丘の上会議
皇帝処刑から一週間。その情報は帝國領内全域、及び周辺国にまで響き渡っていた。
帝都では、解放された民衆が自由を喜び、連日お祭り状態となっていた。
中にはこの騒ぎに乗じて、悪事を働こうとする者もいたが、革命軍により、治安が保たれていた。
帝都で革命達成が慶ばれている頃、帝都西側に位置する高台に建てられた議事場にて、革命軍幹部による戦後処理、及び新統治機構に関する会議が行われていた。
丘の上議事場、かつて善政王と謳われた第十六代皇帝クチーナ王により建てられた。
善政王は歴代皇帝で唯一、国民に広く意見を聞き、政を行おうとし、議会を設立しようとした。
その議会の為に建てられた議事場であるが、議会の設立を目前に若くして善政王が急死。
弟が十七代皇帝に即位したが、すぐに親政を開始し、議会設立を棄却した。
その後も議会が設立されることは無く、議事場は外交の場として使われることになった。
その議事場はいま、丘の上会議と呼ばれる民衆による政に関する会議が行われている。
丘の上議事場が本来の姿になったのである。
白い体に茶色の屋根、石造りの建物の中央に、大きな楕円の円卓が置かれていた。
その円卓を囲うように、革命軍幹部達が座っている。
その中には、皇帝を裁いたミエーレ、処刑を執行したガルバンゾーも顔を並べていた。
本会議場入口から正面、円卓の一番上座に、長い銀の髪を後頭部で束ね、スッとした鼻筋に小さな老眼鏡を乗せた、白の長いコートの男が座っている。
コートの襟を立て、胸には帝國の勲章が光り、剣を携えている。
歳のころは30代初めか。全体的にスマートな顔立ちであり、体格も周りの幹部に比べれば華奢である。
この男がペルナ帝國を打倒した、革命軍団長及び、革命軍総司令部総司令長等々ヌイユ・セモ・リナである。
「以上について異議のある者、いるか?」
セモ・リナが幹部に問いかけた。
皆、同意の眼差しでセモ・リナを見つめ、異議を唱える者はいなかった。
「では、平野外領土の放棄を可決とする。尚、外域統治府の仕組みを利用し、新政府樹立の支援を行う。」
まばらに拍手が起こった。中には仕方なく同意した者もいたようだった。
丘の上会議では今、平野部以外の領地の放棄、及び解放を決議した。
それは、革命によって引き起こされる治安悪化、近く起こるであろう独立運動の影響が平野内に響いて来ない様に提案された。また、地形的条件からも現時点では直接統治が難しいと判断された。
そして、周辺域に親革命軍国家を立てることで、他国からの侵攻の盾にするという目論見もあった。
「だんだん進んできましたな!爵団殿!」セモ・リナの隣の男が話掛けた。
背は余り無いが、がっしりとした体格、薄めの甲冑を身につけ、穏やかな表情の男だ。
この男、革命軍副長、総司令部総指揮長等々プリモ・ウン・イタリノである。
常に穏やかで柔らかな物腰だが、戦場では〔本陣の獅子〕と呼ばれ、敵に恐れられていた。
常に戦場を見渡せる場に立ち、矢の的になろうとも退かず、指揮を執り続けた。
その姿は戦場のどこからも見え、味方には心強く、敵には恐怖を与えた。
不利な状況での戦闘やリスクの高い作戦など、厳しい状況の時は自ら先陣を切り、兵士達を鼓舞した。
そしていかなる大敵が立ち塞がろうとも、一歩も退くこと無く、常に立ち向かって行ったと言う。
この革命は、イタリノ無しでは達成されなかったであろうとまで言われている。
しかし、平時の今は穏やかに新しい国が造られていくのを喜んでいた。
「この国は良くなります。いや、犠牲になった仲間のためにも良い国を作って行きましょう、爵団殿。」
イタリノはセモ・リナに穏やかに話し掛けた。
「えぇ、この国は変わります。私達は歴史を変えたのですから。これから歴史を作って行きましょう。」
セモ・リナはどこかを見つめるように、落ち着いて答えた。
イタリノなど一部ではセモ・リナを爵団と呼ぶ。
爵団とは、爵位団長、伯爵団長の略である。
セモ・リナはかつて皇帝に仕え、伯爵位を授かっていたリナ家の当主である。
胸に付けている勲章は、伯爵として皇帝から授けられた物であるが、その爵位と勲章は、帝國軍の一部を革命軍に引き込んだ。
セモ・リナの冷静な判断力と地位が無ければ、帝國軍の蜂起を起こす事もなく、大きな戦力を獲得することも出来なかった。
その為、セモ・リナがいなければ、革命軍は帝國軍に鎮圧されていたに違いない。
その事から、セモ・リナとイタリノは革命軍内から特に尊敬と支持を集めていた。
今日の議題はこれで全て終了となった。
幹部達は資料をまとめ、議長であるセモ・リナから次回の予定を聞こうと、話し出すのを待っていた。
しかしセモ・リナは散会しようとはしなかった。
「一つ皆に提案があるんだが、聞いてくれるか?」
皆が顔を上げ、セモ・リナを見る。イタリノも知らされていない提案に、不思議そうに見つめた。
「時間を取らしてすまない。この丘の上会議をしばらく休止しようと思う。」
幹部達は呆気に取られ、少しの間を空けてざわつき始めた。
それもそのはずである。平野内の安定の為に領土の放棄を決定したばかりであり、それは新たな政府の立ち上げを急いている証拠である。
また、その事は幹部達全員の共通した見解であり、その為に連日に渡って会議を進めて来たのだ。
「ほう。それまたどうして?」
イタリノが顎に手を当て、難しい顔で問う。
「最後の帝都包囲戦より今まで我が革命軍は全軍帝都周辺に駐留している。その為に国境周辺、及び東部における現状況の情報が無い。特に東部においては、西部であるこの帝都から距離もあり、もしもの事が起きていた場合、新政府が機能してからでは手遅れになる可能性がある。」
イタリノの表情が険しくなる。
「東部が独立や反乱を起こすと?」
「もしもの話だ…」
セモ・リナは強調するように言った。
イタリノは強く主張するように、しかし落ち着きながら返した。
「ここに私達がいる。私達東部軍は、東部の民衆に革命志士と呼ばれ、今まで蔑まされた東部の民の思いを背負ってここまで来たのです。そんな事は有り得ない。」
東部出身の革命志士達は睨むようにセモ・リナを見た。中には飛び掛からんとするほどの者もいた。
平野の東部は土地が痩せていて、貧しい者達が多い。帝國時代は奴隷のような扱いを受けていた事もあった。
そんな東部の民衆は、地域事にコミュニティーを作り、協力しながら生きてきた。
その東部の民達にとって、革命軍は希望であり、暗闇に射した光りであった。
革命志士達は、東部の民衆の思いを背負い、代表としてこの戦いを起こしたのだ。
その誇りを汚されたようで、東部出身の革命志士達は憤慨した。
しかしセモ・リナは表情を変えず、たしなめる様に答えた。
「私はどんな小さな可能性でも考える。それは我々西部でも同じ事だ。しかし、帝國という大きな抑圧が無くなった今、治安の悪化は避けられない。各自が愛した土地を護っていただきたいのである。革命が達成されようとも、愛する民衆が苦しんでいては元も子も無いだろう。なので主に治安の修復をお願いしたい。西部軍も同じだ。」
革命志士達は、気に食わない様子であったが、納得したようであり、居直った。
「確かに、今はどのような状態か全くわからない。国境域では革命に乗じて侵略があるかもしれない。」
セモ・リナの想いを聞いたイタリノは皆に語りかけるように話した。
「では、しばらくは各軍での行動になりますかな?」
イタリノが問う。
「そのつもりだ。東部軍はすぐに地元に向かって欲しい。西部軍はこの後会合を持つ、その場で今後の事を決める。尚、緊急の事態が起きた場合等には、しばらくの間、帝都に置く統一革命軍総司令部を丘の上会議の代わりとする。」
現革命軍は統一革命軍と呼ばれている。それは時期を同じくして、東部の複数のコミュニティーから起きた革命運動をイタリノがまとめた東部革命軍。
セモ・リナが中心となり、兵を挙げた西部革命軍。
初期にはこの二つの革命軍が存在していた。
その東西の革命軍が、同じ革命という理想の元、合流し、統一革命軍という現在の革命軍を編成したのである。
このセモ・リナの提案は受け入れられ、すぐに行動に移ることになった。
「爵団殿、私は総司令部に残りましょう。」
イタリノがセモ・リナに言う。
しかし、セモ・リナは首を横に振った。
「いいえ、あなたは東部へ向かって下さい。東部軍はイタリノ殿がいなければなりません。イタリノ殿あっての東部革命軍です。」
イタリノは少し悩んだようであったが、
「了解した。爵団殿、帝都と西部の事はお任せする。東部全体の状況が掴め次第、知らせる。」
「よろしくお願いいたします。こちらも何かあり次第、お知らせいたします。」
二人は強く握手をし、イタリノは議事場を後にした。
*人物紹介*
:ヌイユ・セモ・リナ
統一革命軍団長、統一革命軍総司令部総司令長、西部革命軍総帥
伯爵、鎮守府大臣
歴代伯爵位と、西部に配備された帝國軍の管理を担う鎮守府大臣職を受け継いで来た、リナ家の当主。貴族でありながら、皇帝のいない新たな国を目指し、爵位と職位を利用し、挙兵。
常に冷静沈着で、決断力に優れ、時に思いも寄らない大胆なアイデアで、革命を達成させた。
:プリモ・ウン・イタリノ
統一革命軍副長、統一革命軍総司令部総指揮長、東部革命軍総大将
東部の革命運動をまとめ、東部革命軍を編成した革命志士の盟主。東都ファリナーゼ出身。勇猛果敢であり、本陣の獅子と呼ばれる。
*組織紹介*
:西部革命軍
セモ・リナを中心に、西部の革命運動、一部帝國軍による革命軍。
鎮守府が置かれたデュラムを本拠とする。
:東部革命軍
各コミュニティーで起こった革命運動をイタリノがまとめた革命軍。
コミュニティーの代表を幹部とし、革命志士と呼ばれる。
ファリナーゼを本拠とする。
:統一革命軍
皇帝支配下の帝國軍に対抗すべく、西部と東部革命軍をまとめた革命軍。
国内全土より、革命派が参加。小さなレジスタンスも参加した。
最終的には帝國軍と同等の規模を誇った。