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男はハンカチよりちょっと大きい白い布を取り出し、私の右手をくるくると巻いた。同様に左手も。

ふと 男の方を伺うと 微笑が返ってくる。


・・・応急処置してくれてる?



さらに男は 私の右足首に手を伸ばす。


足は痛くもかゆくもない。

反射的に足を引っ込めようとしたが 男の手の方が早かった。

どこから取り出したのか 

シャラシャラと金属が擦れる音を立て ひんやりするそれを右足首に巻いた。


うん?

これは 枷 というものではないだろうか。


疑問形であるのはそれは枷というにはあまりに煌びやかだったから。

やや太めの金色のチェーンにはいくつもの光る石がぶら下がっている。

小さな鈴がついているようで サラサラとささやかな音を奏でる。

どこぞの宝石会社のアンクレット といったほうがいいくらい 綺麗なものだ。


ただ残念なことに そのアンクレットからのびる銀色の鎖は枷というにふさわしい無骨なものだった。

男はやや不満げにそれをベッドの足へ繋げていた。


不満げに というのは ぶつぶつ男が言葉をこぼしていたから。

愚痴というのは言葉がわからなくても何となくわかる。


足枷をつけられているというのに 恐怖心はなりを潜め、鎖をベッドへ繋げる仕草と愚痴らしき言葉がどれも男には不似合いで その滑稽さがおかしく思えた。


男の様子を眺めていたら一つの考えが頭よぎる。


もしかしたら これは売られた?という状況かもしれない。

ここは娼館というところ  とか?


男は私の声をわざわざ潰して連れ込んだというのになかなか手を出してこない。

さっきの私のささやかな抵抗が結果としてよい方へ運んだ・・とも思えない。

私は・・「客」をとらされるのだろうか・・・?


さーっと血の気が引く。


だめだ。パニックになっては だめ。泣いても助けてはもらえないんだから。


ぐっと涙をこらえる。

何もわからないから 怖いんだ。


壁にに窓はある。その向こう側にはテラスのようなものも見える。

避暑地のペンションの一室のような感じで セミダブルサイズのベッドに小さな机とちょっとした棚がある。床には淡いグリーンの絨毯が敷き詰めてあり、とても柔らかく、座り込んでいても痛むところはない。わりと広い気がする10畳よりもうちょっとあるくらい?


大丈夫。少なくとも目はちゃんと見えてる。


無理やり前向きに考え始めたところで 男が前に来た。すっと手を差し出す。

「    ?」

・・また知らない言葉。


そう 使えるのは目だけ。耳も口も使えない・・・

ずんっと目の前が暗くなる。


先が 見えない


なんだ 


目も 


役に立たない


俯いて 自分こそが滑稽に思えて 笑いが漏れる。


おかしい。

なんで 笑ってるんだろ

役立たずな目。視界がぼやけてますます見えない。

ああ おかしい。


なーんにも わからない


顔は男の方を向けたまま。涙が溢れるのを止める気もない。ぼろぼろ零れてドレスを濡らしていく。

泣いてるのに笑ってる。声なく溢れる感情は きっとひどく歪んだ笑顔となって表われているだろう。


男は綺麗な顔をしかめて一言つぶやくと私の両腕をぐいっと掴み強引にその場に立たせた。

ドレスの赤い染みに視線をあて、眉間の皺を深くしてぶつぶつ言葉をこぼす。

そうしてベッドまで私を連れて行き 私一人をベッド際に座らせる。

その勢いに圧倒されてされるがままとなっていた私は 


ベッド!?

 

と 正気に戻り慌てて立ち上がろうとしたが男に両肩抑えられ、腰を浮かすことすらできなかった。


私が落ち着いたところで男は肩から手を離し、その床に片膝をつくと白い布に巻かれた私の両手をとる。

先ほどまでとは全く違い笑みの全くない、無表情ともいえる顔でただ強いまなざしを私に向ける。

「                      。」

そうしてはっきりと私に何か話す。

力強い声で。何かを伝えている。

今までになく何かを私に伝えようとしているように感じ 私は必死にその言葉を追った。


けれど すべて聞いたことのない言葉だけだ。「あいうえお」の母音ですらかすめない。

わかるはずがない。


だめだ。

わからない の意味を込めて俯いたまま頭をゆるく横に振る。

男はふっとため息をついたと思うと、すっと立ち上がりまた一言。

「        。」

そうして ぽん ぽん と私の頭を軽く二度撫でる。

なにやらその言葉と仕草に苦い気持ちがこもっているように感じたのは気のせいだろうか。



ああ 彼も私が泣くと同じように頭をなでてくれたっけ



じんわりと涙がにじむ。

俯いたまま反応を示さずにいると 男は何か言い置いて そのまま静かに部屋を出て行ってしまった。








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