”生きる”を考える
注意!
ただただ思ってることを書きなぐっているだけです。拙い文ですがご容赦ください。
また、この文を読んで暗い気持ちになる方もいらっしゃると思います、そこは自己責任でお願いいたします。
「人はなぜ生きるんだろう」
同じことを考えたことがある人は多いはずだ。
筆者も含め大多数の人が答えなどわからないまま議論を終えると思う。
それもそのはずで、人によって答えが変わるはずなのだ。それ以前に、答えが出てしまってはいけないようにも感じる。
生きる意味を見出してしまった瞬間に、その意味をある種の目標にして、達成できてしまった場合に生きる意味を失ってしまうようにも思えるのだ。暴論としか思えないかもしれないが、筆者はそう考える。
しかし、このような窮屈な話題を真剣に考えられてしまうほどに生きるということは難しい。誰も彼もが助け合って生きていけるわけではない。ほとんどの人は自分が生きるのに精いっぱいで他人のことを考えている余裕なんてないのだ。
幸福で生まれるプラスよりも、不幸によるマイナスが大きすぎると感じる。これは、人が生をあきらめてしまう原因の一つだと思う。毎日夜遅くまで仕事をして、お酒を飲んで寝てまた仕事、お酒は嗜好品なんて言われますが基本的に摂る必要のないもので、ましてやプラスになるのは飲んでいるその一瞬だけ、次の日に尾を引いてしまっては結局マイナスになってしまう。そんな自分に嫌気が差してとマイナスに考え続けてしまうようにも思う。
もちろん、最初に述べたように考え方は人それぞれで、筆者がどうこう言う筋合いなどないのだが今の、図らずもルーティーンのようになってしまっている今の生活をほんの少しでも変えていけばプラスはすぐには増やせなくともマイナスを減らしていけるのではないかと考えている。




