第四話 鸞翔鳳集(らんしょうほうしゅう)
「実は、あの子はソウルガーディアンズではないんです。」
その言葉に三隊長は戸惑った表情をし、近くにいたエディウスも興味を示しフィオルの後ろに立った。
「幼い時に獣に襲われ母はあの子を庇い亡くなった。それから父が一人で育て…」
それからフェルレは、リアンのアジルに抱く思いを話した。
「確かに普通であればソウルガーディアンズには入って欲しいとは思わないな。」
ノワルヴェールが呟くように言う。
一行は頷き、フィオルは遠くにいるアジルを見つめた。
フェルレは続けて口を開く。
「でも、母が自分を助けたように、自分も弱い人々を守りたいという強い意志を持っている…。…しかもなフィオル。」
フフっと笑いフィオルを見る。
「あの子は私よりも強くなっているかもしれない…。お前をも越えるかもしないぞ…?」
その言葉にその場に集まる者達は口を開けたまま固まった。
沈黙しアジルの茶器が触れ合う音だけが響く。
「…隊長を越える?そんな事ありえないですよ…!」
突然エディウスは強く声を上げた。
「誰だお前は。」
フェルレは目を細めながら言う。
「すみません…。僕の隊員でして…」
「まずあんたは誰なんですか?隊長に上から目線でいかにも若い…。しかも小さな身体で…」
フィオルを強く慕うエディウスはフェルレに突っかかった。
「は?私を知らないのか?」
ノワルヴェールとデュールは黙り込み呆れた表情をする。
「おいフィオル。どういう事だ?こいつは私とフィオルの試合も見ていないのか?」
「…試合?」
「あー…。すみません。この子はその時熱であの場に居なかったんです。おいエディウス!この人はブルク長老の玄孫で、エルジオーネ大陸の支部長を任されている人なんだぞ?失礼だ…!それと歳は…」
フェルレは最後の言葉にキッと睨みつけ黙らせる。
「ブルク長老の…そ、そうだったんですね…。すみませんでした…。」
エディウスは顔を伏せ、フェルレの威圧に肩をすぼめた。
「慕われているのは分かったが、お前の教育はどうなってる…。知らないとはいえ、ここに座っている者は上の者だということも分からないのか…。それによくもまぁ私の歳を……」
「ま、まあ落ち着け…。」「ほら、飲み物も来るぞ。」
フェルレの畳み掛ける様な物言いに、すかさずノワルヴェールとデュールは止めようと声を掛けた。
((こ、怖ぇ…。))
一同はフェルレに恐怖を覚え静まると、炉の火の爆ぜる音が大きく響いた。
そして怖気付く男達の口は閉じ、誰から話を出すか様子を見ていた。
「今後私の年齢を口にすればいくら隊長と言えど…」
フェルレは腰に差さる剣に触れながら低い声で言う。
エディウスは怯えながらもフィオルの前に立とうとした。
「まぁ落ち着けフェルレ…。よく聞けエディウス。あの時の試合でフィオルが勝っていなかったらフィオルは剣撃隊の隊長にはなれなかったんだよ。僅差の試合だったんだ。それ程フェルレは強い。」
腕を組みながら話すノワルヴェール。
「…ちなみに顔は童顔だが歳は"25"だ。」
「こ、こらー!」
最後の一言に顔を膨らませ怒るフェルレに一同は可笑しく不意にも笑ってしまった。
「楽しそうですね。でもあんまり姉さんを虐めないで下さいね…。」
アジルは微笑みながら飲み物を机に置いた。
「初めまして。アジルです。」
会釈をするアジルに一人ひとり握手を交わす。
最後にエディウスと握手をした際アジルの顔が曇った。
「腰を痛めましたか?」
「え、あ、大丈夫です!な、何で?」
するとそこでフェルレが口を開いた。
「私はね、アジルは"御業"を持ってると思うの。」
「"御業"?」
アジルは首を傾げフェルレは続けた。
「私は油断などしていなかった…。訓練で隊員達と剣を交えていた時、不覚にも右足を挫いてしまった。訓練が終わり夜遅くアジルと模擬戦をした時…」
――――
(全ての攻撃を防いでくる…。目も良くなった。だが一番気になるのは私に対して必ず右に回って動いてくる…何故だ…?しまっ…)
「ハァハァ…一本取りました…!」
アジルの放った突きはフェルレの首に当たる直前でピタっと止められていた。
フェルレは動けずに冷や汗をかく。
「私の負けだ…。」
「やっと一本取れただけです…。」
武器を仕舞いながら苦笑いを浮かべるアジル。
「しかし何故私に対して右に回っていたんだ?」
「姉さん右足痛めてませんか?」
その時フェルレはハッと顔を上げアジルを見た。
「何故だ?」
「足首にぼんやり白い光が見えて…。戦ってる最中に重心が少しズレてるのが分かったんです。なのでズレている方向に動けば戦いづらいかなって。」
「…。」
フェルレは何を言っているのか分からず沈黙してしまった。
(挫いて痛めているのは確かだが、自分では気にせずに戦っていた…。隊員との訓練の時にはこの子は居なかったはず…。それに白い光とは…?これはまさか"至上者の御業"なのか…?私をも越え、いずれは竜種に届く力かもしれない。だが、力に頼り過ぎると己の力を見誤る。これだけは叩き込まなきゃね…。)
――――
「模擬戦でなければ私は首を貫かれていた…。この子は戦いの中でその力を使い相手を分析し、自分に有利な行動を取って戦う…。まさに天才だ。」
一同はフィオルとほぼ互角に渡り合うフェルレに、一本取ったという事実に言葉を失う。
「まさかエディウスの腰も…。」
フィオルは前のめりで問う。
「はい。ぼんやりと白い光が腰の周りに。」
「「"至上者の御業"だな。」」
ノワルヴェールとデュールは呟く。
「さっきから言われているその"御業"って…。」
フェルレに顔を向け問い掛ける。
「"至上者の御業"――。神が扱う領域の力とも言われ、常人では決して顕現しないモノ。未だに謎に包まれている力だ。」
「そんな力が私に…。」
アジルは自身の力が信じられず両手を見つめる。
「恐らく…いや御業で間違いない。至上者の御業には特有の白い光が現れる物もある。ここに座る者の中にも御業を扱える者はいる。」
「えっ?」
アジルは目を丸くし、一行を見回す。
「俺は守備隊長のデュールだ。"翡翠筋"(ひすいきん)と言う御業を持つ。」
「俺は剣撃隊長のフィオル。"心眼"(しんがん)と"魂剣"(こんけん)、二つの御業を持ってる。」
アジルは何度も頷く。
「二つの御業を顕現した者は彼しかいない…。そして、魂剣による御業で今から10年前、当時11歳にして藍色の竜を退けさせたんだ。アジルも一度は聞いた事があるはず。」
「あります…!凄い…。」
「あの時は守らなければいけない人が後ろに居た…。その子も御業を持っていてその時はその力で僕の事も助けてくれたんだ…。」
フィオルは微笑みながら話しをする。
(本当に凄い…。11歳で竜と対峙するなんて…。10年前あの時私にも力があれば…。ううん、もう過ぎてしまった事。守ってくれたお母さんの強い力が今の私に宿ってる…。そう信じたい…!)
そして目を瞑る。
母シエルに森の中で優しくも強く抱き締められた腕の感覚を思い出す。
アジルの想いに応えるように、首に掛けられる装飾品は灯りを受けキラりと光った。
「御業が無いからと言って弱い訳では無い。弓撃隊長のノワルヴェールさんは仲間の動き、敵の動きを分析して、後方から指揮を執る、弓の腕ももちろん群を抜いてる。」
「頼もしいですね。」
「ああ。今回の指揮もノワルヴェール隊長に任せます。今回は火山帯での戦い。普段とは気温が違い、大変かと思いますが…。」
「そうだな…。早めに討伐したい所だな。」
「ただ、厄介なのはヌグリエの大群もいるんです。」
それを聞きノワルヴェールは腕を組む。
「作戦を考えておこう。デュールとフィオルは周辺の村の巡回に行く者と討伐に向かう者を隊で話し合ってくれ。準備が出来次第行くぞ…!」
「はい!」「了解だ。」
フィオルとデュールは立ち上がりそれぞれの隊の元へ向かった。
(必ず倒してエルジオーネ大陸の人達を守る…!)
アジルは心の中で勝利を誓う。
「準備は整ったな?ではクレレに向かおう。」
ノワルヴェールが一同を見渡し声を掛ける。
先頭の馬車には三隊長含めフェルレ、アジルが乗り、総勢40人の隊員達は二台の馬車に乗り込みクレレへ向け出発した。
陽は翳り、クレレ方面から火の粉が風に流され飛んでくる。
隊員達を引く馬達は異様な空気に息を荒らげていた。
(普段は感じない強い灰の匂い…。おそらく…近い。)
フェルレは空を見上げ呟く。
そして定時連絡の伝書鳥がフェルレの元へ飛んでくると手紙に目を通す。
「ノワルヴェールさんこれを。」
そこには、クレレ方角から朱の竜が飛び立ち、フェルレが日中にヌグリエの群れと遭遇した楯状火山付近に降り立ったと書かれていた。
「クレレまで行かずに済むが早めに対峙するかもしれないな…。」
「はい。ヌグリエの大群も恐らくいるかと思いますが…」
「任せておけ。弓撃隊を多めに連れてきている。しかも先鋭揃いだ。ヌグリエ、そして朱の竜。どちらも飛行能力が高い。弓撃隊で撃ち落としたヌグリエを剣撃隊、守備隊に片付けてもらう。」
「なるほど。分かりました。」
フェルレは頷きアジルをチラッと見る。
「私とこの子を最前列に置いて下さい。」
隣に座るアジルの肩に手を置く。
「本当に大丈夫か?」
「ええ。この大陸の対獣戦は慣れてます。それに、彼女の力も知ってもらいたいので。」
(というのは建前。この子が御業に頼り過ぎずに戦えるか確かめたい…。竜に会う前の試金石だ。)
二人は自信を持った表情で頷いた。
道中に獣の出現等は無く一行は楯状火山の麓まで来ると馬車を降りた。
「先行はフェルレとアジル。次に弓撃隊。その後ろに守備隊と剣撃隊で行く。皆気を引き締めて行くぞ…!」
ノワルヴェールの言葉に隊員達はそれぞれの武器を手に取りフェルレ、アジルを先頭に一行は歩みを進める。
弓撃隊の最後尾にはノワルヴェール、そして連携が取れるようにその後ろには守備隊長のデュールと剣撃隊長のフィオルが並び進んでいく。
「エディウス…。くっつき過ぎだ。暑いぞ。」
「す、すみません…!」
緩い傾斜を進む。
ジリジリと気温は上がり、雲は厚く、蒸し風呂にいるように熱気が隊員達を包んだ。
「アジル…。周りをよく見て何かあったらすぐ言うのよ?」
「はい…!」
初めての実戦で緊張気味なアジルに声を掛け、二人は辺りを警戒しながら進む。
「ー!」
突然目の前の丘の先から咆哮が鳴り響き、地面が震える。
熱風が丘を駆け上がり、目の先には灰が舞うのが見える。
隊員達はビクつきながらもグッと武器を持つ手の力を強め、命の取り合いを直前に辺りには緊張感が走る。
「いよいよだな…。」
ノワルヴェールは丘を見上げ呟いた。




