いよく一直線に水道水が出てきた。そこにモーリスさん自身に動いてもらいながら、体を洗って貰う。

「冷たくてすいません」

 温度調節は出来ないみたいなんだ。

「いいえ! 今日は温かいですし、お湯を作るには火の魔術師様と『協力魔法』を行わなくてはいけませんから」

 協力魔法?

 それって何ですかー、と水の勢いで音が立ってうるさいので、それに負けないように叫ぶと、それぞれの特性を合わさって出来る魔法ですよー。呼吸が合わないと出来ないので、非常に高い技術が必要になるのです!

 と答えてくれた。モーリスさん詳しい。異世界で会う人として、かなり良い人だったのかもしれない。

 なんでそんなに詳しいんですか、と聞こうと思ったら、馬車の幌が上がって、中からお母さんがふらりと出てきた。

 あああ!! だから、お母さん裸足なんだって! 地面歩いちゃ駄目なんだって!!

「お母さんどうしたの!?」

 モーリスさんは取りあえず置いておいてお母さんの元に走ると、お母さんは困った顔をしていた。娘の私だから分かるけど、顔色が青い。お母さんはどんなに病気が辛くても平気そうにしてたから、こんなに狼狽するのはすごく珍しい。

 嫌な予感がして、飛びつくように聞く。

「困ったことになったわ」

 モーリスさんを気にしながら、お母さんは小声で囁くように言う。

 私と、寄ってきてくれた息子先生にだけ聞こえるように小さく、

「赤ちゃんが出てこないのよ。へその緒が巻きついているのかもしれないわ。もう羊水も沢山外に出てしまったし、このままだととても…危険なの」

 お母さんの説明は私には良く分からなくて瞬きをした。ただ、危険、という言葉だけが残って、知らずに息を止めてしまう。危険って、赤ちゃんが? メーテルさんが? それとも両方?

「羊水というのは子宮の中に満ちている水だ。胎児はその中に浮いて守られている。それが無くなると良くない…というのは分かるな?」

 息子先生が私の肩を叩いてなだめながら、説明してくれるのをじっと聞いて頷く。

「へその緒が絡むこと自体は良くある事だ。ただ、へその緒の長さにも個人差がある。短いへその緒が巻きつけばそれだけ短くなって、子宮から出てくるのを阻む原因になってしまう。また、胎児の首に二重も三重も巻きついていたとしたら、無理矢理引き出せば首が締まって胎児の生命維持に支障が出る。

 日本なら帝王切開が考えられるが、此処では無理だろう。それに、実際どうなっているかを調べる機器が無い。経験で察知できる助産師も居ない」

 噛み砕くように説明されて、やっと私にも状況が分かった。

 お腹から出れない赤ちゃん。それでも、時間が過ぎれば赤ちゃんが浮いている水はどんどん無くなって行く。状況が分からないから、ヘタなことは出来ない。どうにもできない。

 でもどうにかしないと、赤ちゃんが……。

「先生! どうにか出来ないの!?」

 叫ぶと、ぱしっと口を塞がれた。

「どうされたんですか?」

 と、びしょぬれのモーリスさんが不安そうに近づいてきたけれど、「何でも無いんです。少し、外の空気を吸いに休憩に来たんですよ」とお母さんがふんわり笑いながら応えるから、モーリスさんは安心して納得して、鍋の様子を見に戻って行った。

 そっか。私が大きな声を出したら、モーリスさんが不安になるし、また混乱してしまう。そうしたら、馬車の中に突っ込んで行くに決まってる。それで、メーテルさんや双子ちゃん達も不安でいっぱいになって、赤ちゃんを助けるどころじゃ無くなって…。

「先生、私バカだ…」

 何にも考えられない大馬鹿だ。

 しょんぼりへこむと、ぺしぺしと息子先生が頭をはたいて元気づけてくれた。

「今のでそこまで分かれば十分だ。良いか、医者なんてものはな、ハッタリ張ってなんぼだ。明日死ぬ人間にも絶対治るって笑ってやれ。それで実際生き延びる人間は大勢いるんだ。明日死ぬなんて宣言したら間違い無く全員死ぬ。患者と関わるなら、お前は、笑え」

「うん、分かった」

 自分で自分の頬をうみょーんと引っ張って、無理矢理笑う。

 苦しいのはメーテルさんなんだ。


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