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草原②

■異世界人発見


 あちらは冬だったけれど、こちらは随分あったかいから、濡れ鼠が2匹いても放っておけば乾くでしょう。

 提案です! と手を上げて、私は2人を見た。

「異世界召喚の鉄板として、草原に出た場合は十中八九、馬車が盗賊に襲われている所に遭遇します。それをどうやって助けるか話し合いましょう!」

 やけ酒のように勢いよくペットボトルの中身(私の魔法で補給しました)を飲み干す息子先生は、もーほんとやだーという表情をする。

「馬鹿か」

 そして実際言った!

「だって実際そーなんですって! 助けたのが商人ならお金貰って恩売って街に連れて行ってもらうし! 王女様なら王宮でうはうは生活だし! 大体そのどっちかなんですって!」

「馬鹿か」

 二回も言った!

「盗賊と戦うのは、お母さんちょっと難しいわぁ…」

「お母さんにそんな危ない事させる訳ないじゃん!」

「俺にやれと!?」

「ちがーう! この素敵水魔法で空の彼方にどかーん! とか」

 ほう、と息子先生は私がかざした手のひらを見て言う。

「人を飛ばすほどの水圧なら、飛ばされた方はスプラッタだな」

「人殺し、駄目絶対!」

 あっさりと話し合いは暗礁に乗り上げてしまい、私は両手を組んで、んーと考えた。

 水魔法でできること。

 水鉄砲。雨のシャワー。足元ずるずる。強力放水(これは死人が出るので威力調整が必要)。

 なんだか決定力に欠ける気がする。

「もしかして、水魔法ってあんまり強くない?」

「水は必需品よ」

「特にこんな意味不明の場所ではな」

 誉められるとちょっと照れる。

 そんなこんなをしていると、おおーい!と、どこからともなく声が聞こえてきた。

「道の方からね」

 お母さんの言葉に私と息子先生が声の方を向くと、布が多めのケープのようなものを身体に巻いた男性が、こちらに向かって手を振りながら駆け寄ってきていた。

「盗賊?」

「それなら声をかけてはこないだろう」

「何か困っているみたいねぇ」

 男性は声を上げながら結構な速度で疾走しているので、私たちは手を振って気付いたことを合図しながら、大人しく待つことにした。



「すっ、すいま、せん…」

 男性がたどり着く頃には、すっかり息が上がってぜーぜーと苦しそうになってしまった。

「まぁまぁ。どうぞお座りになって下さい」

「いいえ。お気持ちだけで…」

 大人のやりとりを耳に入れながら、息子先生からペットボトルを受け取って男性に差し出す。

「お水です」

 どうも、と反射のように受けったそれをまじまじと見て、男性は声を上げた。

「頂けるんですか!?」

「え、はい」

 あまりの勢いに押され、一歩下がりながらも答える。

 男性は急に嬉しそうになるけれど、もう一度ペットボトルを見て、「だが、これだけでは…」と肩を落とした。

「水がご入り用なんですか?」

 お母さんが聞くと、男性はうなだれたままに頷く。

「あちらに私の馬車を置いてきているのです。一刻も早くリジアに入りたかったのですが、急かしすぎたのか馬がへばってしまって。ですが水は尽きてしまったので…」

 でも、頂けたこれで何とかなるかもしれません、と、全然足りてないんだろうに男性は私たちにぺこりと頭を下げた。

 お母さんがちらっと私を見たので、頷く。

「あの、水ならあるので、馬車まで連れて行って貰えませんか!」



■本当に困っていたのは。


 馬車には私だけで行こうとしたのだけれど、お母さんと息子先生に止められた。まだ男性を信用しきれてないからって事らしいけど、失礼をしないか心配って、2人とも顔に書いてあるのをごまかし切れて無いからね?

「息子先生、ごめんなさいねぇ」

 お母さんを息子先生が背負い、ベッドは持てないので置き去りにして、私は薄い掛け布団とバスタオル、シーツ、枕など、持ち運べるものだけ手に持った。

「邪魔じゃないか?」

 不思議そうに聞いてくる息子先生に私はニヤリと笑う。

「異世界でリアル物資は重宝されるの! これと引き換えに馬車で街まで送って貰おうよ」

「意外としっかりしている…」

「異世界マイスターと呼んで!」

 なんてやり取りをして、息子先生にかわいそうなものを見る視線を向けられているうちに、一台の馬車が見えてきた。

 木を打ち付けただけです、とでも言うようなボロい本体と、つながれた二頭の馬。そのうち一頭が、げっそりとしゃがみ込んでしまっている。

 馬車を開けてもらい、私が布団や毛布を敷いた床の上に息子先生がお母さんを下ろして、2人で馬の様子を見る。

「日射病になりかけてるんだろうな…。奏多、こっちの馬の全身に水かけろ。落ち着いたら桶貰って二頭に飲ませてやってくれ」

「アイサー」

 ちょっと下がってくださいね、と心配そうな男性に声をかけてから、

「水よ、蛇口捻ったくらいで出てきて」

 と唱えてみたら、手のひらからじゃばじゃばと水が出てきた。丁度良い水量だったので、馬の顔から身体にかけて、ゆっくりと濡らしていく。

 最初はぐったりしていた馬は、全身が濡れた辺りでパチッと目を開けて、耳と尻尾をふんふんと降り出した。

「気持ちいい?」

 問いかけるとすり、とすり寄ってくる。馬っていってもロバみたいな大きさだから、何だかかわいい。

もう一匹も興味津々で、何ー? って感じで近付いてきたので、振り返って男性に桶をお願いする。

 けれど、男性は目を見開いて口をかぱっと開けて、こちらを唖然と見ている。

「どうしたんですか?」

「水の高位魔術師様だったのですか! そうとは知らずとんだご無礼を! 申し訳ありません!!」

 いきなり叫ぶと、水でぐちゃぐちゃになった地面にがばりと這いつくばってしまって、慌てる。

「突然どうしたんですか!?」

「無詠唱でそこまで大量の回復水を湧きだされる方は今まで見たことがありません。ですが、私どもにはお支払いできるものがございません。どうか、金銭と馬車の中の荷物でお許し下さい! 馬と馬車はご勘弁を!」

「いらないですから!! そりゃ、ちょっと街まで乗せてくれないかなとは思ってましたけど、そんな凄いものいらないですから!!」

 慌てて遠慮させてもらう。だいたい馬を助けるために呼ばれてきたのに、その馬を馬車ごとぶんどっていくってどれだけ悪質なの! 私そんなブラッディなお仕事してないよ!

「…何やってるんだ?」

 はっ。天からの助け!

 なんとかしてーと息子先生を見ると、妙に真剣に、そして珍しく困った顔をして言った。

「そんなことをしている場合じゃない。馬車の中で子供が生まれるぞ」

「メーテル!!」

 息子先生の言葉を聞くと、男性はガバッと立ち上がって馬車の方へと走って行ってしまった。

 確かになんとかなったけど、聞き捨てならない言葉を聞いたような。

「今のって冗談?」

「事実だ。馬車の奥に妊婦がいる。あれだけ陣痛の間隔が狭くなってるならヘタに動かない方が良い。もうここで産むしかないんだろうな」

「ええっ。大変!! 先生、私たちこんな所にぼうっとしていていいの?」

「いや…。え、お前行くの?」

「行くよ! お母さんも馬車の中にいるんだし、私良く知らないけど、水はあった方が良いんでしょ? 先生教えてよ」

「俺、産婦人科医じゃないし…」

「もー! でも先生のことだから知識はあるんでしょ? 勉強したんでしょ? こんな野っ原の真ん中で出産なんて危ないんだから専門家が行かなくちゃ」

「だから俺専門家じゃないんだって…」

 本当に珍しくうじうじと煮え切らない先生の背を押して、馬車の入口へと向かう。ひょい、と幌をかき分けて中を覗くと、入り口付近で男の人を抑えていたお母さんが、ぱっとこちらを振り向いた。

「奏多、息子先生! 良かったわ。この方、泥だらけなのに奥さんに近付くから困っていたの。落ち着くまで、外に連れて行って差し上げてくれないかしら」

 メーテル!!と叫びながらお母さんを押すおじさんにイラッとして引っ張ろうとしたら、私より早く息子先生の手がにゅっと伸びてきておじさんを馬車の外に連れ出していった。

「春歌さんの頼みなら仕方ない。俺は外にいるからな!あとは頼んだぞ奏多!」

 よろしくなー、と颯爽と去っていく息子先生。すごく良い笑顔で、珍しいものを見たなぁとは思うけど……出産に立ち会うのがそんなに嫌なんだね、先生。

「奏多、ぼうっとしてないでこっちに来てちょうだい。やることは沢山あるのよ」

「はーい」


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