第一話 予兆と衝突
本編、第一章の前の物語になります。
大陸の北と西、南側が海に囲まれ、南東は世界の中心――コール大陸へ繋がる四大陸の一つ"エルジオーネ大陸"。
大陸の中心を囲う火山の麓には死者の魂を宿し、あらゆる生命に力を与え、四大陸に一本ずつ聳え立つ巨大樹"ラヴィエル"がある。
人はラヴィエルに触れ、傷や病いを癒し、そして祈る。
ラヴィエルに手を伸ばせば、宿った魂は光に揺られながら顕現し、再会を果たす…。
人々は古来よりラヴィエルに寄り添い生き、それは日常であり、希望でもあった――。
――そして今日も、人はラヴィエルへ訪れる。
「もうすぐだね。」
「ああ、そうだな。」
アジルは大人になった姿を見せる為、父リアンと共にラヴィエルへと訪れていた。
先に見えるラヴィエル。
手を伸ばし、声を届け再会を果たした幾つもの笑顔や暖かい空気がそこにはあった――。
「早くお母さんに会いたい…。」
目の前に聳え立つラヴィエルを見上げて呟くその表情は、どこか寂しげで目は少し潤んでいた。
母は10年前、幼いアジルと共に山菜狩りへ出掛けた際、襲い来る獣に立ち向かいアジルを庇って亡くなっていた。
再会を心待ちにするアジル。
「次どうぞ。」
案内をしているのはソウルガーディアンズのラヴィエル警備隊。
ラヴィエルはあらゆる生命に力を与える為、凶暴な獣もその対象であり、傷つける恐れのある獣、大きな被害をもたらす竜種がこの世界には多く存在する。
直接傷つけてしまうと宿った魂が失われ、その魂は戻る事が出来ないといわれ、ソウルガーディアンズはそのモノ達から人々を守り世界の平和を維持しラヴィエルの守護者と呼ばれていた――。
「お母さん変わらず元気そうで良かった…!」
「そうだね。アジルの事を褒めていたな。ホントに立派になったよ。」
「ふふ。ありがとう!」
母親と再会し、会う前より明るい表情を見て、リアンはホッとし、二人はラヴィエルを後にする。
ゴゴゴゴ…
突然の地鳴りの音にアジルとリアンは歩みを止める。
「アジル!」
アジルに手を差し伸べ、リアンは囲うように両腕で包み、二人はその場に屈む。
地鳴りは火山の方から聞こえ、やがて地面を揺らし始める。
「大きいぞ…。」「怖いよー。」
緊迫した声や小さな子供の怯える声が飛び交い、周りの人々も屈みこんでいた。
「長かったな…。アジル大丈夫か?」
「うん…。」
安全を確認し人々は立ち上がる。
「落ち着いて行動して下さい…!乗り合いで馬車を使って帰る方々はゆっくり行動して…」
「――!!」
警備隊が遠くで叫ぶ中、獣の様な咆哮が一瞬だが遠くの火山の奥から微かに聞こえた。
「お父さん…!今…。」
「ああ。あれは…」
「り、竜だ…!」
リアンの言葉を遮る様に近くにいた男が叫ぶと"竜"という言葉に周りの人々はどよめき、小さな乱れが伝播し人々は大きく乱れ出した。
この世界の人類に最も被害をもたらす生物の"竜"――。
今日までに五種の目撃情報があり、世界中の研究者が生態の解明に向け尽力しているが、謎に包まれた生物であった。
だが、朱の竜はエルジオーネ大陸での目撃例が多く、他の大陸での目撃例が無い為、住処はこの大陸の何処かであろうとされていた。
そしてこの大陸では古くから言い伝えがある――。
『地鳴り…煮え滾る炎の山からの咆哮。憂える声をかき消し、豊かな村々は土に還る…。炭色の凄気なる眼の様に大地は煤で覆われる…。』
咆哮を聞いた老人はその言い伝えを口ずさみ、手を合わせる。
群衆の乱れを聞き、警備隊が家屋から続々と出て声掛けると、人々は落ち着きを取り戻し、二人も乗り合いの馬車に向かった。
人々から笑顔は消え、暖かな空気は恐怖の冷気を漂わせる空気へと変わっていった。
「お父さん…。」
「大丈夫だ。ソウルガーディアンズの人達が駆け付けてくれる。家に帰ろう。」
「オラディ村へ…!頼んだぞ!!」
警備隊の一人が空に向かって二羽の鳥を放つと、その鳥は目にも止まらぬ速さで飛び立ち消えていった。
コール大陸の中心には世界中から商人や冒険家が行き交う大都市アルブ・ピリスがあり、その北西にはソウルガーディアンズの本拠地、オラディ村がある。
コール大陸のラヴィエルは最古の樹であり最も力を持つ為、オラディ村にはソウルガーディアンズの隊長達が常駐していた。
そして、各大陸には支部がありエルジオーネ大陸にはピエント村に構えていた。
「落ち着いて行動をお願いします…!」
警備隊の迅速な対応により怪我人が出る事も無く、人々はそれぞれ帰路につく。
アジルとリアンも乗り合いの馬車の元へと辿り着き、家があるピエント村行きの馬車に乗りこんだ。
アジルとリアンは静かに座り、ラヴィエルの奥の火山から上がった咆哮の方を見つめながら帰って行った。
――――
「アジル…!あなたは逃げなさい…!!」
見た事の無い鬼気迫る表情で叫ぶ母親。
動けずにいたアジルはこの言葉で我に返る。
猛毒を持つ獣の牙が母の足を襲いだんだんと力を失う母親。
山菜狩りに使う鎌を駆使して獣を撃退出来たがすでに手遅れであった。
涙を流すアジルの頭を撫で足を引きずりながら家へ向かう。
『今日のご飯は何にしようかねー?そうだ!お母さん美味しい山菜が採れる場所見つけたの。一緒に行きましょう。いつも仕事で大変なお父さんも喜ぶわ…。』
『うん!』
家を出る前の会話を思い出すアジル。
ゆっくりと少しずつ進むが毒は回り、遅くなる歩みに追い打ちをかけるように遠くから獣達の唸りと足音が聞こえてきた。
「アジル…。」
「お母さん…!」
母親は痛む足も構わずしゃがみ、目線を合わせ、アジルの瞳を真っ直ぐ見る。
母親の目は潤んでいたが覚悟を決めていた――。
頭を撫で抱きしめるとアジルに背を向けた。
「行きなさい…!強く生きるのよ…!!」
――――
アジルは馬車に揺られながら10年前の事を思い出していた。
あの日の前日にも竜の咆哮は無かったものの地鳴りが起こっており、母親の死を受けてしばらくは地鳴りが起きる度に震える程、トラウマになっていた。
「お母さん…。」
遠くに見えるラヴィエルを見つめ空を見上げ、そっと目を閉じる。
(私があの時強かったら今もまだ一緒に過ごせてたのかな…。)
地鳴りと咆哮を聞いた時に怯える人々を思い出し、拳を握る。
(でも、今はあの時とは違う…。)
小さく拳を握るその瞬間をリアンは密かに見ていた。
ピエント村へ着くと警備隊により報告を受けた隊員達が慌ただしく動いており、村人は隊員の声掛けで避難し、外には一人も見受けられず少し不気味な村へと変わっていた。
「安全が確認出来るまで、家に避難して下さい…!」
「ありがとう…。」
隊員の手を借り二人は馬車を降り、駆け足で自宅へと向かう。
辺りの家では大人の慌てぶりに子供の泣く声も上がり、二人は不気味に感じる村を横目に走り、家へと入って行った。
「ふぅ。」
リアンは大きく息を吐き顔を洗う。
アジルは玄関から動かずに立ち止まる。
(今の私なら皆の力になれるはず…。)
「お父さん私も外…」
「アジル。大陸を移動する最悪の事も考えて荷造りしよう。」
「……。」
父の背中に語り掛けたがリアンはそれを遮った。
アジルはギュっと拳を握ると口を開いた。
「お父さん。私も隊員さん達の手伝いをしたい…!今の私なら…」
「アジル…!」
振り返り強い声を出すリアンはアジルに歩み寄ると悲しい表情をしていた。
「アジルが剣術を学んでいる事は知っているよ。お母さんが亡くなってから強くなろうと必死になっていたんだろう?」
「うん…。知っていたのね。それなら…」
「でもダメだ…!行ってはいけない!」
リアンは思わず声を荒らげる。
アジルは少しビクッとなるも、直ぐに口を開いた。
「何で…?あの日から学んで今は強くなった…!あの時の私みたいに弱い人が沢山いる!必ず助けになれるのよ!」
「お父さんの言う事を聞いてくれ…。もう、俺のいないところで大切な人がいなくなるのは耐えられないんだ…!」
アジルは母親が自分の命を繋いだように弱い人々を守る為、リアンは残された大切な一人の娘を失わない為にと引かず、お互いの正義をぶつけ言い合いになる。
「アジルは分かっていない…。家に帰ったらもう戻る事はないと知った時の絶望を…。」
「…お父さんだって私の気持ちを分かってない!お母さんに強く生きろって最後に言われた時の私の気持…」
「シエルは俺にとって…」
母親の名を口にし部屋に響き渡ると、リアンは目を見開き、一瞬凍りついたかのように止まる。
そして、アジルは唇を噛み、涙を瞳に溜め、自分の部屋へと走り出した。
「アジル…!」
リアンの出した手を振り払い、バタンと強く扉を閉め鍵をかけると、家の中にはすすり泣く声だけが響く。
「はぁ…。こんな時に何をしてるんだ俺は…。」
小さく呟き、壁に掛けられた母親のネックレスを見つめた。
(守るという願いを込めて作ったモノなのに…。)
そう心の中で呟き、アジルの部屋の扉に目を移す。
そのネックレスはリアンが仕事の合間に作った物で、現在もアジルとリアンは同じネックレスを身に付け、当時三人お揃いの物をとプレゼントしていた。
壁に掛かる母親の物は、亡くなってから後日に遺体の近くに落ちていた所を見つけ持ち帰っていた。
扉を見つめたまま立ち尽くし、しばらくすると家の奥にある作業場へと向かった。
リアンは鉱石などを加工し、装飾品、武具を作る事を生業とし、その腕は確かな物で彼の作る装飾品は世界にも知れ渡っていた。
作業台を前にし丸太の椅子に腰をかける。
「はぁ…。」
溜息をつき作業台に置いてある様々な種類の鉱石を手で転がす。
「黒曜石…鉄鉱石…金紅石。ヤーデルーチェ鉱石…。ん?久々にヤーデルーチェ鉱石を見たな…。」
(あれは竜種研究所経由の依頼だった…。守ると誓ったペンダント……。)
「家族にプレゼントしたモノと願いは一緒か…。」
自身のネックレスを手に持ち呟く。
「さて続きを進めるかな…。」
そして、立ち上がり作業台の脇に置かれた制作中の武器を手に取り灯りをつける。
外では未だに子供の叫び泣く声が微かに鳴り響いていた。




