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城下町⑤

■お金の話と料理について


 しばらく、部屋は静かだったが、奏多がふと顔を上げ、制服のポケットからモーリスさんに貰った袋を手に取り、こちらに差し出した。

「先生、これ私が持ってちゃ駄目。先生が持っていて」

 差し出された小袋は、動かすとちゃりちゃりと硬貨の擦れる音がする。ほとんど取られたんじゃないかと覚悟していたが、まだ残っているようだ。袋を逆さにふって、ベッドの上掛けに硬貨を並べる。

 丸い金貨が6枚、中央に穴が空いた銀貨が4枚、薄い小さな板状の金属が10数個。

 金は10円玉と同じような大きさで、人の横顔が彫られている。銀は大きさは金と同じだが、5円玉のように中央に穴が空いていて、三分の二は穴。その周りに何かの花の花びらが彫られている。板状のものには何も書かれていない。ただ、擦り切れて端が丸くなっている事から、使用頻度の高さがうかがえる。

「店主にはいくら取られたんだ?」

「すごく早かったから確かじゃないけど、多分、金が2枚と、銀を1枚…。出した瞬間に…」

 完全に犯罪だな。

「元々いくらって言われたんだ?」

「一泊一人5…ふぃー? ふぉー? 食事付きって言ってた」

「三人で15か…。となると、硬貨の価値は、金貨1枚6、銀貨1枚3の組み合わせか、金貨1枚7で銀貨1枚1の組み合わせになるな。だが、使いにくそうな変換率だし、金のが価値が高いと決まっている訳でもない。あの店主じゃ、当てにならないか」

 どうせ、言いくるめられそうなよそ者がたまたままとまった金を持っているようだから奪っただけだろう。

「モーリスさんにお金の数え方聞いておけば良かった…。異世界召喚の基本なのに!」

 と、突然頭を抱えて、奏多はベッドにぼすんと倒れ込んで、潜んでいた埃が舞う。

 それは俺も迂闊だった。しくじったとしか言いようがない。適当な買い物をして、釣り銭なんかで推察するしか無いだろうな。でもふっかけられたら気付けないし…。もう少しモーリスさんと一緒にいるべきだったかもしれない。

 じっと考え込んでいると、げほ、と喉から乾いた咳が出てきた。俺は元々気管支炎のケがあるから、埃が多いと咳き込む。見ると、陽光に照らされて、 埃が舞って反射している。春歌さんの体に確実に良くないことだし、ここは早く出て行った方がいい。

 金については後回しだ。

「奏多、埃まみれになるから止めとけ」

「うーん…。硬い。ザラザラする。埃と砂のにおい…」

 声をかけても、もごもごと顔を上げない。うつ伏せになって、決して綺麗とはいえないベッドシーツを撫でている。

 へこみすぎだろう。

「春歌さん。ひとまず診察させてください」

「ええ、お願いします」

 まあ奏多は放っておこう。

 春歌さんの腕を取り、聴診器で脈を計る。呼吸の回数、瞳孔、リンパ腺、頬の顔色、口の中の様子。体温計を脇に挟み体温を計る。

 聴診器と体温計を持ったまま来れたのはまだ救いだったな。

「特に問題なさそうですね。気分が悪かったり、違和感はありますか? 疲れましたか?」

「いいえ。久しぶりに動いてとてもスッキリしたわ」

 と、晴れやかに笑う春歌さん。

 本当に嬉しいのだろう。

 ピピピ…と体温計が計り終えたので外してもらい、受け取る。

 36.2℃。

「こちらも大丈夫ですね。熱っぽい感じがしたり、寒気などは?」

「ありません。本当に、いつもよりずっと体が楽だわ」

 こんなに元気よ、と腕をぐるぐる回す。そんな春歌さんと笑い合いながら、表示温度を見せないように何気なく体温計をケースにしまい、元通りにしまう。

 手帳とボールペンを取り出して問診結果を書き込んで、診察は終了。

 まだぐうぐう唸りながらうつ伏せの奏多がこちらをうかがっているのに気づいたので、春歌さんは大丈夫だ、と小声で言って頭を叩くと、うん、と小さく頷く声は、少し湿っている。なんだ、それで顔を上げなかったのか。

「何か違和感があればすぐに教えて下さいね。どんな小さなことでも」

 真剣に声を掛けると、ゆっくりと頷く。

「ええ。息子先生が一緒に来てくれて良かったわ」

 そして、ふわりと。

 花が咲くように、幸せそうに笑う。

 俺と、顔を上げた奏多は2人して見蕩れる。本当に、春歌さんの笑顔は見ている方の心が照らされるような、明るく輝くもので。向けられると不思議と暖かい気持ちになる。

 奏多、こんな母親がいて羨ましいな。


 さて、診察も済んだことだし、これ以上の長居は無用だ。

 こんな体に悪い場所からはとっとと出よう。

 立ち上がって窓を閉めると、春歌さんはポンチョを羽織り直して準備が出来ているのに、奏多はまだベッドの上に寝そべったままだった。

「ほら奏多、帰るぞ」

「ううん…もうちょっといたい」

 なんて言いながらまだごろごろする。

 いや、お前、気付いてないかもしれないが髪の毛まだらに白くなってるぞ?

 たぶん立ち上がったら制服の前は相当汚れている…というか標準丈とはいえスカートでごろごろするな。

「疲れたのか?」

「いや、あのね、この砂とか、埃の感じが想像してた異世界感にピッタリで…もっと堪能した」

 がしっと掴んで無理矢理引きずることにした。

 どういう理由だそりゃ。アホか。


「ひどいよー、先生のせいでせっかくのセーラー服が灰色だよー…」

 階段もそのまま引きずっていこうと思っていたのだが、さすがにまずいと分かったらしい奏多が途中で立ち上がって自分で歩き出した。

「俺のせいじゃないだろ」

「それでも女の子を階段引きずるとかー…というか先生、見かけは細っそいのに、意外と力あるんだね」

 一階に下りると、ぶつぶつ言っていたのが急に元気になって、俺の腕をまじまじと見る。

「こんな仕事やってるといつのまにか力は付くんだよ」

「先生、そこは、お前はそんなに重くないとか、軽いとか。気を使うところだよ女子に対して」

「俺の知る女は埃だらけのベッドでだらだらしない。だいたい、軽くはないだろ、軽くは」

「ひっど!じゃあ何キロだっていうのさ」

「50キロ。身長156センチ。スリーサイズは」

「うっわー!! ストップ!ストップ!!」

 さすがにそこまでは分からないが、奏多は焦って両手をぶんぶん振り回す。

 何で? 何で? と混乱しながら真っ赤になっているが。

「うちで健康診断してるだろ。知ってる」

 ネタをばらすと、さらに赤くなって怒り出し、

「個人情報…!!」

 と言って両頬に手を当てて固まってしまった。

「あのな。お前が健康かどうか判断するの、親父と俺なんだが分かってるか?」

 呆れ果ててそういうと、床にしゃがみ込んで唸る。階段下の、ものすごく邪魔なスペースなんだが。

 分かってるけど、分かってたはずなんだけど…!! とか、ブツブツと聞こえる。

 察してはいたが理解はしていなかった、と。実際計測したのはウチで事務してる姉貴だしな。

 石のように動かなくなってしまったこいつをどうしようと春歌さんを見たのだが、「あらあら」と楽しそうにころころ笑っていて、何もする気はなさそうだ。任せます、と目線で伝えられたので、仕方なく立ち上がらせようと近寄る。

「おう、兄さんたち、飯食いに降りてきたのか?」

 だが、その前に店主が声を掛けてきた。

 両手には何かの食事が乗った大皿を持っていて、テーブルへと運ぶところのようだ。見れば、いくつかあるテーブルの八割ほどは客で埋まっていた。

「まだ昼前なのに盛況なんだな」

 腕時計は11時過ぎをさしている。

 それは独り言だったのだが、店主は褒められたと思ったらしい。

「あったりまえよ! 飯時になったら行列ができるぜ。あんたらもほら、席についたついた」

 と、空いているテーブルのひとつに無理矢理座らせられてしまう。

 力が強すぎて腕が痛い。春歌さんはそのまま付いてきて自分で席につき、奏多は事態に気付くと驚いて駆け寄ってきて、「ほら、嬢ちゃんも」と同じく座らされることになった。

「注文は何だ?」

 と、聞かれて、俺たち3人は視線を交し合った。

 壁に札がかかっていて、商品名らしきものが書かれている。

 アラビア文字のような直線と点の塊に見えたのだが、一瞬後には『ケニ』『ビージード』『ジェン』。カタカナに直った。丁度同じ現象に見舞われたのだろう、奏多が、「さすが異世界…!」と感動しているので、これは異世界に呼ばれると起こるごく普通の現象なのだろう。いや俺も混乱しているな。

 とにかく、カタカナならば読めることは読めるのだが、何の料理かはもちろん全く分からない。

「店主さん、私たちあまりこちらに慣れていなくて。おすすめは何かしら?」

 戸惑っていると、春歌さんが聞いてくれた。さすが。俺の心の声と奏多の呟きが重なる。

「そうか!じゃあ俺が見繕ってきてやるよ!」

 すると、店主は張り切った様子でにやりと、おそらくは心からの笑顔なのだろうものを浮かべ、店の奥へと消えていった。

「もしかして結構親切な人なのかな?」

「そうねぇ」

 親子二人がなごやかに花を飛ばして会話しているのを眺めながら、俺は嫌な予感を感じずにはいられない。

 不潔だから食中毒の心配がある。だが、それだけでは無くて…。

 まあいい。俺達は他愛ない会話をしながら、料理が運ばれてくるのを待つことにした。


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