第六話 雲の上はいつも晴れ
――3日後
朱の竜が去ると、空を覆っていた黒い雲は晴れ、地鳴りやクレレの活動は落ち着いた。
朱の竜撃退は瞬く間に大陸中に広がっていた。
村人や周辺の村の長は未だに目覚めないアジルを今日も囲み、静かに見守っていた。
撃退後、朱の竜の目撃情報は無く、オラディ村から応援に駆けつけた隊員達は帰還していた。
――――
『アジル…。』
頭の中で母が問い掛ける。
『あなたは大陸の人々を脅威から守った…。ホントに立派になったわ…。でも――まだ世界には沢山の脅威で溢れてる…。守れるかはあなた次第。でも、あなたは私の自慢の娘よ。さあ、起きて世界に飛び立ちなさい…。』
――――
「お母さん…。」
静かに口ずさみ、ゆっくりと眼が開き、アジルは目覚めた。
天井を見つめ、視界にリアンの顔が横から入る。
「アジル…!」
見回すと村人達は笑顔を向けていた。
「痛っ…!」
目の奥に焼けるような痛みが走り片目を瞑る。
(視すぎた…代償……。)
「大丈夫か…!?」
「うん…。」
アジルが運ばれてからリアンはずっと手を握り目覚めを待っていた。
「ホントに良かった…。」
リアンは涙し強く手を握った。
「皆目覚めを待っていたんじゃ。本当に良くやってくれた。君はこの大陸に降り掛かった脅威を退けた…。」
村長が声を掛けると集まる人々から賞賛の声が上がった。
初めて受ける多くの感謝の言葉にアジルは微笑んだが、直ぐに俯く。
(皆は勝ったと言う。…でも次は勝つことが出来るの……?私は――)
ふと、窓の外を見ると子供達が玩具の剣を振り回していた。
そして、胸に手を当てる。
(幸せそう……。討伐は出来なかったけど――お母さん…やったよ…。)
そして、ゆっくりと視線を上げる。
黒雲が消えた空は、どこまでも高く澄んでいた。
(……見てる?お母さん…。この幸せの音をいつまでも聞けるように…私は――。)
子供達の笑い声が部屋の中へ流れ込む。
アジルはそっと目を閉じた。
――コール大陸
「アジルが目覚めたそうだ。」
森の木漏れ日の下、昼食を取りながらフィオルは無造作にエディウスに言った。
ピクッと顔を上げ、エディウスは一瞬止まる。
「ホントですか!?良かったあ。」
そして安堵の息を漏らす。
「彼女には大きな借りが出来たな。」
「はい…。」
微笑むエディウスの目には薄らと涙が浮かび、食べ物を持つ手が微かに震えていた。
フィオルは横目で見ると微笑む。
「お前まさか好いているな?」
「そんな事ないっす!」
顔を赤らめ即答するが、声が裏返る。
フィオルは小さく笑うとエディウスの肩をポンと叩いた。
「アジルはソウルガーディアンズには入らないみたいだぞ?」
「え?」
赤らめていた顔の色は戻り眉を上げた。
「世界を周りながら困ってる人々を助けるそうだ。」
沈黙すると風が木々を揺らした。
「あの子は組織に縛られる器じゃない。」
「…強いからですか?」
「強い、違うな。…彼女と初めて会った時の眼さ。覚悟が決まってる。」
エディウスは自身の手を見つめた。
「そうですか…。また会えるかな…。」
エディウスは小さく呟き、雲の流れる空を見上げた。
(あの子も今どこかで同じ空を見てるのかな…。)
「次会ったら――今度は、俺が守ります。」
――目覚めから5日後
集会所で依頼内容を確認し、フェルレは隊員達に声を掛ける。
「朱の竜は去ったが、まだまだ脅威は無くならん。気を張って依頼に向き合い、今日も人々に平和を届けるぞ…!」
「「はい!」」
隊員達は続々と集会所を後にする。
隊員達を見届けると、扉の前にはアジルの姿があった。
扉を背で閉める。
二人きりになる集会所――。
空気は透き通り陽の光が窓から差し込む。
アジルはフェルレに向かい歩き出す。
木の軋む音が響く。
フェルレの前まで来ると小さく息を吸った。
「…姉さん…私行きます…。」
一度瞬きをし、俯きかけたがアジルの眼を真っ直ぐ見つめた。
「…寂しくなるがアジルが決めた事。師匠として…姉として心から応援する。」
アジルはゆっくり頷く。
「泣くん…じゃないぞ?」
詰まり気味に放った言葉。
「姉さんが泣きそうになってる……!」
二人は涙に滲む眼を拭う。
「もう…!」
アジルから一滴の涙が煌めきながら地面に落ちると輪を広げ弾けた。
「すまんな…。」
そして顔を合わせると笑顔に変わった。
「…何かあったら必ず便りを送ってね。」
「はい!お世話になりました…!」
そして最後に抱擁し、アジルは深く頭を下げると自宅へ向かった。
(……誇りだ。)
扉を抜け、小さくなっていく背中に心の中で呟いた。
玄関の扉を開けるとリアンは居間に座っていた。
「もう…出るか?」
「うん…。」
リアンは寂しげな表情をするアジルに微笑む。
そして机の横に置かれた剣を持つとアジルは目を丸くした。
「やっと渡せる日が来たな…。」
手渡された剣――。
鞘は深い蒼。
柄には宝石が煌めきを放ち、見慣れた紋が刻まれている。
「この紋……」
服の上からネックレスに触れるとアジルは微笑む。
「同じ紋だ…持って行きなさい。これで沢山の人々を守るんだ。」
「お父さん…。」
剣を受け取ると涙が溢れる。
リアンは静かに優しく抱き締めた。
「あいつのように折れない心を持って行け…。お父さんはやれると信じてる…!自慢の娘だからな…!」
頭に手を置き、笑みを浮かべながらも目は薄ら潤んでいた。
「うん!ありがとう…!行ってきます!」
アジルは笑顔を送ると剣を腰に差し、リアンと手を合わせ家を後にした。
(シエル…見てるか?俺達の子は立派に旅立つ…。)
門に向かいながら幼かった頃の会話を思い出す。
――
『失敗しても泣いたらダメよ?下を向いてたら気持ちも沈んで…心は濁るの。ほら見て…空はいつでも澄んでる。』
『嵐の時は?』
――
外には村人達が、アジルの旅立ちを見届ける為集まっていた――。
剣を掲げる子供。
腰を曲げた老夫婦。
依頼に向かう隊員達。
「行ってらっしゃーい!」「頑張れー!」
手を振る村人達に大きく手を振り返す。
『嵐の時だって…雲の上はいつでも晴れてるんだから――。』
アジルは空を見上げた。
澄み渡る青が、どこまでも続いていた。
陽の光に片目を瞑る。
そして、一歩踏み出し門を潜る。
(姉さん、お父さん…お母さん…!行ってきます…!)




