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草原①



 私はただ手を握る。

 手放すもんかと手を握る。

 この世のルールも、常識も、なんだって覆してみせる。

 絶対に負けてやるもんかと思うのに、勝手に涙が溢れてくる。


 助けて。お願い、私を呼んで。



 

 

 どすん!と、それはそれは重そうな音と、目の前がチカチカするような痛みで、ずっと起きていたにも関わらず、“目が覚めた”。

 むぐぐぐ、と悶絶する。

 こりゃあ、お尻が2つに裂けたかもしれん。

 ごろん、と仰向けになると、目に映るのは雲一つない真っ青な空。

「良い天気ー…」

 なんて呟いてから、はっとして飛び起きる。

「ここ、どこ!?」

 上が青天なら、右と左は草っ原。その向こうにうっすらと山。以上。見事なまでに何もない。


 これはもしかしてもしかするんじゃない?

 「異世界召喚、キターーー!」


 と叫ぶと、ガコン!!と破壊音と砂埃がもうもうと。一瞬の光と、舞い散るちぎれた葉っぱたち。

 衝撃にびっくりして目を見開いていると、その中から出て来たのはパジャマ姿の女の人と白衣を来た男の人ーーー私のお母さんと、我が家が頼りにしてる個人医院の跡継ぎさん。

 げほっ、ごほぅ、と息子先生はがっつり咽せている。

「あらあら大変ねぇ、大丈夫?」

 と、お母さんが息子先生の背中をさすっているのを見て、慌てて駆け寄った。

「やだやだ!お母さん大丈夫!?」

「あら奏多。急に落ちていったから心配したのよ」

 ふわぁ、と春風のように笑うので、なんだか力が抜けて、へなへなと手をついてしまう。

 あ、ベッドごと来たんだ。

「大丈夫そうだね…」

「ええ、そういえば、喉が痛くないわ。頭も、胸も。しかも何だか立てそうね。えいっ!」

 むくっ。お母さんが急にベッドの上に立ちあがった。

 剥き出しの土の上だからガッタガタなのに!!

 私と息子先生はひいぃぃと顔をひきつらせて、慌ててベッドを上から押さえる。

 お母さんお願い転ばないでぇぇぇ。

「あら」

 必死の私たちが気にならないのか、お母さんは遠くを見るように額に手を当てて、嬉しそうに言う。

「ちょっと向こうに道が見えるわ」

 それがとっても嬉しいというように、お父さんを一瞬で参らせた、花の綻ぶような笑顔を浮かべる。

 息子先生が見惚れてちょっと力が抜けたのか、ベッドがぎしりと悲鳴を上げる。

「全部後でいいから、取りあえず座ってえぇぇ!!」



■それで、ここどこ?


 とりあえず落ち着こうか、まずはとにかく落ち着こうか。と、私と息子先生で呪文のように唱え合い、お母さんにはベッドに座って貰った。

 3人が座ってひっくり返っても困るので、私と息子先生は立ったままだ。でも全然全く気にならないので、お母さんは席を譲ろうとしない!よく見て、足元素足だから!


 何か喉乾いた。肩に掛けたまま持ち込んだらしい通学カバンから、ペットボトルを取り出してミネラルウォーターを飲んで、はあ、と一息。

「お母さんも飲む? コップは無いんだけど」

 差し出すと、お母さんは大丈夫よ、と首をゆっくり振って、息子先生の方をちらっと視線で示す。

 息子先生は、ペットボトルに視線釘付けだった。

 そういえばさっき盛大にむせてたもんね。

「先生、飲む?」

 ひょい、と差し出すと、逡巡。

 なるほど。花の女子高生との間接キッスは手が出しにくいと。

「そういうの気にしなくて良いよー」と押し付けようとしたのだけど、かたくなに拒否。

 お母さんのために残しておいた方が良いとかなんとか言うんだけど、そう目一杯全力で拒否されると、『俺の酒が呑めないのかー!』みたいな気持ちになってきて。まあまあ、いやいや、と譲り合いの押しつけ合いに発展するのにそう時間は掛からなかった。

「零れるわよ?」

 と母がふんわり注意したときにはもう遅い。

 ペットボトルはコトンと地面に落ちてぐるぐると回転。拾い上げたときには、中はすっかりこぼれきっていた。

 呆然とする息子先生。どんだけ喉乾いていたんですか。

「あーあー」

 勿体ないなぁ、と私がこれ見よがしに呟くと、拳をぎゅっと握ってこっちを睨み、

「…っ、…っ!!」

 と何も言えないまま、結局はただペットボトルを握りしめてた。


「…それで、ここはどこなんだ?」

 ペットボトルをとりあえず返してもらい、とりあえずお互い謝罪して、本命のお話が始まった。

 息子先生はなぜか私をロックオンだし、お母さんも小首を傾げながら私を見てる。

 何で私が知ってると思うんですかね、と不思議に思いながらも、まあ、教えて差し上げます!


「ここは! なんと! 皆が夢見る異世界なんです!」


 ババーン!

 両手を広げて主張したのに、草原を肌寒い風が駆け抜けて行った。



■異世界とは。


 あー、と息子先生が額に手を当てて疲れた声を漏らす。

「ようするに、ここは夢ってことでいいか?」

 ならもう寝ようかな。とでも言いたそうにベッドに突っ伏してもごもご言っている。

「いえ異世界です」

 重ねて言うと、さらに沈んだ。大げさだなぁ。私、言霊魔法でも習得したのかもしれない。 

「お母さんちょっと分からないんだけど、異世界ってなに?」

 ベッドの上で、やっぱり小首を傾げたままの我が母に、なんて答えようか迷う。

 異世界といえば、日本でも太陽系でも銀河系でもなくて、宇宙方面じゃない方向に広がった別の世界のこと。常識が違うし、生態系も違うし。あと、魔法が使えたりする。

「て感じ?」

「という妄想、の間違いだろう」

 一通り説明して締めくくると、息子先生が茶々を入れてくる。ぷくぅ、と膨れる私を宥めて母がまとめた。

 困ったわねぇ、と。

「ようするに、帰り道が分からないってことよね?」

 それ、ビンゴです。



■帰れる訳ない。


 母のこれ以上なく的確な言葉に、息子先生はさぁっと青ざめた。

「今日帰れないと困るんですが」

 いやいやいや。

 異世界ですよここ。今日どころか、一生かけても帰れるかどうか微妙、ってもんだよ。

「私も、お父さんが明日帰ってくる予定だし…」

 いやいやいや。だから帰れませんて。

「奏多も、帰れないと困るでしょ?」

 いやいやいや。

 ん? なんで?

 首を傾げて考えていると、お母さんがにこにこ笑ったままで言った。

「センター試験でしょう、明日」

 ごくり、と私の喉が鳴る。

 な、なんだってぇ!? 知らぬ間にそんな近くまで潜んできていたのかセンター試験よ! だがしかし! 私はついに楽園へと逃げ延びた! 追ってこれるものならやってみるが良い!!

「奏多」

 母が呼ぶ。

「今日中に帰りましょうね?」

「イエス、マイマザー」

 という訳で、本日中に帰る事が決まりました。



■だから異世界って(略)


「今日中に帰るとしても、ここは本当に異世界なのか?」

 異世界、という時に盛大に顔をしかめる息子先生。

「そうねぇ。北海道のどこか、と言われても納得できそうねえ」

 北海道のどこかにベット付きのパジャマ姿で医者と親子がトリップするのもそれはそれで世界不思議ミステリーにノミネートされちゃうと思うけどね。

 まあそれはね、私も思う。異世界!っていくら私が言ったって、説得力ないよね。

 という訳で、見せてあげようじゃないですか! 異世界召喚チートってやつを!

「唸れ! 私の右腕!! ゴールデン☆サンダー!!」

 ぴーひょろろろろ。

 あれ、どこかでハゲタカ的なものが鳴いている。

「違うか。じゃあ、フラワー☆シャワー!!」

「我願いたるは虚空の神!いでよ邪悪なる我がしもべ!」

「空天の割れ目よ…(略)」

「ああ、左腕の封印がっ!」

「○ハリク○ハリタ!魔法少女に変身!」

 カー…カー…。

 あれ、どこかでカラス的なものが鳴いている。

「まだやるのか?」

 パジャマ姿のお母さんに白衣を着せてあげながら、息子先生が見てはいけないものを見てしまった痛ましい表情で言う。

 私も制服の上に着ていた学校指定のカーディガンを脱いでお母さんに渡しながら、言っときますが中二病のこじらせは済んで新たなステージへ行っていますよ。という会話をする。駄目じゃん、と言いたげに息子先生が顔をそむける。

「風よ!」

「光よ!」

「闇よ!」

「炎よ!」

「水よ!」

 ぶっしゃわあぁ、と、掲げた私の手から大量の水が噴き出して、綺麗な虹を作り上げた。

「わぁお」

 びっしょりに濡れながら、振り返ると息子先生がお母さんを背中に庇って立っている。

 水も滴る良い男。になるには勢いがありすぎて、ただのぬれ鼠になっていて。

「ごめんなさい」

 素直に頭を下げた。



■水魔法の使い手になったらしい


「という訳で、手のひらから水が出る以上異世界ではないかと推察致します!」

 びしっ! と敬礼して告げる。

 通学カバンの中から出したタオルで頭を拭きながら、息子先生は胡乱な表情でこちらを見る。ほんと調子のってすいませんでした!

「不思議ねぇ」

 と笑うお母さんは、とりあえず信じることにしてくれたらしい。

 息子先生のおかげで濡れずに済んだし、私と先生が好き勝手に衣服を重ねたので、細かい滴もつかずにすんだようで、ほっと息をつく。

「多分、私は水魔法の使い手になったって事だと思う。水魔法が、回復とか出来る癒しタイプなのか、水を操るサイコキネシス系なのかは今後実験するとして…あれかな。元水泳部だから?」

「まあ面白い。じゃあ、お母さんも何か魔法が使えるの?」

「それは分からないけど…。でも、可能性は高いよ。お母さんだったら…なんだろう。ガーデニング好きだから土魔法とかかな?」

「昔は吹奏楽部だったわね」

「じゃあ…音魔法? 風魔法? 分からないなぁ。この世界の人に会えれば聞けるんだけど」

 うーん、と悩む私達の後ろで、息子先生が「透視!」「裁縫!」「錬金!」と小声で手のひらをかざして呟いていた。

 息子先生…。変態で乙メンで金の亡者に見えちゃうからその呟き止めた方が良いよ。

 患者の状態が分かる透視と、外科手術の上達と、えーっと、先生の病院の経営がちょっと危ないって、本当だったのかな…。


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