僕らの日々
「退屈ねぇ、何か面白い事知らない?」
黒髪の少女は、灰色の地面に大の字に寝転がりながら不機嫌そうに口を開いた。
「知ってたら、こんな寂れた屋上で美紀なんかと一緒に貴重な昼休みを燻ぶってる訳ないだろ」
緑のフェンスに寄りかかって座っている少年が、皮肉をたっぷりと籠めた声で言う。
美紀、と呼ばれた少女は一瞬少年を、キッ、と睨み付け勢いよく起き上がる。美紀はわざとらしく大きな足音を立てながら少年の横にくると、彼とは対照的に、外を見渡すようにフェンスに手を掛けた。
「どうして学生ってこんなに暇なのかしら……」
そう言って、まるで悲劇のお姫様のように憂いを帯びた表情でため息をつく。
「暇だ、暇だ、って言うけどなぁ、健全な学生は勉強したり、部活やったり、別に健全じゃなくてもバイトしたり、飲み会やったりで、普通に過ごしてれば退屈なんて言葉は出ないはずだぞ。……まぁ、それが楽しいかどうかは知らんが」
少年は、美紀のほうを見ずに淡々と言う。
「何よ、健司だって暇だからこんな寂れた所で私と燻ぶってるんでしょ?」
「ん〜、それはそうなんだがな」
少年、健司は、もともと本気で言った台詞でもなかったようで、美紀の反論にあっさりと同意すると、そこで会話は終わってしまった。
「……そういえばさ、こんな話知ってるか?」
健司の声がしばらくの静寂を破る。
「どんな話?」
美紀が気の無い声で尋ねる。健司は、ふむ、と言ってゆっくりと空を見上げ、目を閉じた。
「……むかーし、昔、一人の少年がいました」
健司は、まるで紙芝居屋のおじさんのように語りだす。
「その少年には年が四つ離れた小学生の妹がいて、二人はとても仲良しでした」
美紀は、話を聞いているのかいないのか、外をぼんやりと見たままぴくりともしない。
健司はそんな美紀を横目に見ると、ゆっくりと話を続けた。
「……しかし、ある日のこと、少年の妹は、信号を無視したトラックに轢かれて、……死んでしまったのです」
僅かな躊躇いの後、健司がそう言うと、美紀は、一瞬驚いたように目が見開いたようにも見えたが、それでもやはり微動だにしなかった。
「少年は、とても悔やみました。自分を責めました。何故あの朝、妹と一緒に居なかったのだろう? 何故すぐそばで守ってやれなかったのだろう? そんな取り止めのない事を、延々と考えていました。そして、ずっと何もする気が起きないまま、少年は中学校を卒業して、親の言うままに家に近い適当な高校に入りました」
健司は段々と抑揚のない声になりながら、話を続けた。と、今まで何の反応も示さなかった美紀が、顔を、くるり、と健司の方へ向け、
「それで、どうなったの?」
と、真剣とも無表情とも言えない顔つきで質問した。
美紀のほうを見ずに健司は話を続ける。
「すると、入学してからしばらくして、見知らぬ少女が話しかけてきたのです。そして、自分と友達にならないか? と言ってきました。少年は『なーんだこの妙な女はぁー?』と思いました」
健司がちらりと美紀の方に視線を向ける。美紀は、少しむっとした表情で健司を睨み付けた。
「何か?」
そう言って健司は、にやり、と笑う。
「……別にぃ? それで?」
不服そうに美紀は続きを促した。
「少年は、最初はうっとおしいと思っていました。しかし、その少女は少年がどれだけ無視をしても、何度も何度も話しかけてきます。そして、気が付いたら一緒に昼ご飯を食べたりするようになり、どうでもいい話とか、つまらない愚痴とかも言い合うようになりました。すると、不思議と妹が死んでから無くなってた『感覚』が戻ってきて、少年はまた笑ったり、怒ったりする事が出来るようになりました。そしてある日少年は思ったのです。こんな退屈な日常も悪くないのかな、……と」
僅かな沈黙の後、どうやら話が終わったらしいのを理解して、美紀はあきれた様な顔をする。
「ねぇ、それさ、何が言いたいの?」
健司はしばらく考え込むと、
「う〜ん、『暇もいいもんだよ』って昔話?」
と首をかしげながら言った。
「いや、全然昔話じゃなかったから。て言うか、健司はストーリーテラーには向いてないわね。ど下手だもの」
「ま、基本引きこもりだからな」
「……あぁ、確かに」
「いや、納得すんな」
「何よ、自分で言ったんじゃない。あっ……それと!」
美香は健司を、ビシッ、と指差して言う。
「私は妙な女じゃありません」
健司は一瞬止まった様に見えたが、すぐににやりと笑い、
「そうか? 十分妙だと思うぞ」
と、茶化すように言った。
「な、何て事を言うのよ! このピチピチ美少女(17)に向かって!」
美紀はそう言って、健司の泣き所に渾身の前蹴りを食らわせる。
「痛ってぇー! 何だよ、その変なキャッチフレーズみたいなのは!?」
健司は、蹴られた所を押さえながら、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。
「『変な』とは何よ! 『変な』とはぁ!」
美紀は、先程と同じところに二発目を決める。
「あぁ゛〜!」
健司は断末魔の声を上げ、その場にうずくまった。
しばらくすると、まだ少し涙目の健司が、美紀に顔を向けた。
「……そういやさぁ、俺明日学校休むわ」
美紀は、さも当然と言わんばかりの表情で、
「うん、知ってる」
とうなずく。
予想外の返事だったのか、健司は少しばかり驚きを顔に浮かべている。
そんな健司を尻目に美紀はにっこりと笑いながら、何処から出したのか、一輪の花を手に持っている。
「ハイこれ、妹さんに」
そう言って健司に差し出す。
健司はしばらく呆然と、微笑む美紀を見つめていたが、やがて、そよ風に揺れる真っ白な花を受け取ると、
「……さんきゅ」
と微笑み返した。
「なぁ、お前さ……」
何か言おうとした健司だったが、昼休みの終了を告げるチャイムがそれを遮った。
「あー、次の授業なんだったっけ?」
美紀は、ずっと寝そべったままだった健司に手を差し伸べながら聞く。
「んっと、確か現国」
健司は、差し出された手を掴み、立ち上がりながら答える。
「えー、って事は野沢ぁ? 勘弁してよあの催眠術師」
「お前は基本的に全部の授業寝てるんだから関係ないだろ……」
健司があきれた顔で美紀を見る。
「むぅー、言ってくれるじゃないの」
美紀は顔を膨らませる。
「ほら、どうでもいいけど授業に遅刻すんぞ」
健司はそう言って美紀の頭をポンと叩き、足早に歩くと校内への扉開けた。
「あっ、ちょっと待ってよ!」
美紀は急いで健司のほうへ駆け出す。
「……待たない」
健司が意地の悪い笑みを浮かべ、一気に階段を駆け降り出す。
美紀は、言葉にならない叫びを上げると、追いかけるように階段を下りていった。
『平凡な日常も悪くない』
誰も居なくなった屋上に、一羽の燕がやってくる。
そこは、春の心地よい風が吹き、退屈な羽休めにはこれ以上無い場所のように思われた。
ほんの少し、骨休めのような気分で書いてみた作品です。読了して下さった皆様が、僅かでも、何かほんわかとした幸せ、を感じてくださったのなら幸いです。