第五話 未完の勝利
「見てきます…!」
フェルレは振り返り伝えると駆け足で丘を登る。
「ー!」
「熱っ!」
丘を登り切る直前、咆哮と共に空へと放たれた火球に一度止まる。
下では隊員達のどよめきの声が上がり、震える者もいた。
フェルレは再び丘を駆け上がる。
そして目の前に広がる光景に目を見開く。
「何だ…これは…。」
そこにはヌグリエの大群と戦う朱の竜の姿があったのだ。
鋭い牙、赤黒い爪、そして朱色の鱗がびっしりと並ぶ。
翼には黒点が散りばめられ、その周りを血管が縁取る。
(縄張り争いなのか?しかし禍々しい姿だな…だが意外と小さい…?)
フェルレはノワルヴェールに向け手を挙げた。
フェルレの元へ駆け、ゆっくりと様子を覗く。
「これは…!?」
「チャンスかもしれないですね。」
「ああ…。一網打尽に出来るかもしれん。しかもあの大きさは恐らく幼体だ。成体になる前で良かったかもな。」
そして、一度隊員達の元へ戻り、状況を話し作戦を告げる。
「この丘の上から弓撃隊の矢を降らせる。大半のヌグリエは倒せるだろう。射撃後手負いの朱の竜へ一斉攻撃だ。丘の上からは常に弓撃隊の援護がある。剣撃隊と守備隊は動きを止めず声を掛け合うんだ。アジル、その前に御業で弱っている部分を確認してくれ。」
「はい…!」
作戦を聞くと弓撃隊とフェルレ、アジルは息を殺して丘をゆっくりと登る。
他の隊員はその後ろにぴたりと付き弓撃隊の攻撃を待つ。
五十ほどのヌグリエが蠢き、朱の竜には幾つもの裂傷が刻まれていた。
(翼はあまり傷付いてない…。…あそこだ…胸の辺りが光ってる…!でも…光の数が多すぎる…。)
「胸の辺りが強く光ってますが…定まりません。」
「そうか、わかった。デュール。もしも飛んだらアレを頼む。」
「了解だ。」
デュールは背中に差す大きな槍に触れる。
「エディウス…。一旦離れろ…!気合いを入れて行くぞ。」
「は、はい…!」
目の前の目標までは200m。
集まった誰もが喉を鳴らし、唾を飲み込んだ。
丘の奥にどっしりと構えるクレレの頂上から火が上がる――。
「撃てっ…!」
丘に横いっぱいに広がり、見下ろす形で放たれた一投目。
一直線に群がる獣達へ向かい風を切り飛んでいく。
間を開けずに放った二投目は弧を描くように降り注ぐ。
ドスッと獣に突き刺さる鈍い音、そして獣の悲鳴が入り交じる。
朱の竜はこちらに気付くと空に向かい大きく咆哮した。
(強い…。)
フィオルの剣を握る手は震えていた。
自然は応えるかのように、熱風を呼び、クレレから上がった火の粉が大量に流れてくる。
そして朱の竜は隊員達を一瞥し、翼を上下に動かした。
(((飛ぶ…!)))
一斉に反応した隊長達。
ノワルヴェールは翼に照準を合わせ、デュールは槍を構える。
「アジル行くよ!」「エディウス行くぞ!」
「「はい!」」
フィオルとエディウスは右へ、フェルレとアジルは左へ広がり朱の竜へと向かって走り出した。
「生き残ったヌグリエは剣撃隊と守備隊で殲滅せよ!」
丘の上からノワルヴェールが大声で指示を出すと同時に丘を下る隊員達。
「流石隊長達…!もうあんなに離れてる!」
「俺達は落ちた獣を叩くぞ!」
隊員達は声を掛け合い、次々と落ちたヌグリエを倒していく。
走り向かう中、落ちたヌグリエが一矢報いようと嘴を伸ばしてくる。
アジルとフェルレは靱やかな動きで躱し反撃し、次々と獣達を処理していく。
「見ろあの二人の動き…。まるで踊ってるみたいだ。」
隊員達はフェルレとアジルの身のこなしに見惚れる。
だが――。
「うっ…!」
フェルレは隣から聞こえた声に顔を向ける。
ヌグリエの嘴がアジルの腕に引っかかり、流血していた。
腕に熱が走り、剣を握る力が甘くなる。
フェルレはアジルの目を見る。
(目が泳いでる…光を追ってる…!)
「アジル!その力を追わない!!この数に使ったら混乱するだけよ!!」
「……はい!」
(ダメだ…。光を追いすぎた……。)
ぐっと剣を握り、フェルレとアジルは加速する。
アジルは前を行くフィオルに目を向けた。
灰の舞う風を押し退け、フィオルは次々とヌグリエを倒していた。
(私は"点"でしか視えてないのに、フィオルさんは"流れ"を視て、読んでる…。)
そして、目標にいち早く辿り着いたフィオルは滑り込みながら、朱の竜の脚を切りつける。
(流石フィオル。速いな…。私達だって!)
「アジル!続くよ!」
「はい…!」
フェルレの掛け声に反応し、フィオルとは反対の脚に突進し、突きを繰り出す。
痛みに顔を歪めた朱の竜は大きく尾を振った。
そして、その尾は遅れているエディウスに迫る――。
「エディウスくん伏せて!」
アジルが咄嗟に反応しエディウスを手で突き飛ばし、尾を躱すが、二人は地面に倒れ込んだ。
(胸辺りの血流が…!まずい!)
フィオルは心眼で朱の竜を視ると、大きく開けた口の奥が赤く光り始める。
「火球だ…!皆距離を取れー!」
その声に反応しデュールは倒れた二人に向かい、隊員達は距離を取る。
(硬いと思った鱗はそこまで硬くない!火球は吐かせない…!!)
フィオルは接近し次々と降り掛かる尾を躱しながら身体中を切りつける。
やがて赤く光る口元からは炎が見え、倒れた二人に向かって照準を合わせた。
(くそっ…間に合わない――!)
攻撃を止めず果敢に攻めるフィオルの頬にも焦りに滲む。
炎に照らされアジルは顔を上げた。
(光が…消えた…!違う、散った――!?)
そして、火球は倒れた二人に向け放たれる。
アジルはエディウスに被さり、迫り来る火球に息が止まる――。
ドゴーンという爆音と共に、辺りは土煙に覆われる。
「ぐっ……!!」
爆風を受け、フィオルは吹っ飛び地面に叩きつけられた。
土がぱらぱらと空から降る音だけが響いた。
「大丈夫か!?」
アジルは目を開けるとデュールが盾を構え火球を防いでいた。
「だ、大丈夫です…。ありがとうございます。エディウスくん!」
倒れたエディウスを揺するアジル。
「気絶しちまったか。俺が連れていく。目の前に集中するんだ。」
「はい…!」
そして、デュールはエディウスを担ぎ丘へと走って行った。
土煙が晴れフィオルは立ち上がり、再び朱の竜へと駆けた。
(身体中の血流が重い…。かなり体力を削られてる。だが胸の辺りが…またか…?!)
フィオルに切り付けられ酷くダメージを負っていたが、朱の竜は再び咆哮を上げ威嚇する。
「また来るぞー!」
フィオルの大きな叫びに隊員達は動けずに距離を保つ。
土煙が晴れ、朱の竜は顔を空に向け激しく咆哮した――。
「――!!」
作業場で刃を研いでいたリアンは咆哮の音に手を止めた。
砥石の音が止み、静寂が落ちると顔を上げた。
「…必ず勝てるはずだ…。」
『あなたは強くなれたのね。じゃあ…その力で世界の人達を守れる人になれるはず…。』
シエルと別れ際に話した事が脳裏に浮かぶ。
「『アジル…。』」
シエルとリアンの言葉が重なった。
(胸がガラ空き…!!今しかない!)
アジルは立ち上がると空を見上げ、息を整えた。
一瞬、世界が静止した――。
(視えた…!!)
胸元に鮮明に浮かぶ白い光を見つける。
そして剣を握り締め、走り出す。
朱の竜は向かってくるアジルに向かい鋭い爪を向け迎撃する。
「アジル…!待て!無茶を…」
フェルレは手を伸ばし叫ぶ。
だが、アジルの動きに迷いは無く、寸分の所で躱す。
(あの時と同じ目…視えているのね…。)
離れた位置で立ち尽くすフェルレ。
それは隊員達も同じだった。
足手まといになる――。
そう思わせるほど洗練された動きだった。
(あと少し近づければ…!)
焦るアジルを見て、フィオルは魂剣を発動する。
「アジル!決めるんだ……!!」
魂剣により白く輝く剣で背中を切りつける。
今までとは違う痛みに朱の竜は叫ぶように鳴くが、既に頬には炎が溜まっていた。
(このまま行ける…!)
この機を逃すまいとアジルは朱の竜に向かい跳んでいく。
「今行くな…!罠かもしれんぞ!!くそう。使うか…!」
遠くでその様子を見たノワルヴェールは咄嗟に弓を番えた。
朱の竜は二人に挟まれながらも最後の力を振り絞る。
「「はああああ!」」
火球が放たれる刹那――。
アジルの突きは白く光る胸を突き刺し、フィオルは翼の根を切り付けた。
「「おおぉ。」」
隊員達の声が漏れ、辺りには一瞬の沈黙が訪れる。
火球を防ぎ朱の竜は凍ったように固まる。
少しの間――ピクっと動きアジルに牙を向けた。
「アジル……!!」
フェルレの叫び声が響き、続けてドスッという音が鳴り響くと同時にアジルは剣から手を離してしまい地面に落下した。
「間に合ったか…。」
息をつくノワルヴェール。
放った矢は朱の竜の首に刺さっていた。
朱の竜はアジルの剣を胸に残したまま重く羽ばたき、黒い空へと溶けるように消えていった。
何が起きたか分からない様子の一行。
「撃退だ…。」
ノワルヴェールが呟くように言うと隊員達は歓喜の声を上げる。
「今のは一体…。」
ノワルヴェールを見て呟くフィオル。
「アジル!アジル…!」
フェルレはアジルに駆け寄る。
その目は微かに潤んでいた。
「姉さん…撃退でき…た…。」
「我々の勝利だ――!」
アジルはそのまま意識を失った。
討伐は叶わなかった。
それでも、この日彼らは確かに勝利したのだった。




