帰る場所
屋敷の門が見えた瞬間、ようやく息を吐いた。
ダンジョンから家までの道は、いつもより長く感じる。服の焦げ跡は隠した。血の匂いも、生活魔法で消した。完璧とは言えないが、これで十分だ。
部屋に戻ると、まず扉を閉めた。鍵を掛け、床板の下を外す。布に包んだ魔石を一つ増やし、元に戻す。数が増えてきた。管理が必要だと頭では分かっているが、今は余裕がない。
ベッドに腰を下ろすと、どっと疲れが出た。魔力は空だが、体は無事だ。十時間寝れば全快する。それがこの世界の救いだ。
ノックの音がした。
「アレス?」
母の声だ。
「入っていい?」
「どうぞ」
扉が開き、母が顔を覗かせた。相変わらず優しい表情だ。少しだけ、こちらを見て目を細める。
「今日は早く戻ったのね」
「うん」
嘘は言っていない。
「お風呂、もうすぐよ。あとで一緒に食べましょう」
「分かった」
母はそれ以上何も聞かず、扉を閉めた。助かる。詮索されないのは、今の俺にとってありがたい。
しばらくして廊下が騒がしくなった。
「アレス! ねえアレス!」
妹だ。勢いよく扉が開く。
「見て! これ!」
手に持っているのは、よく分からない木の枝だ。
「森で拾ったの!」
「すごいな」
適当に褒めると、妹は満足そうに笑った。
「お兄ちゃん、今日も強くなった?」
心臓が一瞬跳ねる。
「どうして?」
「だって、いつもそうだから」
子どもの勘は侮れない。だが、深く考えてはいない。
「少しだけな」
「すごーい!」
妹はそれで納得したらしく、枝を振り回しながら部屋を出ていった。
入れ替わるように、今度は姉が来た。
「……あんた、また無茶したでしょ」
鋭い。
「してない」
「顔が疲れてる」
「今日は勉強した」
「嘘」
一瞬の沈黙。だが、姉はそれ以上踏み込まなかった。
「まあいいわ。死なない程度にしなさい」
それだけ言って去っていった。
(死なない程度、か)
それが一番難しい。
⸻
夕食は家族揃ってだった。父は相変わらず静かで、話す量は多くない。ただ、こちらを見る目は鋭い。
「アレス」
「はい」
「剣と魔法、どちらが好きだ」
唐突だ。
「……魔法です」
「理由は」
「距離を取れるからです」
父は少しだけ笑った。
「悪くない」
それ以上は何も言わなかった。
⸻
部屋に戻り、ベッドに横になる。天井を見つめながら、今日の戦いを思い返す。
サラマンダー。明らかに格上だった。勝てたのは、運と判断と、積み重ねだ。次も同じとは限らない。
それでも、やめる気はなかった。
入学の日まで、やることは変わらない。潜る。生きる。強くなる。
家は、戻る場所だ。守る場所でもある。
だから俺は、明日もダンジョンに行く。
目を閉じると、すぐに眠りに落ちた。




